覚醒
もふもふと獣人のほんわかストーリーがどこにも見つからなかったので書いてみました。
「うわっ」
ゆまは思わず声をあげた。じわじわと頭の内側から浸み込んでくるように自分とは違う『わたし』が根付いていく。脳裏をよぎっていく光景。―文化祭。放課後の帰り道。噎せ返るような桜吹雪。そして―、画面に映される美少女。
『貴方には私がいるから…』
そう告げながら、甘い美貌をもつ美少女が、派手な出で立ちをした美男子との距離を詰めていく。そして美少女は美男子にそっと寄り添い、壊さないように、傷つけないように、そうっと美男子を包み込むように抱きしめた。美男子は目を見開き、やがて、くしゃりと顔を歪めたかと思うと、美少女を強く抱きしめ返した。
画面の中の二人の姿は徐々に小さくなっていき、桜を背にした二人の立ち姿が一枚の絵として映し出される。俗にスチル、と呼ばれるものだ。乙女ゲームのとあるエンドのラスト。これを境に私の頭をぎゅんぎゅん通り過ぎてった光景はぴたっと止まった。
…長々と説明してしまったが、要はこの私、乙女ゲームに転生、ってヤツをしてしまったのである。
何故その事実が分かったかと言えば、攻略対象者の苗字と私の苗字が一致していたからだ。
惣に火と書いてソウカ。
物凄く珍しいこの苗字も然ることながら、おまけに代々火の古代魔法を扱ってきた家系なんだよとかおじいちゃんが誇らしげに自慢して来たりとか、お父さんがびっくりしたときとかに耳と尻尾出ちゃったりとかしてたから、もうこれは限りなくクロに近いんじゃないんだろうか。あ、でもこの世界獣人差別半端ないはずなのにお母さんとかお父さんが耳出しちゃっても「もう。可愛いんだからぁ」とかむしろ積極的になでなでしてたし…。違うのかな…。うーん…。
「あら、ゆまちゃん。どうしたの?」
「おかーしゃん」
ぽてぽて近づいて行って、むぎゅっと抱きついた。あざとい?まだ三歳児だから仕方ないんだぜ。お母さんは私を抱き上げると、にっこりと笑って言った。
「久しぶりにおじいちゃんに会いに行きましょうか。おじいちゃん、すっかり孫が可愛いみたいで、もうゆまちゃんに夢中なんだから」
「じーちゃ?」
「そう。おじいちゃんよ」
こてんと首を傾げつつ密かに脳内会議を開く。
この世界は乙ゲーですかー?―わかりませーん!
まあ万が一世界が一緒だったとしても時代とか違うかもしれないし、その時その時で柔軟に動けばいいよね。
「おくるま乗りましょうねー」
「あい!」
黒塗りの高級車に乗り込みながら元気にお返事。前世は平凡だったのだろう。私の中の『わたし』はあまりの事態に「きゅう」と言ったきり引っ込んでしまった。




