【5】ミサンガ
真っ暗な夜に、外は雨が降っていた。
二人は、店内のにぎやかな雰囲気の中で静かに食事をしていた。直輝が座る反対側の席には、病院で会った彼女が座っている。そう、彼女は綾だった。どういったいきさつで、ファミレスで夜の食事をしているのか、実のところよく覚えていない。
辻本はなんだか嬉しそうに微笑みながら食べている。なにか良いことでもあったのだろうか。笑みを浮かべる辻本の顔を見ていると、こっちまで思わず照れてしまう。
お互いに黙って食事していると、綾はポケットから何かを取り出した。
「はい。これ」
そう言って直輝に渡したのは、糸で編んだ何かだった。青と水色、白の糸でできている。
「これは?」
「ミサンガよ。私が頑張って編んだんだから、ちゃんと大事にとってよね」
「ありがとな。えっと、これはどう使うんだ?」
「ミサンガ、知らないの? ちょっと貸して」
直輝はミサンガを渡した。
「これはね、手首や足首に巻くものなのよ。片方だけ手を出して」
直輝は腕時計がない右手を差し出した。綾は直輝の手首にミサンガをつける中、直輝の手や手首に触れた。とても、とても冷たかった。
なんだか、悲しくなってきた。手の冷たさが体に流れ込んでいるみたいだ。
悲しい感情を抑えながら綾に話しかける。
「おしゃれするものなのか」
「実はね、それだけじゃないのよ。ミサンガが切れるまでずっと身につけるの。切れたときに、願いが叶うの」
綾は直輝の手首から離れた。どうやらミサンガをつけ終えたようだ。それと同時に冷たさや悲しい感情がなくなった。
「願い……か」
「直輝は何か叶えたい願いや夢、ある?」
「俺の願いは……」
直輝は目を覚ます。さっき見ていたのは夢か。
今何時なのか確認しようとうつぶせになって、枕元に置いた腕時計を見た。今は午前の二時。
まだ時間はある。もう一回寝よう。
腕時計を置いた傍に、もう一つ何かがあるのを気づき、手に取った。
目は部屋の暗さに慣れているものの、寝起きで頭があまりはたらかないという理由もあって、形だけでものを判別するのは難しかった。仕方なく、机の上にあるスタンドライトにスイッチを入れて、明かりを照らした。
突然の強く光りだした光は、あまりにも眩しかった。目を細めながら手に取った物を見た。
それは青と水色、白の糸で作られたミサンガだった。
この部屋には存在しないものなのに、こうして現れることに対して、恐怖や驚嘆などといった感情はわき上がってこなかった。ただ、この気持ちは何だろうか。懐かしいのか、切ないのか、はたまた嬉しいのか。その三つが複雑に混ざり合って、一つになった感情が胸の底から絶え間なくわき上がってくる。
直輝は自分の身に奇妙なことが起こったことに気がついた。涙が流れているのだ。目から頬へ、そしてあごへ流れている涙は滴り落ち、まばらに机に小さな水たまりができた。涙はしばらくの間流れ続けた。
自暴自棄になって、ミサンガを机の上に投げ下ろす。スタンドライトの電気を消して、布団へ潜り込んだ。
目を刺激させてしまったせいか、なかなか眠りに落ちることができなかった。頭もよく冴えてしまって、眠りにつくことがなお難しかった。
そうだ。一応アイツにメールを送っておくか。
そう思いついた直輝は、携帯機を取り出し、文章を打ち始めた。