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【4】水面の青空―1

 直輝と綾は自動ドアをくぐり、外に出る。晴天で日差しが少し強くて一瞬暑いと感じたが、冷たい風が心地良い。早く秋になってくれないだろうか。汗ばむこの季節はあまり好きじゃない。

 直輝は顔を少し、隣で歩いている辻本のほうへ向く。綾は直輝がこっちを見ていると感じたのか、視線を合わせずに俯いてしまった。綾が握っている紙袋と脚がこすり合っている乾いた音が、ただ鳴っていた。

 どうしたものか。俺が話を持ち出して、ここで別れるか。初めて会ったときに感じた不安はすでに消え失せた。今はただうっとうしいとしか思えない。ただの気まぐれとも言えるが……。

 綾は突然立ち止まった。俯き加減に歩いている直輝も立ち止まり、振り返った。

「どうした?」

 綾はただ前を見ていた。何かを見て驚いたような、そんな顔をしている。

 なにか前にあるのか? そう思いながら前へ向きなおすと、目の前に男性が立っていた。病院内で会った、あの金髪のオールバックをした青年だった。

 直輝は脚を急停止させた。危うくぶつかりそうになったが、衝突事故になることはなかった。

 少し後ずさりして、青年をにらんだ。

「まさかお前が連れまわしていたとはねぇ、俺の愛しのマイガールを」

 さっき会ったときよりも声が低く、とても鋭い目をしている。

 まさか、青年の言うマイガールが辻本のことだったなんて、予想だにしなかった。

「ずいぶんと探し回ったんだぜ? 人間の施設ってほんとに不便でよ。隅から隅まで探したはずなのに、マイガールの名札がなかったし。どうなってるんだよ、ここ」

 そういえば、と直輝は思った。

 辻本を待っているとき、俺はちょうど名札が隠れるように壁に寄りかかっていたんだっけか。だとしたら、通りでこいつは気づかないはずだ。

「あなたは……誰ですか?」

 綾がぼそりと言った。

「おいおい、そんなのなしだろ? だってお前はマイガールで、俺は……」

「高木真」

 直輝は思わず振り返った。その声はあまりにも冷たく、背筋に一瞬寒気が走るほどだった。

 振り返った先には、しかめっ面にしている綾がいた。今の綾に、あの和やかな顔つきはどこにもなかった。腰に手を当て、仁王立ちしていた。

「そうそう、この強気で臆しないのがマイガールだよな」

「なんでアンタがここに?」

「なんでって、ここは俺の本拠地だからな。マイガールがここに降り立つ直後に信号が俺に送られ、俺がすぐにここに来られる仕組みになっていてね」

「ストーカーは嫌いよ、変質者」

 綾は皮肉っぽく言った。

 直輝は一歩一歩と後ずさる。真と綾はお互いのことをじっと見ているせいか、直輝が二人の視界から外れても気づかないようだ。

「落ち着けって、マイガール」

 真は綾をなだめるように両の手のひらを見せた。

「帰って」

 綾はキッと目を鋭くさせると、彼女の背中に何かが現れた。直輝は目を丸くした。これは……蝶の羽か? いや、数枚の羽根が落ちている。これは鳥の翼だ。人間の背中から翼が生えているなんて、どうやら俺は夢を見ているらしい。

「おいおい、マイガールは怒ると、周りへの配慮が欠けるねぇ。止めないと、周りの人に見られるだろ?」

 直輝は二人の距離が十分に離れたことを確認してから、振り返って走り出した。関わったらいけない。直感的にそう確信した。

 走り去ろうとする直輝の後方で、真は口笛を鳴らした。

 すると、冷たい風が止み、木々の葉は完全に停止していた。病院前の道路で走っている自動車も、停車しているように止まっていた。動きが止まっているだけでなく、音までもが消え失せていた。自動車のエンジン音や小鳥のさえずりがピタリと止んでいた。

 直輝は走り出した脚を止め、呆然と辺りを見渡した。

「何が起こっているんだ……?」

「あれ、なんで寂しい少年さんまで入ってくるんだ?」

 せっかく二人きりになれると思ったのにな、と真はぶつぶつ呟いた。

 真はもう一度口笛を鳴らす。しかし、直輝の身には何も変化がなかった。

「なんでだ? マイガール、こいつに何かしたのかい?」

 マイガール、マイガールと連呼する真にあきれたのか、綾は返事をせず、綾から遠ざかっていった直輝に問いかけた。

「直輝、なんで中に入ったの?」

「なんでって、俺が知るわけないだろ。むしろ俺が訊きたいくらいだ」

 まるで時間を止めてみたり、背中から翼が生えたりと、理解の出来ないことをお前たちが起こしているのに、なぜ訊くのだろう。直輝は多少苛つきながら顔をしかめた。

 何なんだよ、お前たちは。何者だよ、お前たちは。

 この止まってしまった時間に巻き込まれた以上、もう抜け出せないと確信した直輝は、仕方なく綾の傍まで歩み寄った。入り方も分からなければ、抜け出し方も分からないからだ。二人に訊けば分かることだろうけど、あえて訊かなかった。

「まぁ寂しい少年さんのことは後にしてさ。マイガールに訊きたいことがあるんだよ。マイガールの《ハネ》の数が少ないんだけど、何か遭ったのか? それに、感知したと思った矢先、すぐに複数のところで感知した。やっぱりマイガールは……」

「アンタには関係ないでしょ? そこをどいてもらえるかしら」

「相変わらず冷たいねぇ。心配しているのに、そんな言い方は――はぁ。なるほど、似たもの同士だな」

 真は二人を見比べるなりそう言った。

「ただ心配しているだけじゃないんだよ。見舞いするときには、ちゃんと花とか、果物とか持ってくるだろ? 俺はちゃんと礼儀を弁える。だからこうやって手土産を持ってきた」

 真は指を鳴らすと、片方の手に羽根が現れた。光りを放つそれは、綾が大切にしているものとそっくりだった。

 確かあれは、辻本の言う《ハネ》か。なんで高木が持っているのだろう。ここでは見つけられない、珍しい羽根のはずだ。

 綾は《ハネ》を見るなり、血相を変えた。

「返せ」

 早口に綾はそう言うと、真はにやりと笑った。

「もちろん返すさ、マイガール。でもよ、あのときの返事をまだ聞いちゃいないんだけど、今聞かせてもらえるか?」

「アンタみたいな卑劣な男の女になるつもりはない」

 間髪入れずに綾は答えた。それを聞いた真は肩を落とした。

「はぁ、残念だねぇ。じゃあ力ずくで取り返してみるんだな、出来ればの話だけど。マイガールと俺の《ハネ》の数はちょうど二枚ずつだが、大きさは俺の方が勝っている。さて、どうする?」

 真は背中からオレンジ色の翼を現した。綾と形は同じだが、大きさは一回り二回り大きかった。

「奪い返す。私のものだから」

 綾は人差し指から濃い青の線を出した。いや、線ではない。何か文字を書いているようだった。 

「……風よ、吹け」

 解読できない文字から強い突風が、真の方へ吹いていった。

 あっけに取られている間に、綾は人差し指で直輝を指すと、見えない力で直輝を遠くの方に弾き飛ばした。弾き飛ばされた体を壁に強く叩きつかれ、体全身に痛みが襲ってくるが、なんとか立っていられた。

「邪魔よ」

「どうもご親切に」

 直輝は皮肉っぽく言った。

 さっきまで清純な女性だと思ったのに、今では冷たい女だった。正直、これだから女というのは怖い。本性を隠している。

 そういえば、辻本の突風で気障野郎はどうなったのか。直輝は真がどうなってしまったのか様子をうかがった。しかし真の身に変化はなく、無傷だった。どうやら直輝が一瞬見た突風の威力は弱かったようだ。

「かまいたちか。けれどこれは未熟なかまいたちだ。やはり《ハネ》がなかればこんなものか……」

 なんで文字からかまいたちが起こせたのか、よく分からないが、かまいたちを起こしたものの、未熟のために気障野郎には全然効いていなかったということか。それと《ハネ》はただ珍しい羽根ではないことが、今分かった。《ハネ》にまだ何か秘密がある。

 真は綾と同じように空中に文字を書いた。オレンジ色の文字は、メラメラと燃える火となって綾を襲う。

「火よ、燃え盛れ――」

 迫り来る火を、綾は飛んでかわした。翼を力強くはためかせ、空高く舞い上がった。

「――狐の如く」

 綾がかわしたはずの火が、燃える狐となって、背後から速いスピードで綾を襲う。

 助けに行こうとしたのか、勝手に足が一歩前へ出てしまった。しかし俺はその足を引っ込ませた。遠くから見守っている直輝だが、こんな非科学的な光景を目の前にしては何も出来ない。それに綾は助けを必要としないだろう。俺に向かって邪魔と言うぐらいだから。

「水よ、我を守れ」

 文字を書かずに呪文を唱えると、綾を囲むように水が現れた。狐火はそのまま辻本を守る水に突っ込み、水を蒸発させながら虚しく消えてしまった。

 水の中で、綾は再び文字を書いた。どうやら中は空洞になっているようで、息が出来るようだ。綾が口を動かして何かを言い、水がものすごい勢いで真に向かって走っていった。

 真は身を守ろうと呪文を唱え、炎を身にまとった。しかし攻撃を避けず、受け止めるのが間違いだった。

 綾が繰り出した水は、真が身にまとった炎を消火し、真に襲い掛かった。まともに綾の攻撃をくらってしまったのだ。

 おおきな咳を何度もして、なんとか呼吸をしようとする真は隙だらけだったが、綾は何もせずにただじっとにらんでいた。ようやく落ち着きを取り戻した真は、口を開いて話し出した。

「水に関しては長けていると知ってはいたけど、まさか今のマイガールがこれほどの威力を発揮するなんてな」

「ただ水を風に乗せただけ。それだけよ」

 真を攻撃したその次に、綾は水を巧みに操り、真の両腕と両足を縛った。真は身動きが出来なくなった。まだ手に握り締めた《ハネ》を放さない。

「なるほど。水の中で唱えていたのはかまいたちだったのかよ。そのかまいたちと水が混ざって、俺の炎を消したわけね。どうりで水を防げないわけだ、うん。炎に対して風と水は相性が悪いからな。それに、この状態じゃあ何も出来ない。まいったよ、俺の降参だ」

 綾が次の攻撃を繰り出そうとする前に、真は観念の意を示した。


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