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「起きて、辻本綾さん」

 綾は目をゆっくり開ける。綾の周りには、まばらに散らばっている米粒ぐらいの小さな光がたくさんあった。真っ暗な中で光るそれらは、まるで星のように見える。綾はきょろきょろと辺りを見渡す。まるで私が星空にいるみたい。

 その光たちが綾の目の前で集まり、人の形をした一つの大きな光となった。綾は目の前に集まった光を見て、表情一つ変えなかった。

「あなたが私を起こしてくれた?」

 綾は真っ直ぐな目で光に訊ねる。

「そうよ」

 光から発する声が空間に響く。いや、この声はきっと幻聴だ。光には声帯なんていうものがないからだ。

「あなたは誰? ここは……?」

 綾は目だけ動かしながら周囲を窺う。地平線も見えない真っ暗な、いや、真っ黒な空間にいる。何もない。ただ分かることは、私と光がこうやって対話していることということだけ。

「私は綾さんの一部。ここは綾さんの中」

 光は緩やかに手や腕と思われる部分を動かしながら、綾に言う。

「一部? 私の中?」

 何を言っているんだ? 理解に苦しむ。

「私はどうなった?」

「それは私も、辻本さんも分からないこと。なぜだか分からないけど、記憶が無くなっているの。ただ分かっているのは、辻本さんが病院に運ばれていると言うことぐらいしか……」

「病院? まさか……人間の?」

「いや……なの?」

「人間の世話になるなんて……! 情けをかけられるのも嫌!」

 怒鳴る綾をよそに、光は穏やかに言う。

「実はお願いがあるの。少しだけ、綾さんの体を貸してほしいの」

 綾は眉毛をつり上げた。

「貸してほしい? どういうこと?」

「私が逢いたかった人が、今、綾さんの傍に居るの。借りている間、綾さんはただ見ることしかできないけど、五日経てばちゃんと返すわ」

「五日も!? 冗談じゃないわ! 私はそんな暇じゃない!」

 綾は光に向かって再び怒鳴った。そんな綾に関わらず、光は語り続けた。

「綾さんは時間に限りがあるんですよね。図々しいの分かっている。でも……どうしても逢いたいの」

 光は表情を見せないが、決心は強かった。綾は視線をそらし、こぶしを強く握りしめた。わなわなと握りこぶしが震える。

 私は一ヶ月間、人間のところで生きなきゃいけない。人間の恐ろしさを直に触れ、学ぶ。そしていつの日か私たちが侵略する。私たちが滅ぼされぬように。

「私が貸したら、あなたは何してくれるの?」

「もう既にしてるわ。綾さんは気づかないでしょうけど、あのときからずっと」

「冗談にもほどほどにして!」

 綾は隠していたナイフを手にして、光を襲い掛かった。しかし、実体を持たない光は綾の体をすり抜けた。綾は何度も何度も斬りつけようとナイフを振っても、どうにもならなかった。光はナイフを振り続ける綾をお構いなしに話を続けた。

「綾さんが人間のところから離れなければならない日がやってくると分かることなんです。つまり、一ヶ月経てば分かります。だからお願いします。どうか貸してください」

 次第にナイフを振る速さが遅くなり、ついには止めてしまった。綾は息を切らし、光を睨みながら応えた。

「嫌だと……言ったら?」

「綾さんが《トリ》ではなくなる」

 綾の顔つきが変わった。何かを驚愕しているような、恐れているような顔をしていた。

「……あなたはいったい何者?」

「綾さん。どちらを選びますか? 体を貸すか、《トリ》ではなくなるか」

 《トリ》ではなくなるのは死ぬのと同じ。死ぬことを選ぶよりも時間を削ったほうがまだましだ。

「一日だけ。一日だけなら貸してやってもいい。近くに逢いたい人がいるのなら、一日もあれば十分でしょう?」

 綾は目を閉じ、腕を前へ伸ばす。光はその伸ばした腕へ入り込むと、ビックバンのように真っ暗な光景から真っ白な光景へと変わった。

「ありがとう。本当にありがとう。最後に……」

 綾は光の声を聞きながら、意識が遠くなるのを感じていた。

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