四話目
ちょっと間が開いたので繋ぎがおかしいかもしれませんが、少しご了承を
「きゃあっ!」
走りながら廊下から聞こえてきたのは、彼女の叫び声。
身の丈ほどもある巨大な対竜用長距離機構銃―――アトモスの大槍を担ぎながら俺は飛びだすと、甲板に尻もちをついて顔をしかめる彼女の姿があった。
手には細長い杖。先端に蒼い鉱石が取り付けられ、光を放つ。
よろよろと立ちあがる彼女の頭上には中に浮かぶ分厚い本があり、小さな両手をを本に掲げては、彼女は目を閉じて手の平に淡い光の輪を浮かべていた。
天輪の魔術の象徴たる光輪―――異界の神々と交信するためのアクセスポイントであると昔聞いたことがあった。
すごいな。
こんな子供でもこれだけの高位魔術が使える――俺は彼女の下に駆け寄りながら少し嫉妬心に顔をゆがめつつ、巨大なアトモスの大槍を床に置いた。
「遅れた……」
木の床を砕いて突き刺さる二本足の銃座。
折りたたみ式のスコープを展開しては、自動で銃身先端、まるで獣の大口の如く、左右にマズルブレーキ口が開き、銃身が更に伸びる。
そして手すりの向こう、空の彼方へと大槍の如きバレルを投げ出し、俺は照準を覗きこむ―――
「向こうですっ!」
指を指す彼女に会わせて、俺は銃身を振り回して銃口を空の海へと向ける――
甲板の風は柔らかく、船の周りにはうっすらと光の幕が張り巡らされていて、冷たい風が白く雲の尾を引いて流れていくのが見えた。
そしてその向こう、分厚い雲海に消えていく蒼い影が見える。
大きく広げた翼。
白い風の尾を引き、長いしっぽを揺らめかせながら、いくつも隆起して空の水平線を横切る雲海を裂いて潜って消えるその姿は、俺もよく見る姿だった。
懐かしい―――
「ウィンドドラゴン……」
―――分厚くしなる鱗と白き風を操る竜の血脈。
あの蒼い鱗はエフェクトラ山のドラゴン特有のソレだろう――俺もよく奴らと闘ったものだ。
「……驚いたな、エフェクトラ山まで五日と距離があるというのに」
そう呟きながら、俺はグッと銃口をこまめに動かしつつ、雲の中に銃口を突き付ける。
船は動きを止めず、ゆっくりとエフェクトラ山を一直線に向かっていて、眼下の雲海の景色は静かにでこぼこに隆起したまま静かに流れていく。
穏やかに白い海が巨大な飛行艇の影を映す―――
――ズムリ……
船首前方からみて僅かに右舷方向、雲が僅かに盛り上がる。
射程圏内――
「ミア!」
「は、はい!防御壁解除します!」
飛行艇をまとう光の幕が消えていくと同時に、更に激しく盛り上がる眼下の雲海。
まるで水しぶきが柱となって立ち上るかの如く―――照準を覗きこんでいた俺の体毛がザワリと逆立つ程に、敵の気配が一気に膨れ上がって雲海の底から飛び出してくる。
こちらと同時に仕掛けてくる―――
「チキンレースか……!」
―――興奮に歪む口元。
吹きあがる雲の柱を覗きこみながら、俺はトリガーを引く―――
銃座が軽く床を抉り、グッと後ろに下がるアトモスの大槍、そしてそれを担ぐ俺。
冷たい風の中、雲と見間違えるほどの大量の硝煙をまきちらし、弾丸はバレルから飛び出しては一瞬で雲の柱を貫き、らせん状にくりぬいた。
そして真下に広がる雲海を一瞬で抉るままに、風の尾を引いて地面に突き刺さる―――
―――ドォオオオオンッ
ここからでも聞こえてくる激しい衝撃。
地面から大量の土煙が空に届かんばかりに吹きあがり、大陸にまた一つ、小さなクレーターを作ってこの巨大な弾丸が地面に突き刺さった。
これこそ、アトモスの大槍。
だが槍の切っ先は鱗すら掠めていない――
「―――来る……」
―――二発目装填はないだろう。
そう考えているうちに、らせん状にくりぬかれた雲の中から、蒼い鱗を日差しに煌めかせ、巨大な竜がこちらに向かって飛び込んでくるのが見えた。
ゴォオオオッ
体毛が逆立つほどに重たい敵意。
風を切り巨大な影を雲海に落としながら、白い雲の尾を引き、ぎらついた目を光らせドラゴンが低い咆哮を響かせ空に浮かぶ刹那の速さで飛行艇に近付いてくる。
ぎらつく牙がすぐそばまで見える――
「え、エリクシュ……えと……」
「出るぞ!」
「えええ!?」
「頼むぞ、アンガースパイク……!」
手元に転がしておいた巨大な槍を手に取るままに、俺はアトモスの大槍から身体を離すと、手すりを蹴り大海原を眼下に見下ろし飛びあがった。
身を切るほどの鋭い風の中、目の前にドラゴンを捉える――
グニャリとしなやかな鱗を抉り僅かにめり込む巨大な槍の先端。
空に轟く激しい悲鳴。
振りおろした槍は巨体をよじりのけぞる巨竜の腹部を僅かに貫き、突き刺すままに俺は槍を両手につかんでしがみつきつつ、竜の体に足を下ろし、苦しげに身体をよじる竜を睨みつけた。
「エフェクトラ山のウィンドドラゴンだな!」
そして吹きすさぶ風の中、俺は体毛を激しくなびかせ、目を細めながら口腔を開き、この蒼い竜に叫ぶ――
『キサマァ……竜狩リノ匂イ……!同胞ノ血ノ匂イ!』
グルリと身体を反転させる巨竜。
天地が反転し、一気に空へと投げ出されそうになる俺の体。
喚いて開く口の端から吐血をまきちらしつつ吠える竜に、俺は血しぶきに目を細め、突き刺した大槍にしがみつきつつ、ブラリと虚空に投げ出した脚を肩辺りまで持ち上げる。
そして木の枝にしがみつくような形でさかさまになりながら、腰をまさぐり、俺は小型の銃を取り出す―――
「……俺の匂いを追ってきたか……」
薬きょうが雲海に吸い込まれ、風の中硝煙と共に小さな弾丸が蒼い鱗に吸い込まれるままに、僅かに竜の鱗が凹み、弾丸をしなやかにはじき返した。
厄介な身体だ――
『殺ス……殺ス!』
「……頭の悪い物言いだ。ガキはママのおっぱいでも吸ってな……!」
『ソノ母スラ、お前タチハ殺ソウトスル!コレヲ野蛮ト呼バズシテ何ト呼ブ!』
「知るかよ……!」
『エフェクトラハは我々ノ最後ノ聖域ダッ!』
そう言いながら、ドラゴンは背中を僅かに丸め、長い首を伸ばすままに腹部に突き刺さった大槍にしがみつく俺を食い千切ろうと口腔を開いて近づいてくる。
風の中、俺は僅かに目を細める――
『死ネェエエエ!』
「いやだね……!」
――ボタンを押しこむ手元の爪。
カシャンッ
槍の表面装甲が開き、排莢口から飛び出すのは、俺の首程の太さと長さのある空薬莢。
そして空の青を引き裂き噴きあがる大きな爆発。
『ギャアアア!』
アンガースパイクmkⅡの特殊装甲―――熱量を爆発反応現象に変える槍先端の装甲が爆炎の中で悲鳴を上げ悶える竜の鱗を融かし、肉を飛び散らせた。
そして腹部が大きくえぐれ、爆発のなか大きくのけぞる巨体。
突き刺していた部分が焼失し、槍がボロリと竜の体からこぼれおちていくと、爆風に弾き飛ばされるままに、俺は槍から手を離し空へと飛びあがった。
そして手すりに手をかけ、飛行艇の甲板に戻ると、身体のすすを払い落しつつ、俺はポカンと惚ける彼女に首をかしげて見せた。
「どうした?」
「……すごい……でも……無茶苦茶……」
「空を飛べない狼が竜に勝とうと言うんだ。無茶もして見せるさ」
「……」
「惚けるなよ相棒」
俺はそう言いつつ、再び甲板に据え付けられた巨大な大槍の如き対ドラゴン用大型狙撃銃のストックを肩に押し付けグリップを握り締めた。
ガコンッ
チェンバーを手動で手前に引き絞るままに重たい音を立てて飛び出す俺の手首程の太さもある空薬きょう。
化け物が―――
その大きさに苦笑いを浮かべつつ、俺は腰に捻じり込んでいた二発目の弾丸を押しこむように力いっぱい装填するとチェンバーを押しこみ銃座を床にめり込ませ固定させた。
そしてスコープは覗かず、肉眼に雲海を見下ろし、再び雲海に隠れた竜の姿を探す。
流れる空の風に尖った耳をなびかせながら、俺は手すりから身体を放り投げんばかりに前のめりに身体をかがめ雲海を覗きこむ―――
「……逃げ、ました?」
――――鼻がヒクつく。
風に乗るのは、血の匂い。
近い――
「……来るぞ……!」
「は、はい……!」
華奢で小さな身体をこわばらせ、再びアトモスの大槍を構える俺の言葉に頷きつつ、彼女は両手に杖を握り締め、浮遊する分厚い本の前に立つ。
そして大きく呼吸する音が尖った耳に響く―――
「ミア……お願いがある」
「なんですか?」
「――――あいつを捕獲できるか?」
――――ドォオオオンッ
重たい衝撃を空に響かせながら、再び雲海を突き破り、噴きあがる雲の渦と共に何かが遠くから飛び出してくるのが見える。
その雲の渦から、重たいばかりの敵意を感じる―――
「え……え?」
「できるか?」
「え、えと……ウィンドドラゴンって雷魔法は―――」
翼による一羽ばたき、それだけで竜巻の如き風を発生させ、晴れる雲。
やがて大きく翼を広げるままに、抉れた腹部から血を引きずりながら、蒼い鱗のドラゴンがこちらにめがけて再び飛び出してくるのが見える。
目を血走らせ、こちらに牙をむく―――
「ミア!」
「―――や、やって見せます!」
「いい返事だ相棒、愛してるぜ……!」
「あ、愛して!?」
再び飛行艇を射程圏内に捉え、ドラゴンが大きく牙をむく―――
「来るぞ!」
「ふ、ふぁい!」
引き絞るトリガー。
風の渦が景色を激しくゆがめると共に、アトモスの大槍が空高く空間を抉りながら巨大なバレルから飛び出した。
そして弾丸は竜のすぐそばをかすめていく―――そして後を追う激しい風の渦は奴の纏う風のバリアを一瞬で剥がし、竜の体が飛行艇の眼前で一瞬動きを止めた。
纏う風がなくなり、その巨体が重力に引かれるままにグッと身体を傾け、僅かに雲海に沈み始める。
今だ―――
『バ、バカナ!?』
「ミア!」
「――-雷の抱擁を与え、とどめよ、エリアホールド!」
刹那彼女の杖の先からほとばしる電撃は、まるで蜘蛛の糸の如く一瞬で放射状に広がるままに、体勢を崩すドラゴンの体すべてを包み込む、そして閉じ込めた。
そしてその電撃の網は格子状に竜の体を捕える―――
『人間ガァアアア!』
電撃の網の中で身体をよじり暴れ始めるウィンドドラゴン。
俺はアトモスの大槍から身体を離し立ち上がるままに、手すりに足を掛け、雷の檻の中へと飛び込もうとした。
「ダメ!」
迸る甲高い声。
俺は引き留められるままに、恐る恐る後ろを振り返りキッと睨みつける彼女の真剣な表情に目をむいた。
光の輪を先端の蒼い鉱石に浮かべながら、杖を握り締め、彼女は中に浮かぶ分厚い本の前で顔をこわばらせ、力一杯に首を振っている。
「ダメです!ドラゴンがかろうじて耐えられる空間にアルトが入っては」
「だが……」
「私を信じてください」
―――偽りのない、力強い声。
ペタンと尖った耳を垂らすままに、俺は感嘆と戸惑いを覚えながらも、小さく頷くままに彼女の後ろへと後ずさり、その小さな背中を見下ろした。
その背中は小さく、されどピンとまっすぐにそり立っている。
力強く、守ろうとするように―――
「……終末を告げる大蛇よ。その闇を飲み込み目を光らせる力よ」
トンと杖を床に立てるままにスゥと閉じる瞳。
息を吸い込むままに、彼女は光の檻に閉じ込められたウィンドドラゴンに向き合い顎を引いて僅かに俯きながらささやき始める。
異界の神との交信を始める――
「その雄々しき身体であらゆるものを包み、守りたまえ。閉じ込めたまえ、終末を告げ終末の炎から我らを守りたまえ、その紅き鱗を闇に輝かせる紅き蛇―――」
そして杖の先端の蒼い鉱石に浮かんだ光の輪が大きくなる―――
「エリクシュ―――フォトラ――力を貸し給え、終末を告げる大蛇アルト・ラナフェルよ」
―――それはまさに天輪の魔術だった。
刹那、ドラゴンを包む電撃の網ごと、全てを包むように光の輪っかが身体をよじるドラゴンの周りに浮かびあがった。
それは六つ―――光の輪は竜の巨体を囲い込むように、球状に展開しながら、締め付けるように徐々に小さく狭まっていく。
『天輪―――神ノ力……!』
「封じ給え……」
そして六つの光の輪が光の網をすり抜け、ドラゴンの体を縄に縛られているかのように、身体の節々、翼の先端にまでもに巻き付いていく。
それと共にドラゴンの動きはやがて止まり、彼女は眼を開けるままに、小さく息を吐き出すと、表情はまだ固く、杖を慮手に持ちグイッと竿を引き上げる要領で手前に引っ張った。
光の網に閉じ込められたドラゴンがグイッと飛行艇に引きずられる。
その中でドラゴンはピクリとも動かず―――
『……無念……人間如キニ……』
「……すごいな」
恨めしげに響く竜の言葉をよそに、俺は彼女のその力に関心を覚えつつ、眼下で光の檻に身を閉ざされた巨大なドラゴンを見下ろし、小さく肩をすぼめた。
そして彼女の方へと振り返る―――
「ふぁ……」
ペタンと床に崩れ落ちる華奢な身体。
俺は慌てて彼女を抱えあげると、耳まで顔を真っ赤にして惚ける彼女の顔を覗きこんでは、ソッと額を手でなぞった。
「おい大丈夫か相棒……」
「ふぁ……」
少し熱い。
慣れない戦いで熱を出したのだろうか―――
「……アルト……私……頑張りました」
「よくやったよ、俺なんかよりよっぽどできがいいさ」
その言葉に、彼女は惚けていた表情を綻ばせ、僅かに笑みをにじませる。
「えへへ……アルトに誉められました……」
「ああ―――こりゃ、分け前の方考え直さないとな」
「うんっ……」
力強く頷きながら、よろよろと杖を両手に握りしめ立ち上がるローブ姿の少女に、俺は安堵に肩をすぼめ、同じく立ちあがって彼女を見下ろした。
「ドラゴンを底部の格納庫に収納しよう。できるか?」
「はい……」
「いい子だ」
「――でも……アルトはどうしてドラゴンを捕まえようと?」
「……なんとなくだよ」
不思議そうに首をかしげる彼女をよそに、俺は少し顔をそむけた。
―――理由は二つあった。
一つは今後エフェクトラ山のドラゴンと闘う際に多少なりとも有利になるのではないかと言う希望的観測。連中は予想以上に頭がいい。
もうひとつは、彼女の前で血みどろの惨劇を見せたくはなかったということ。
後は―――空をあまり血で汚したくはなかった。
父の眠る、この空を―――
「アルト?」
「――-けん引してくれ。いざというときの為に俺が見張っている」
「う、うん……」
「……」
「怖い顔してる……」
―――勘の良さに思わず身震いしてしまう。
「元からだよ……」
不安げに首をかしげる彼女に首をすぼめつつ、光の網に身体を閉じ込められて飛行艇の底へと引っ張られていくドラゴンを、俺はじっと見つめていた。
光の輪に締め付けられたまま、ドラゴンは首すら動かせずじっと身体を丸めたまま、電撃の網に捕まっている。
だがその目はじっと俺を見上げていた。
恨めしげに、今にも食い殺さんばかりの敵意をにじませ強く俺を見ていた。
俺は何も言えず、ただこのウィンドドラゴンの子供苦笑いを滲ませていた。




