第漆話 漆黒の天子
椛姉さんはとっても真面目な顔をしていた。彼女の話した話はおとぎばなしの様だった。
「“世界の起源の物語”もう歴史で習ったかしら」眼鏡から鋭い視線が、俺に向けられる
「はい、天子と人間達の話ですよね」怖さで敬語になった俺・・情けねぇ。
「そう、天兎族の翼には色が付いている」
「はい、現に兄貴も群青と白を掛け合わせた様な色してます」
「およそ、500年に一度、白銀と漆黒の天兎が生まれるのも知ってるわね」
俺は頷いて見せた。天兎族の昔話みたいなものだ。
「貴方の翼は」 「黒色です」
「なんでそうなってると思う?」 「烏天狗の血が混じってるから・・・」
「---それは、間違いよ」椛姉さんはかんぱつ入れずに言った
なぜだ、親父も母さんも親戚もそう言ってたぞ
「・・・貴方の翼は漆黒。500年に一度の天子、クロノスの生まれ変わりよ」
淡々と話した椛姉さんの目は冷たかった。俺を無視してパソコンをいじり始める
「美希ちゃん翼を広げて良いわよ」優しそうな声で検査中の美希に伝える。
「そして・・・これ視てみて」モニターに翼を広げた美希が映されていた 。
「真っ白だ。それに反射して光ってる」
「白銀の天子、ウラノス。またの名を天童美希」
「でも本来は白が男、黒が女らしいわ伝書によると」普通の声で姉さんは言った
「なんで?」
「太極図ってわかるかしら、詳しく説明してる時間なさそうだから・・・この白と黒の勾玉が合体したみたいなの」
たくさんあるパソコンの画面の中の一つにそのままの図が映し出された
「・・・・・・」しらねーよそんなこと
「ともかく、黒が陰性、白が陽性でね男女に分けると、女が陰性、男が陽性になるの」
「ってことは天子は男と女一人ずつだったのか?」
「わからないわ、自分に聞いたら?」「は?」姉さんがにやりと笑った
「伝書によると、前世の記憶が残ってるみたいだから、そこの空間こじ開ければわかるわよ」
「先代の天子達の記憶って事」 「ええ、まぁ総真の場合女の記憶の可能性、があるから、けっこうつらいと思うわ」 「なんで?」
「あなた達の前の代のクロノスは女でそれはそれは苦しむ死に方したって話は本当よ」
「・・・ッなんで」
「あなた達の価値は考えられないくらい大きいわ、非力な女の方が捕まえやすかったんでしょ」 「黒は白より弱いのか?」やばいじゃん・・・・俺
「いいえ、力は種類が違っても対等よ、両方得意分野が違うからね、理由は女だったこと」 「・・・・・・・」いくつもの想像の場面が、全部、美希の姿で頭をまわっていた。
「記憶には痛さや苦しさ感情がある、感覚がそのまま伝わってしまう。それに耐えられる精神の強さは、人間の体には無いと思うわ」 「つまり、記憶をたどるのはやめとけと」
「総真は理解が早いほうで助かるわ、そういうことよ」
「じゃあ、いつか捕まるんだろ、どうすればいい」 「現実に目をそらさないこと」
そう言って画面の美希を指した、彼女の翼は左翼だけよく見ると小さかった。
怪我?それとも・・・姉さんの言葉がよみがえってくる・・・・まさか・・な・・・。
『まだですか?』不機嫌そうな美希の声が聞こえる。どうやら翼を出しているのが嫌みたいだ。「ああ待って、唄ってみてよ」明るい笑顔で椛姉さんが言う。
『死にたいのか?』
いきなり鋭い声で言った美希は、人を殺しかねない目をしていた。
「そこ防音室だし、私たちは死なないと思うわ。保証はないけど」『じゃあポリュヒニアにする』
「どういう歌?」なんか、美希が唄うらしい
『耳栓しなくても平気だ、普通に賛歌だから酔っぱらったみたいに気楽になるだけよ』
「安らぎの歌かしら」『似たような物』そう言って美希は唄い始めた
美希は何語わからない言葉を唄として紡ぐ
透明な美声は、空にまで届きそうなぐらいよく響く。
みんなをいたわり安らぎを与えている。
〈寂しい、悲しい、苦しい、辛い、怖い、痛い〉何だこの声。頭に割り込んでくるッ!
その声に俺は飲み込まれた感じがした。
綺麗な月光が映し出す姿は小さな少女、足下には無限に広がる死体の山。
背中にある白銀の双翼が光に照らされ白く輝いていた。
しかし、彼女の着物は大量の血を浴び、紅く染まっている。
彼女の手には一降りの刀。その刃には血がこびり付いている。
涙も流さずただ月を眺めるその顔は無表情でまるで精巧に造られた人形の様だった。
その横顔がこちらを向いてくる。目は空のような青さで光り輝き右目に真っ赤な線が走っていた。うつろに開いている目と口元だけの笑み、白い肌に付いた鮮血は彼女が異常な存在だと世に知らしめている様だった。