第陸拾話 異常でも普通
「・・・いッ!!」
花火の爆発音を爆弾と勘違いしたのか、美希が思いっきり俺の首を絞める。
的確な位置をピンポイントに攻めてくる。
寝ぼけて人が殺せそうだなこいつ!
その迷いの無い動作は流石というべきなのか、にしても苦しっ・・・・。
「総真!?どうした何があった?」
目覚めた瞬間、目に飛び込んできたのは苦しそうに私の腕を叩く総真だった。
「あ、ごめん」
「かっ・・・はっ・・はぁー、美希、おまっ・・・えな・・・」
「悪かった。まだ頭が回っていないんだ。えっと・・・ここは?」
「まだ俺の家だ。もうすぐお前の家に通じる裏道に出る」
家っても山だがな。
「なんだ、花火の始まる時間だったのか・・・」
「・・・お前、勘違いしただろ」
「敵かと思った」
「はぁ、だから俺の首絞めあげたんだな」
普通は寝起きで敵と遭遇するわけがない。
「ほんと、すまんな」
険しい顔をした美希はそう言うと俺の背中から降りた。
「美希には一般常識が足りてない。もうちょっと普通に生きろ、普通に」
「・・・無理・・だ」
「何が無理だ。さんざん人を振り回しといてよくそんなこと言えるな」
「わたっ・・・私はココに戻ってきて一年も経ってない」
「へー、そうなんだ」
「だからっ・・・」
一瞬の花火の明かりに照らされる美希の頬には見えない涙が流れているようだ。
「何が普通か分からない」
「それは最近、俺も分からなくなってきたな」
「っ!!おま・・・」
「---だが、少なくとも寝起きで敵がいることはまずない」
こうやって美希に説教することなんていままで一度もなかったから、内心いつ攻撃されるかと身構えていたが。彼女はしおらしく下を向いてどもってばかりだ。
そうだった。コレを言っておかないと。
「まぁ、こう偉そうにいうのも柄じゃないし」
自分の意見を押し通すのは得意じゃない。
「お前の普通を教えろよ、でないとどこが一般的でないかもわからない」
俺は美希とは違う、押しつけられるのがどれだけ不愉快で嫌なことか俺は知っている。
「嫌かもしれないが、教えろよ・・・その、」
「“空白の三年間”ってやつか?」
いきなり本題に入られて驚いた俺を美希は鼻で笑ってみせる。
「ああ、それだ」
「・・・・嫌だ」
そこでごねるのかよっ!どうみても言う流れだったろ今!
「なんで嫌かは聞かせてもらっても?」
「・・・その、・・教育上・・・悪いっ」
「ほぅ、教育上な」
明らかに弱気な美希を前にいつもの彼女のまねをして優越感に浸ってる自分がちょっと恥ずかしくなったのは、そうつぶやいた後だった。
「・・・聞けないなら、調べるしかないか」
「それは、止めたほうがいい」
お前が死ぬ。目の光りが失せた彼女はそう冷たく言い放った。
今、体感温度が3℃くらい下がりましたよ、美希さん?
「だったら教えてくれるのか?」
「・・・・そのうち話そう」
「約束だぞ」
全部なんて欲張りはしない、だけど俺は知りたかった。
美希をこんなにしてしまった奴らから彼女を解放してやるために。
彼女を見送る総馬は疼くドス黒い感情を隠しながらそう決心した。
“三年間”それは子供にとって長いものである。
そんな長い時間をかけなければいけなかったのだとベットに横たわる美希は思い返す。
ほんとうに無力だった。
万全な体調でない私の身体はウラノスが常に蝕む。
最強と謳われるウラノスの力ですら上手く制御できなければ意味を成さなかった。器からにじみ出るウラノスの破壊の力は結果的に絶望的な状況から私を守ったが、私の精神を破壊していった。
触れれば灰と化してゆく全てが私を拒否しているようだったのだ。
「・・・・制御できないのは今も同じか」
「どうかされましたか主様?」
つぶやいたとき、寝室に入ってきたのは白兎だった。
どうせ睡眠薬でも持ってきたんだろ。
自分が眠たいのが私のせいだと気づいたんだな。
「いや、何でもない・・・あ・・」
ピキッというヒビが入る音が手元からしたと思ったら手にしようとしたコップが割れてしまう。
(ッチ、またか・・・)力の暴走、といっても小規模なものだが・・・。
大きなため息をつくと、白兎の黄金色が心配そうにこちらを見つめていた。
「主様!お怪我は!?」
「ない、白兎は?」
「大丈夫です。最近眠られていないご様子だったので、出過ぎた真似をしたばかりに・・・」
申し訳ありません。と片付けている白兎の頬に手を添えて、いつも彼女がしているように微笑んでみせた。
「お前にも負担がいっているのだろ?すまんな、ありがとう。私の心配はいいから、自分を大切にしなさい」
微笑んでいるつもりだったが、やはり上手く笑えてないらしく白兎はしょげたまま私の身体を倒していく。
「大切にしなきゃいけないのは主様ですよ」
自分が自分のことを気遣うなんて不思議な感覚だ。
だが、これが私の普通なのだ。
端から見ればこれも異常なのかもしれないがな。