番外編4 祝日
「今日は良い日和だねぇ」
薄く桃色に色づいた白銀を撫でながら微笑む彼女は空を見上げる。
「本当にいい日和だよまったく、全国で祝日になるくらい良い日だよ」
ニコッと笑う彼女は太陽の様だ。彼女は背伸びをしながら精一杯深呼吸をする。
「さて、連絡しなきゃ」
夏特有の蒸し暑さがやってきた頃、俺は美希の家で会長に言われた仕事をしていた。
ってか、天童家の掃除って・・・。この家かなり広いんですけど!?
「総真、話さなきゃいけない事がある」
バケツに水を汲もうとしていると、切実に語る美希がいた。
「なんだよ、唐突に改まって」
言いにくそうに口籠もる美希は小声で告げる。
「・・・子供ができた」
ガタッ!!
掃除用具が床に落ち、バケツから水がシンクにとくとくと溢れ出る。
「はぁ!?いつ?」
自分が間違いを犯した覚えはない。仕事と学校生活に追われる美希にプライベートなど無に等しい。
しかし何故、俺に言う?まさか・・・そんなのあり得ない。
「そう動揺するな、私は今とても喜ばしいぞ」
そういって微笑みながら隣に来る美希は水道の蛇口を閉めた。
「動揺しない方がおかしい。どうすんだよ」
肩を掴み彼女を揺らす俺をよそに、美希はしれっとしている。
「んーそうだな、名前を考えておかないと」
そういう問題じゃないだろ!!
「おまえ不安とかねーのかよ、美希のが責任重い訳だし」
首をかしげる美希はいつものようにニヤリと笑った。
「案ずるな、産むが易いとも言うだろ?」
「なっ!!そんな簡単なもんじゃねーだろ、お前まだ14なのに」
美希は、自分の本当の感情をふさぎ込んでうかがわせないようにする癖がある。普通ならこんなに平然としているはずない。
「ん?なにをそんなに突っかかる必要があるのだ?」
やっと美希が怪訝そうな表情をした。もう、こいつ自覚ないのかよ。
「だって美希・・・・お前、こっ・・・子供ができたんだろ?」
顔に手をあて転がりそうな程大爆笑する美希は貴重だなぁ。
「ははっ、傑作だッ!私に子供?まさか!!・・・大体、誰との子になるんだ?身に覚えがないんだが?」
自分の思い違いのせいではあるが、ここまでバカにされると怒りを覚えざる終えない。
今、俺はかなり間抜けな顔をしていることだろう。
「違うのか!?」
「違う違う、瑠璃丸の子だよ」
瑠璃丸っていうのは美希の乗り物・・・もとい天狼だ。
「アイツ、子持ちだったのか!?」
「相手は杜姫丸っていってな、先程出産を終えたとの連絡が届いたんだよ」
ちなみに瑠璃丸は雄だぞ?と自慢そうに言う美希に対してイラッとしている俺は彼女の説明を空返事で聞いていた。
この家は元々つがいで飼っていたらしい。
天狼は国で個体管理されているほど貴重で、野生の天浪は絶滅危惧種に指定されている。
実は天童家の天狼は元野生らしく、種の存続は瑠璃丸の義務だそうだ。
杜姫丸は出産の為、天狼飼育のプロに任せているそうだ。生まれた子供を名づけるために向かうんだと。
そうして、俺と美希は瑠璃丸に乗った。
「やぁ、。“ひまわり”来たぞ」
瑠璃丸の上から小さな掌を精一杯大きく振る美希は大声でそう呼んだ。
無駄のない瑠璃丸の着地はなんの衝撃もなく、ふわりと彼から降りると呼ばれた女子がふてくされてこちらを向いていた。
「もう、くっつけて読まないでよ。えっと、そちらの男子は初めましてだね、私は日向 葵っていいます」
「あぁ、だから向日葵なんだな。俺は天理総真だ」
「向日葵は好きだけど、できればちゃんと呼んで欲しいな。そうだな、“葵ちゃん”でいいよ」
太陽のような笑顔、日に当たり金色に輝く茶髪。今までの俺の周りの女性で一番年相応な感じだ。こんな子が飼育係?
「それでヒマワリ、杜姫丸は?」
美希は覚えられないから許してるの。そういって聞こえないようにする仕草が可愛らしい。
連れてこられたのは馬小屋より広い天狼用の飼育小屋。そこにいたのは小さく真っ白な天狼を舐める母親らしき天狼は、薄く鴇色に色づく四肢と尾や耳の先。なるほどこいつが杜姫丸か。
「相変わらず美人だなぁ、可愛いほんと可愛い、元気になったら一緒に飛ぼう!」
抱きつく美希にすり寄る杜姫丸、本当に懐かれてるんだな。天狼はあまり人に懐かないんじゃ無かったっけ?
そうしていると瑠璃丸が美希を鼻先でつついてきた。次は俺だと言わんばかりに。
「あぁ、ごめん瑠璃丸。ちょっと席を外すよ」
俺達は小さな家(本当は普通の大きさ)に招かれ、一服することとなった。
葵ちゃんは畏まってはいるものの、美希に敬語を使わずに話している。
彼女の同年代の知り合いとしては貴重だろう。もしかしたら、葵ちゃんも大きな能力をもっているのかもしれない。
一見、和気藹々とした会話だが、話の内容が仕事の近況報告になってきているのには目を瞑ろう。
そんな二人を眺めながら紅茶を飲んでいると、不意に葵ちゃんが話を振ってきた。
「総真くんは天狼ってどんな生物か知ってる?」
「一般教養の範囲でしか知らない、瑠璃丸にも嫌われているみたいだしな」
それは美希が好かれすぎちゃってるせいだから、嫌われている訳では無いと思うよ。と返す葵ちゃんは苦笑していた。
「天狼はね、絶滅危惧種に指定はされているけど、数は大量にいるの。天狼は翼を持たない者が有翼人種に対抗するために品種改良されたんだ。私もいつもはその子達を世話しているんだ。ルーンを統一された彼らは精神をクローン化されて、より多くの子を一度に産むようになったのは良いけど、代償として大人に成るまではものすごくデリケートなんだよ」
「ルーンって意味あったんだな」
「彼らに施されたルーンは天狼を人類が制御する術だよ、今ではその組織の所有物として家紋のように扱われているけどね」
葵ちゃんは一瞬だけ笑顔を消して苦しそうな表情をした。
「天兎族の起源覚醒の力と天狼に与えるルーンは元々性質は似通っているから、美希の子達は彼らの本来の起源であるルーンを創って与えているんだってさ」
「ちなみに瑠璃丸は“湧水の盾”杜姫丸は“劫火の弓矢”のルーンだ。私が創ったから知らないだろうが・・・」
軽く美希が凄いことを言っているのはさておき。
天狼はウラノスとクロノスの従獣として降り立った説があるのはあながち間違いじゃないみたいだ。
「美希の才能がなせる技だけどねー、軍用種はルーンを創るのだけでも苦労したみたいだよ」
「さて、あの子にも名前を付けてやらないと」
そう言って、俺達は小屋に戻る。美希が子供を抱こうとすると天狼たちはすんなりとそれを許す。
杜姫丸からそっと子狼を抱き上げると美希は白銀の翼を広げ青く瞳を輝かす。
“なんの為に生まれてきたか教えてやろう”
“お前の起源を印してやろう”
“君がこの世界に生まれてきたことに祝福を”
番外編4作目です。
美希の誕生日記念ということで今回も書かせて頂きました。
新キャラの葵ちゃんは本編でも後々登場させる予定です。
最近更新が遅れてしまって申し訳ありません・・・。
これからもどうぞよろしくお願い致します!