第伍漆話 唐突で無論
『夏祭り』
と言う言葉に皆はどういう印象を抱くだろう?
きっと死者に対する祭事として受け取る若者はもう少なくなっているのではないだろうか?
無礼講であり、皆は着飾り楽しんでいる。だが、そんなことはどうでもいい。
俺にとっては祭事の日は鬱陶しく苦でしかない日なのだ。
「あぁ、いつも静かな筈の家が・・・こんなにも五月蠅い」
外は民衆で溢れ屋台が連なり、皆の笑い声が聞こえる。
七天祭は全国的に見ても大規模な祭りなため、まだ昼だというのに沢山の人が参拝に訪れていた。
部屋の下ではせわしなく歩く巫女達の足音、たまに家の中に招かれる天組の人々。
そして、数人の天兎族の者達が家の最奥部に消えていくのが手に取るようにわかる。
俺の部屋や本来あるべき二階という存在は特別な結界で守られているため、見つからない。
だから親戚が集まっても、俺に気付く事はない。
そうやって毎年毎年、俺は夏祭りをやり過ごしてきた。
親父に言われているから引き籠もっているわけではない、俺が本当に祭りが嫌いなだけだ。
俺は今年もこうやって籠もってるつもりだったのに・・・無理矢理引っ張り出す奴がいたから、祭事の最も大きな仕事である舞を披露しなきゃいけないはめになっている。
そう思うと憂鬱感MAXだ。
「うっ・・・きもちわるい・・」
なんで今日はこんなに具合が悪いんだ?
---しゃりん
聞き覚えのある鈴の音が下の喧騒よりハッキリ聞こえてきた。
「総真もか?まぁ、こういう時は器は安定しないからな」
髪飾りを鳴らしながら俺の部屋に入ってきたのは浴衣姿の美希だった。
浴衣姿を何とも思わないのは制服以外、着物姿しかほとんど見ていないからだろうな。
「・・・どこから入ってきた」
「結界のことか?」
「親父と巫女達全員かかってこの結界を施してるんだ。簡単に壊せる筈がない」
「この結界は私が幼い頃創った結界を総史郎が真似たものだ。秘密基地が欲しかったからだったかなぁ・・・。結界は安心しろ、私が直しておいた」
彼女は小さい身長ながらその態度は大きく、おまけに腕を腰に当てドヤ顔している。
「それはそれは、ご苦労様です」
相変わらずの優秀ぶりだな美希は。
「それより大丈夫か?これから舞台に立たないといけないんだぞ?」
「・・・美希は具合悪く無いのか?」
俺はさっき『総真“も”』と言ったのを聞き逃さなかった。こいつは我慢する癖がある。
「ん?こんなのは慣れている、別に気持ち悪くも何ともない」
「嘘だろ、顔色悪いぞ。そういうの止めろって言っただろ」
「むッ!おまえがそんな口をきくなど・・・なめられたものだ」
「・・・おまえが強くあらずにいられればいいのにな」
「それが許されると思っているのか?」
木漏れ日の輝きを背にし、青い瞳を伏せる美希はウラノスが被って見えた。これはウラノスの言葉でもあるのかも知れない。
「だけど、そんな苦しむ美希は見たくない」
自然と総真の声も低く重たくなる。
「にぎやかで楽しそうだな」
窓際で下を眺めながら美希はそう呟いた。長い睫から輝く青が覗く。
「楽しいんだろうな、下の奴らは」
「あっ、篠原がいるぞ?お前といつも一緒にいる奴・・・勝呂だったか?そいつも隣にいる」
「そういやあいつら、来るとか言ってたな」
美希が少し笑っているような気がして、そちらを向いてみてもこっちから顔が見えない。
「お前のこと探しているんじゃないのか?」
「そうかも知れないな。けど、舞があるから出るに出れない」
「まだ沢山時間はあるじゃないか、会って来ればいい」
外を向いたままだが、声からしてふてくされた顔をしているはずだ。
学校じゃ表美希だからほとんど表情が動かないのが、こんなにも表情豊かなのを勝呂とかが知ったらどうなんだろうな。
そういう意味でも会わせたくない、とは口が裂けてもまだ言えない。
「舞の前に練り歩きしなきゃいけないだろうが、忘れてたのか?」
「おぉ、名案があるぞ?」
悪戯好きな子供の様に笑う美希に俺は危険を感じていた。
「白兎に代役すればいい!」
ぴんと人差し指を立てて言う美希を見て、大きく溜息をつき総真は呆れた顔をしていた。
「代役がいるのは美希だけだろ?その前に代役を使うな」
「驚いた」
目を大きく見開きながらこちらを見る美希は口に手をあてている。
そんな驚くこと言いましたか?俺。
「総真って真面目なんだな、いつもふぬけた顔して面倒そうにしているから違うと思ってた」
「美希のおかげで面倒くさいこと巻き込まれるのは不本意だからな、そりゃ嫌そうな態度もとるだろ」
「ほぅ?」
美希から殺気を感じたけどここは無視しておく所だ、うんそうしよう。
「今回は大方、俺の問題だから。責任は感じている」
「・・・・だが---」
「---総真様、お時間です・・・って!?何故ここに天童美希が??」
重たそうな衣装を持ちやってきたのは京華だ。美希を見つけた途端に顔が歪む。
「お呼ばれの時間を短縮してやったんだよ、姫巫女。感謝して予定を早く終わらせてくれ、射的と金魚すくいがしたいんだ」
ニヤリと笑う上機嫌な美希に対し明らかに不機嫌な京華がジト目で彼女を睨む。
「お願いですから、前みたいに山車から出ないで下さいね」
「いつの話をしているんだ?」
「天童美希はいつだって気味悪いくらいに大人びていましたよ」
「そうだったのか?」
その質問に対して俺と京華は疑問を浮かべた。
まるでその頃の自分を知らないかのような態度を美希が取ったからだ。
「まぁいい、支度をしよう。二人分は時間がかかるだろう」
はぐらかすようにいって衣装を受け取る美希。
「あれ?クロノスの衣装しかないではないか、全く・・・向こうで着替える。後で会おう!!」
そう言って軽く手を振り、逃げるように階段を降りていく美希はいつもよりヤケに元気だった。
それを見送る京華は冷ややかに言い放つ。
「前はしおらしく言うことを聞いていたのに、ウラノスには何があったのでしょう」
「俺には、元気だとわざと主張してるように見えた」
「そうですか?私には解りませんでしたが」
沈黙の中の疑問を断ち切るように、京華は衣装を広げ始めた。