第伍肆話 知らないで
あ然としている俺をよそにご丁寧に二人は状況説明を始めてくれた。
「あるんだよ、お嬢のストレスが溜まりすぎる時が。そんなときに悪い癖が出てしまう」
癖?!コレを癖で済ませるのか?
なんでも蛍が説明するには、ウラノスの破壊の能力が美希を常に蝕んでいて、それが限界に到達すると器として耐えきれなくなる。それを解消するために生命維持の本能としてそれを“外的破壊衝動”として解消させようとするらしい。
加えて、美希の戦闘技術は生きるため必要だったとはいえ強くなってしまっている。
そのため、ただの破壊行動では押さえきれなくなり“殺人衝動”として現れるようになってしまったそうだ。
「相手が死んだら解消はされるみたいなんだけど、流石にもうお嬢を満足させられるだけの人物は限られた人しかいないから・・・」
「---私が粘るしかないんですよ」
「会長!大丈夫ですか?」
ぽたぽたと垂れる紅い雫と拭う珠璃を見て、俺はすかさず傷口を修正して手当をする。
「何を言ってるのだ?私は姫様の役に立てて幸せだぞ?」
「!!??」
会長が言う時の真っ直ぐな目とその言葉に鳥肌が立つ。
何を言っている?それはこっちの台詞だ。
いきなり当たり前のようにこんな惨状見せつけられた挙げ句に“幸せ!?”狂いすぎだろこの人達。
「それに、姫様は意識があるうちに限界に近づくと自傷行為を始めてしまうのでな」
自分だけで抱え込もうとするのは美希の性格の現れだ。
「今回は3ヶ月ぶりだったけど、これでも回数は減ってきている」
コレが頻繁に起こってたってことだよな・・・それは。
「会長と蛍くんはいつから美希と一緒にいるんだ?」
多分この二人は俺の知らない『美希の10歳の誕生日から消息を絶った三年間』を知っている。
それについて二人は固く口を閉ざしたまま、冷たい目を俺に向けていた。
「珠璃!まずい!」
突然蛍が声を張り上げながら後ろに飛ぶ、その目線の先には美希が俯きながら立ち上がっていた。まるでゾンビ映画にでも出てきそうな姿で、黒髪から見える碧い瞳が見開かれている。
「美希!」
ドスッ・・・グチャ
腹部から痛みが流れ出ているのを感じる、俺は今彼女の刀に差されているのだろう。
刺しどころは内臓や骨を避けて自分から刺さりにいったわけだが、痛いものは痛い。
加えて掻き回すように刀を動かす美希は完全に遊んでいる。
「・・これで、満足かよ?」
刀をつたい落ちる紅を見て美希はニヤリとゆっくり笑った。
「クロノスの血?コレで私は---」
“まだ戦える”
“また死ねる”
「止めて下さい。これ以上姫様を刺激なされると対処ができなくなります」
その間に背後まで潜り込んだ珠璃が美希の喉元に刀を向け、一瞬美希が怯んだのを感覚だけで捉え彼女の体制を崩す。同時に刀は俺に刺さったまま離れた。
「貴方の相手は私でしょう?」
笑顔で言う珠璃は瞬間移動で間合いを取った。
次に美希が取り出したのは彼女の愛銃だ。
迷うことなく珠璃に向けられる銃口から飛び出す弾丸を瞬間移動で避ける。
「それが効を成さない事くらい貴方にはわかっているでしょう」
そういって、珠璃はわざと当たる軌道に立つ。
刀を鞘に収めたかと思うと、三発の弾丸をすべて真っ二つにさいて見せた。
それでも、珠璃の脇腹を割れた弾丸がかする。お構いなしで珠璃は懐に入り美希の手から双銃を外すことに成功した。
武器を無くしてしまった美希はチッと大きく舌打ちし、敵意むき出しのまま向かおうとする。そこに蛍が取り押さえにかかると、あっさりと捕まってしまう。
状況を理解したのか美希は刹那的に絶望の色を顔に浮かべた。
「やばいッ!」
それに気付いて蛍は美希の口の中に迷うことなく指を入れる。
「なっ・・・何してるんですか!?」
彼女の嗚咽のようなうなり声と共にギリギリという不気味な音が聞こえてきた。
「舌噛んで自殺しないためです」
そう言って真顔で対応する蛍の指は血が滲んでいた。
「そろそろ。頃合いか?」
その会長の言葉どうりぷつんと電源切れたように美希は指を離しすやすやと寝息を立てている。
三人の大きな溜息がシンクロした。
一気に引き抜かれた刀には血がべったりと張り付き、失血で倒れるんじゃないかと自分でも心配したが、それは杞憂だったようで修正とクロノスの能力は数分で止血させ、傷口はほぼふさがっていた。我ながら気持ち悪く思えてくる。
すぐに会長の治癒に回ろうとする。彼女はあれだけ交戦していたにも関わらず、意識を保って美希を心配そうに手当をしていた。その手を遮り、俺が後でやるから先に会長の治癒をさせてくれ、と頼み半ば無理矢理傷口に手をあてる。薄くあかりを灯すとそこから傷はゆるりと巻きもどされていった。
「彼女にとっては知らないうちに増えた傷で済まされるんですよ。無意識の自傷行為と似たような物で脳内は片づけるみたいです」
「お嬢がウラノスの能力を使わないのが唯一の救いだけど、僕達にはこの被害を最小限に止めるの役目もあると思っているよ。お嬢の旧友としてね」
蛍が愛おしそうに撫でるその掌は己の血で赤黒く染まっていた。
狂っているひとを見ていると自分が狂ってる事が解らなくなるとはいうものの、そこに狂ってない人を連れて行ったとしよう、動揺の領域なんて簡単に越えてしまう。
今の俺がそうだった、会長の手当が終わるとユリの柄の黒い着物を着た白兎が部屋に来て微笑みながら俺をいつもの客間に案内した。
その間、なにも問うなという訴えが背中からにじみ出して案内をする白兎に黙ってついていく。
俺も返り血を少しばかり浴びてしまったので白兎が換えの服を用意してくれたらしい(・・・といっても着物しかなかったそうだが)
難なく着物が着れるのは俺の家が神社で、そうでなくても天理家というだけで着る機会が大多数の人より多いからだ。
そのため時間はさほどかからない、比較的ラフなものを容易してくれた様だしな。
すぐに暇になってしまった俺は今までの出来事を整理することをしようとした。
できなかった。
いくらストレスのせいとはいえあの美希の姿に俺は目を向けられない。
今までは美希に対して、動揺や困惑、尊敬や同情などの多くの感情を抱いていたのだが、全てふっきれて今は拒絶しかすることができない。
あれほど救ってあげようと、力になりたいと思っていたのにそれが無かったことの様に感じてくるほどのショックだったのだ。
もしかしたら、これくらいどうってこと無い人もいるかもしれない(現に会長や蛍は受け入れているようだし・・・)
だけど、彼女が見いだしてしまった人格をすべて天童美希という同一人物として見るようになってしまった今。
俺は本気で会長達を殺しにかかる美希が何故か俺に牙をむいているようにしか見えないのだ。
『おまえのせいだ。おまえさえいなければ!!』
そう直接あたまの中を責め立てる声が渦巻いていた様に思えた。
実際に美希はそう思っていたのかも知れないな、彼女が歌うときと同じで頭ごと掻き回されてるように言葉が響いてくるのだ。
「ったく俺が何をしたっていうんだ!」
俺がお前に会ったのはお前が転校して来た日だろ!?
『ほんとうか?』
「俺は何も悪くない!」
『ほんとうなのか?』
「もう俺を振り回すな!!」
『それでお前はいいのか?』
「“私はこの世のルールに従っていないんだ。怖くないのか?”」
“俺は今、美希に殺されそうで怖い”