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空に響く歌声  作者: 麻香
5 五里霧中で悪戦苦闘
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第伍参話 暇で仕方ない

天童家の一室で今日も凛々しい少女達は仕事に勤しんでいた。

右目を黒髪で隠す背の小さな少女が大きくため息を吐いた。


「まったく、出張なんてしたばっかりに仕事が増えた」

「あぁ、そうですね。ではお盆休みとりますか」

「は?無理だろ」

あまりの突拍子のない言葉に美希は条件反射のように否定する。

「・・・そうですか?」

「天組に有休があるのは上から三番目からだろ」

トップと幹部は仕事のせいで休みがほとんど取れない。

「大丈夫ですよ!良い考えがあるんです」

「白兎を使うのか?」

美希の代わりを務めることはあっても、今は彼女が体調不良の影響で白兎に負担をかけてしまっている。どちらかと言えば彼女を休ませたいと美希は思っていた。

「もちろん白兎も一緒ですよ!」

「じゃあ、どうするんだ?」

「私に任せて下さい!」

そういって通信端末を取り出す珠璃を美希は諦めた顔で見ていた。



珠璃の頑固さは美希にとって驚異だ。

結局こんな忙しい時期に明日1日の休暇を作ってしまった。

「七天祭が終わりまして一週間後には3日の休みが御座います、皆様を誘って久々に別荘に行きましょう!」




休暇とは何をすれば良いものか私には解らない。もともと、趣味と呼べることをする時間など無かった。その埋め合わせでもある沢山あるやることを全て取り上げられてしまったのだ。

「暇だな、寝るか」

そう思い立って長い廊下を歩いていると気配を感じて振り返る。

「ふほうしんにゅうしゃだぁーー」

「そんな気の抜けた台詞はらしくないな。それに玄関から入ったぞ?」

「ふぇ?」

「どうした・・・また何か病気にかかりでもしたか?」

人格崩壊とかいう病気な。まるで幼子のような会話だった。

「やることがなさ過ぎて数時間こんな状態なんですよ」

俺を案内していた白兎が溜息をつきながらそう言う。

「これじゃあ、白兎も大変だな」

「驚きました。休暇というものを貰ったこと自体無かったからですね」


「ところでなにしにきたの?」

これは裏美希でも表美希でも無い・・仕事しないとこうなるのか?

「・・・重傷だな」

「ええ、私ではどうすることもできず」

美希の意外な弱点がひとつ見つかったな。それ程使えそうにないけど。

白兎は掃除をしたいらしく、俺は美希の監視係に抜擢された。



居間に美希を連れて行き駄弁る二人。

いつもの癖がぬけないのか、彼女はしっかり正座をしていた。

「正直言うと巫女達から逃げてきたんだよね」

「ふーん、そうなんだ」

いつもなら美希が話の手綱を奪っていくのだが、今日は何故か聞き手に回っている。

そのおかげで俺のネタがなくなると、すぐに沈黙してしまう。



そんなところに助け船なのか、妙にサバサバした少年が襖を開けて入ってきた。

「おはよー!あれ・・・ほたる、せがのびた?」

ほたると呼ばれた少年は抱きつく美希を受け止めながらしかめっ面をしている。

「コレは、まずいですね」


「えっと、君。誰?」

「あぁ、初めまして僕は天原蛍と申します。クロノスの器にお会いできて光栄です」

「天原・・・じゃあ天兎族なのか?」

天原は確か分家の名前の一つだ。天兎族には名字のはじめに『天』がついている事が多い。

「ええ、一応は。とりあえず今は喋らない方が良いです。特にお嬢の言葉に気をつけて下さい」

言葉に気をつける?どうしろと?

「あそぼー」

「いいよ、でも他の部屋に行こうか」

いきなり理解不能な事を言い出す少年は美希を連れて部屋を出ていったため、自然とついて行ってみる。



そこは、廊下の突き当たりから襖を数枚開けた先。倉のような場所に辿り着く。

こんな部屋あったのか?襖を開けると下に続く階段と暗い空間。天組の本部に行くときに使った奴と似ている。

妙に冷えた床はコンクリートみたいだな、下から生暖かい風が吹いている。



永遠と下った先、なんとも適当に作られた鉄製の扉が目に付く。

重苦しいドアを開けるとそこには珠璃会長が立っていた。一つしかない白熱灯が照らすのは所々錆びたような痕があるコンクリートが四方を囲む牢獄のような部屋だった。


「何でついてきたんですか?危ないですよ」

そう言うと待っていた彼女は間髪入れず美希を斬る。

条件反射で彼女はよけたものの、左腕に意外と深い傷を作ってしまった。会長は瞬間移動を利用し反射まで計算して斬りつけていたのだ。


「よく、そんなことできるな」

総真の表情は以前のモノとは変わり、鋭い紅の眼は怒りに満ちていた。

いつもならものすごく美希を慕っている彼女が斬りつけるなんてあり得ない。


「何を怒っているのですか?」

コレはわざと敵意を彼女に与えるための作業なのに、と小声で言う蛍はうずくまる彼女を一瞥する。瞬間、鮮やかに輝く碧い美希の瞳に異様な悪寒をおぼえた。

「今いるのは君の知らない姫様だろ?」

「でも、俺は!」

全ての彼女を認めると決めた以上、俺は退くことはできない。

「知らないのならば知ればいい」

目を背けることからもうそろそろ卒業しなきゃいけないんだ。


音のない自然な動作で美希は武器を取り出した。両手に細めのナイフが二本現れる。

一本は会長に投げられ、瞬間移動を得意とする会長にとって避ける事は容易だが、もう一本はこちらに向かっていた。

「蛍!私は姫様の相手で精一杯だ。クロノスの守護を!」

元から動くつもりだったのか、蛍はもう俺の前に立っていた。

次に針が部屋全体を襲った。蛍は全てはじき返し、会長は数本の針が擦ってしまった。

しかし、そんなのお構いなしで戦闘は続けられる。二人ともかすり傷ばかりだが、戦闘技術のおかげだろう。美希は完璧に急所を狙っている、会長もそれと同じだ。


美希は完全にこの戦況を愉しんでいる。


「は?何コレ?」

蛍が光の防御壁の様なモノを創り出して、一時的な安全地帯に俺達はいる。

目の前に広がるのは単なる殺し合いで、彼女の口元だけの笑み、狂喜に満ちたその表情は見たことがない。だが、記憶の片隅にあるあの幼女の姿がだぶって見えた。

「もう限界寸前だったんだ、だから珠璃は休暇と称してお嬢に隙を作ったのです」

防御壁を拡大させた蛍は美希だけを的確にはじいた、壁に背中を強打した彼女の動きが鈍る。それを見逃さなかった珠璃は手刀と峰打ちで気絶させようと試みるが美希の精神力の強さには敵わないようだ。

「ならば!」

珠璃は刀を貫くように構えた。


しかし、すんでのところで彼女の頭がガクンと垂れる。

ピタッと瞬時に攻撃を止めたその刀は彼女の腹部ギリギリまで迫っていた。

殺された瞬間の人のように足の力が抜け顔から床へ向かう彼女の身体を蛍が受け止める。

美希から戦意がぬけたことを確認した珠璃は息を切らしながらその場に倒れ込んでしまった。



未だうつろに開き鮮やかに輝く美希の瞳に俺は恐怖しか抱けず動くこともままならない。




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