第伍弐話 何で俺が・・・
「はぁ?何で俺が---」
一方的に美希に言われてばっかじゃ俺としての立場がない。
「---クロノスの器としての自覚を持てと言っているのだ」
茶を上品に飲む彼女はどこか面倒くさそうな顔をしてそう言った。
「今年まで私はウラノスの席を3年も離れてしまっている。それが、信者の疑念の心を生むのだ」
天子の器が存在しない間は姫巫女が代わりをしていたが、本人がいるとなればまた、話は変わってくるだろう。七歳の頃から彼女に信仰心を押しつけた大人達の気はどうかしているんじゃないかと、俺は思っていた。
「解るか?クロノスとウラノスは天兎族にとって神に等しい存在。そしてその器である私たちは彼らと天兎がつながっている事の実物的証拠に匹敵する」
「・・・・・・」
「ハハッ、おかしいだろ?天兎族は彼らと確かな血のつながりを持っている、ちゃんと本家には血統書だって残っているんだ」
(あぁ、美希も七天祭が嫌いなんだ)
そう感じたのは彼女が素っ気なく喋りながら小さな眉間にしわを寄せているから。
「人とは不安定なモノだ。心の拠り所があることにより、人は異常な団結力を示す」
「どうだ?何故、天理が祭り事を義務と成しているのか。だいぶ見えてきただろう?」
神社にいるとそういうことは否応無しに見えてくるんだけどな。
「・・・ようはその信仰心の糧になるのが俺らの仕事って訳なんだろ?」
っとに悪徳宗教みたいだな、まぁ大多数が認めちゃえば嘘もホントになるらしいけど。
「今日はえらく素直ではないか、ちょっと前まで何かと反論してきたのに」
「反論のネタが尽きた、美希には勝てないよ」(黙っていたのをそうとったか・・・)
笑ってそう言う彼女はとても楽しそうだった。
「それは良くない、“諦め”というのは最終手段だ。そして最悪の選択の一つとも成り得る」
「相変わらず理屈っぽくてお前の話はついて行けないな」
「私に勝てないというのは嘘だ。私には確実な治癒能力は備わっていない、本気で戦って長期戦になれば勝機が無いわけではないのだ」
そのとき、話しながら正座の足を横に崩した美希を横目に俺は茶を飲んでいた。
「そこまで俺がもたないだろうがな・・ッ!!」
が、そのお茶を素早く置いて両手で間一髪押さえ込んだのは美希が護身用に持ち歩いている長めのナイフ一本。
美希は暗器使いでは無いが、それなりに武器を所持し巧みに操る技術がある。本人曰く、「日本刀と拳銃が主であとは飾りだ」とは言っていたがその飾りも何の苦もなく使用している。
「あッ・・・危ねーじゃねーか!いきなり攻撃してくるな」
何とか相殺したが、下手したら鼻がそぎ落とされていただろう。洒落にならん。
「少し前のお前では避けられなかったはずだ。白刃取り。ちゃんとできるようになったな」
(褒められたっ?)ほとんど俺を褒めたことなんて無かった美希からの不意打ちに身体が硬直する。
うれしさより先に来たのは(・・・気持ち悪いな)
っとそれより言わなきゃいけないことをやっと思い出した。
「家ん中で刃物振り回すなバカ!」
取り上げたナイフを机の上に叩きつけると、それを一瞥する美希。彼女の掌からカチャリという金属音。鈍く口元だけ歪んだ彼女の表情は恐ろしいものだった。
「・・・じゃあ、こっち?」
無邪気な声はオモチャを取り出す子供の様で、その瞳は妙に大人びていた。
額にヒヤリと当たる金属と机に乗り上げる美希。
もし、慣れてない人が見たら生命の危機と恐怖を感じるだろう。
だが、そんなのは俺にとってはお構いなしだ。
「拳銃も出さない!あっ、爆弾系もだ!」
「チッ、お前は私の保護者かよ・・・」
思った通りに行かなかった美希は心底つまらなそうな顔で机に愛銃を置いた。
着物の帯を少し緩めると、バラバラと落ちてくる武器の数々。
「俺はお前の同級生だ!まったく、こんなに持ってて重たくないのか?」
美希の周りに落ちる武器をみても動じなくなった俺は、ここ数ヶ月でだいぶ遠い所まで来てしまったと実感した。
「いっつも持ってるから重さはさほど感じないんだよ」
「こんな沢山いらないだろ。まさか学校にもこのまま来てるのか!?」
「どうだろうな」
ニヤリと悪戯に笑う美希を見て俺は大きく溜息をつくことしかできなかった。
一通り美希の散らかした武器類を部屋の隅に並べて、冷めた茶を飲み込んだ。
「・・・話を戻してくれるか?」
「うむ、お前に七天祭に出席する事を命じる」
「回りくどいくせに最後は直球かよ・・・」
「・・・・・・・・」
ジト目で美希はこちらを見たまま訴えていた。
「・・・解ったよ、出れば良いんだろ?」
バシン!
襖の開く勢いと共に現れたのは巫女の面々、その笑顔は親父のそれとよく似ていた。
「私達も総真様が出席なさるのであれば気合いを入れねばなりませんね」
「えぇ、ビシバシ指導していきますよ」
「どういう事?」
机に肘をつき、顔の前で掌を組み合わせた美希は堂々と語る。
「総真がさっき言っていた通り、私達は信仰心の糧だ。当然お前も舞には参加するんだよ」
気付いたときにはもう遅かった。
俺が渋々認めたと同時に帰ってくる京華と親父が何とも怪しい。
その後、大きな溜息を吐いてすぐその場を離れる美希は声に出さずに呟く。
『ご愁傷様ww』
完全にはめられました。
帰って行く美希をあ然としながら観ていた俺に後方から声がかかった。
「いや、良かった。流石に今年は総真が出てくれなきゃまずくてね」
ひょっこりきたのは総史郎だ、いつもの鉄壁の笑顔のままで。
「んなもん、兄貴にやらせればいいだろ」
「裕真は毎年ちゃんと出席してるし働いてるぞ?総真のしごとはコレだ」
渡される服は妙に重たい。
「なに?このヤケに飾りの多い着物」
「総真の衣装だ。サイズ合ってるか見ておいてくれ」
親父は今日も相変わらず笑顔だった。
一応言っておこう
“俺は宗教団体が嫌いだ”
理由?あぁ、それの恐ろしさを一番間近で感じているから・・・だろうな。
ただでさえ忙しいのにあの平和ボケに使われるなんて最悪だった。
総真を面倒見るとは言ったが、あんな問題は天理だけで何とかして欲しいものだ。
家に帰った私はすぐ仕事部屋に戻ると、資料をまとめた分厚いファイルが3冊置いてあった。
「まったく、お前も身体をこわすぞ?珠璃」
「ご心配には及びません。我ら淺田家は少々特殊な武家ですから」
「ソレを計算に入れるな。誇りは忘れずともよいが、傲ってはいけない。大罪を招く」
「これは、ずいぶんとメジャーな説を持ってきましたね。疲れてます?」
七つの大罪ですか、と私が椅子に座ると自然な動作でミルクティーが差し出された。
「マイナーな説を振っても応えるお前の博学さが私は好きだぞ」
総真なんていっつも首を傾げてばかりだから、いちいち説明が面倒くさい。
「有り難う御座います!・・・大好きですよ姫様」
抱きついてくる珠璃はいつものことだから、もうほっとく事にしている。最初の方は抵抗したが無意味だったようだ。初対面の時はこうではなかったのだが・・・。
「また、そう言う冗談を真剣にいうな。対応に困る」
ファイルをパラパラとめくる美希はその速度で資料を読み上げているらしかった。
「白兎は?」
「今は夕食を用意してますね。仕事は2時間ほど前につつがなく」
「働かざる者食うべからずとは私達には当てはまらないな」
「働きすぎて食べる暇ほとんどないですからね、一日5~6食分くらいは働いてますよ」
「ははっ、一日一食で良いだろ?十分だ」
「いいえ、これからも三食しっかり食べて頂きますよ。食べないから、体調を崩すんです」
「・・・うぐっ」
微笑む珠璃の後ろに黒いオーラを感じながら、美希はうなだれた。
「それに最近は寝付けないんでしょうか、隈ができてますよ」
「隈!?そんなはずは・・・」
クスクスと笑う珠璃を見るに冗談で言ったんだろう。
「出張にお出かけなさったときから、器の調整が安定しないのですか?」
「はぁ・・・私が望んだとはいえ、導に逆らうのは難しいのだよ。今はこれくらいの代償で済んでいる。安いものだ」
「姫様って今14歳ですよね」
「天童美希はその歳だ。それがどうした」
ファイルを全て読み終えた姫様が背伸びをしながら机にあるノートパソコンを起動させた。きっとまた他の仕事を始めようとしているのだろう。
「やっぱり姫様は頑張りやさんです。でも、無理しすぎるのは許しませんよ」
そう言って、自然な手つきでUSBメモリーを手渡す。
姫様は小食過ぎます、仕事しすぎです、そんな貴方を私は御側で支えると決めたのです。
「外交部の事でしたらこちらに」
「あぁ、いつもすまんな」
「もうすぐお食事です。それまでに目を通しておいて頂ければ宜しいかと」
「珠璃のほうが無理しすぎてないか?」
「いいえ、それ位当然です。白兎を手伝って参りますね」
「ありがとう」
((姫様のその笑顔最高!!))