第伍拾話 私は誰なのか
天童家の寝室は一人で使うには広すぎると総真はつくづく思う。
俺の部屋の1.5倍の広さはあるだろう。そこに美希はダイブすると布団に潜り込み、こちらを上目づかいで見上げる。俺は彼女に勧められて隣のアンティーク的な椅子に腰掛けた。
「話すって約束したな。こんな姿勢で失礼だとは思うが、すこし困難でな・・・許してくれ」
彼女は真剣な眼差しで、どこか寂しそうに話し始めた。
まず、一に器への消耗の激しさについてだ。
とにかく、むやみにクロノスの能力を使うことに対して怒られた。確かに、慣れてくればある程度の調節を天子自身でしてくれるらしいが、実際使っているのは紛れもなく俺達なのであって、その負担は普通の能力の3~4倍近いという。治癒スキルが高いが為にそんな感覚は一切無いが、ソレが逆に落とし穴となる可能性が高いようだ。
実際、美希でさえ今は体調を崩している。
二つ目は周りの対応だそうで。
クロノスとウラノスの同時復活は過去にもあって、対策法も数々試されたそうだが、あまり良い結果がもたらされていないという。むやみにクロノス復活を言いふらせば、今よりももっと酷い混乱が訪れるそうだ。実は美希が俺を表に出したとき一悶着あったとかで、極秘事項であることを心に留めておけ、と注意を受けた。
それから、三つ目は・・・
「正直、私も恐いんだよ」
「えっ?」
今までとは全く違う私的な話。いきなりすぎて戸惑いを隠せなかった。
「毎日毎日、考えるんだ。総真は私の所為で、クロノスの器に選ばれたのではないか。とか、お前はそれを良く思ってないんじゃないかとか」
「んなわけねーだろ」
何言い出すんだいきなり
「・・・さっきも少し触れたが、器としての負担は肉体的にだけではない」
美希が布団を頭から被って起きあがると、その蒼い瞳だけが隙間からのぞいていた。
「どういう事だ?」
“自分を壊されるんだ”
「・・・私はな、ウラノスと生まれた時から意思疎通ができたんだ。生まれた瞬間から自分じゃない誰かが私の中にいたんだ。私にとってそれは当たり前の事だし何ら不自由があった訳じゃない。ウラノスは優しいし、伝説になっている破壊魔でもなかった。なのに、ウラノスは謝るんだ。私に対してずっと・・・ソレが何を意味するのかに気づいたのはウラノス、否、私か・・・私が暴走して、しばらく経ってから。いろんな牢獄を行き来している最中だった」
「・・・・」
そう語る彼女はいつもとは全く違う空気を纏っていた。
似ているのは転校初日に廊下で話したときと誕生日プレゼントを渡すときの最初が近い。
彼女であって彼女で無いような不安定な空気が支配していた。
“自分自身の何もかもが曖昧になっていくんだ”
「自分の人格・性格、記憶、その他の自分をカタチ造っているものが。白兎も私であるようにウラノスも私である。これだけでもう身体を二つ、人格を三つもっているんだ。果たして、本当の生まれてきた天童美希はどれだろう?」
今にも泣き出しそうな美希の瞳は助けろと訴えているように見えた。
「美希に俺が最初に会ったとき二重人格だと思ったよ。敬語を使う美希と今の美希、今まで社交的に使い分けてきただけだと思っていたんだけど、それも違うのか?」
「いや、そこは私の意識で変えている事が多い。曖昧すぎてそこだけはハッキリさせておこうと常に気を張ってるんだが・・・」
「そうなんだ・・・じゃあ、面倒だし全部が美希って事にしちゃえば?」
「・・・・それでは、本当の私はッ!」
「---本当の美希は全部だよ、人に裏表がないなんてあり得ないじゃん。確かに俺もクロノスが覚醒したとき手に取るようにクロノスの意思がわかって気持ち悪かった。ソレが二つや一つに増えたところで今、目の前にいる君が天童美希なんだし。目の前にいる俺は天理総真だろ?」
「お前はそんなんでよく私と一緒にいれるな。もし、私がまた新たな人格を造ってお前を殺したらどうするんだ。一時的とはいえ、私は10のうちにもう殺戮者であるんだぞ」
(同じようなこと伏見銀に言われたことがあるな、そう言うことか・・・)
「皆が恐れているのはソレだ。不安定な存在ほど危険視する必要があるだろう。こんな私など何故生き残ってしまったのか!」
いつもでは考えられないほど彼女が取り乱した拍子に布団がはらりと地に落ちた。その表情は怒っていた。泣くより先に彼女は怒って、そして悔やんでいた。
「なんか、誤解してるみたいだから言わせて貰うけど。みんなが皆、恐れているから従っている訳じゃ無いぜ。少なくとも珠璃会長と俺は確実にそうだ」
落ちた布団を一瞥し、美希は上目遣いで睨んでくる。その眼は「本当?」と訴えているように見える。総真は布団を拾い上げまた美希にかぶせて笑顔で頷いて見せた。
「だから、死にたかったなんて言うなよ。美希がいなかったら今、俺はどうやってクロノスと共存しているんだ?美希がいなかったら・・・まぁ、確かに平凡には生きられたかも知れないけど。今の方がずっと楽しい、何より美希のいない生活がもう考えられない。今まで俺がお前の出張中に味わった空虚感のほうが美希の多重人格より恐ろしい」
「・・・・・・」
「俺は美希に今までの災厄を押しつけるような事はしない。お前の所為である前に俺が自分で選んだ道だ。だから、お前が背負わなくていい。むしろ俺を頼ってくれ」
「・・・それは、嫌・・だな。それは総真に押しつけることになる」
「相変わらず我が儘だな」
くすくすっ、と微かに聞こえる含み笑い。
いつもより弱々しい彼女はただの儚げな美しい少女に魅えた。
美希は小さく咳払いをすると、いつもの傍若無人で凛々しく、俺のよく知る“美希”に戻ってしまっていた。
「長くなってしまったが、とにかく己の人格を失ってしまうと言うことだ」
「ふーん、何か解らんけどようはあんまり使うなって事で良いのか?」
「絶対使うな・・と言いたいところだが、そうだな仲良くしてやれ」
“器との調整が終わってしまったであればもう、彼らから逃れることはできないのだから”
「とりあえず、クロノス覚醒までの経緯を聞かせて貰おうか」
その後俺は、京華に匹敵するほどのの罵倒を浴びせかけられた。
そろそろ俺の精神力が限界に達するので話を逸らさせて貰おう。
「それより美希、知ってるか?」
「何をだ?」
怒りすぎてむしろさっきより元気になっている美希の勢いが急ブレーキをかける。
「もう、終業式が済み。今現在は夏休みだ」
「それは本当ですか?」
驚きのあまり表の美希が出てきました。
いつのまに長期休暇になったんでしょうね。