第肆玖話 安息か報告
美希はその場を離れると彼女の凛とした冷たい空気だけがその場を支配していた。
部署を出てから、本部の自室に戻った美希は鍵を閉め、ふかふかの椅子にすわろうとしてそのまま倒れた。荒い呼吸を繰り返しながらも意識を保ち続ける。
事態が収拾したかは危ういところだが、しばらくはあいつらも慎重になってくれれば良いんだが・・・。
流石に辛いなぁ、人形は遠距離から白兎に任せたが、一時的とはいえ人を一人創り出すのはやはり身体への負担が大きい。
カチャと鍵が開いたかと思うと入ってきたのは染めた黒い髪と長い右の前髪、カラコンによって蒼い瞳をした白兎だった。来ると同時に後ろで鍵を閉める。
「お帰りなさいませ、主様」
「ただいまぁ・・・」
気力が無いように言う美希を来客用の広い長いすに横たわらせた。すっぽりと丁度良いサイズに収まる美希を視て白兎はちっさいなぁーと再確認する。
「あれほど、いけないと言ったのに・・・」
「しょうがないでしょ?あの状況下において使わなかったら生存確率が減ってたわよ」
「たとえそうだとしても、ウラノスを使うときに私がいない場合は主様への負担が増す事をお忘れですか?」
「ごめんね、白兎貴方にまで迷惑をかけてしまった」
「私などのことは気にせず自分の体調を気遣って下さい」
そう言って白兎は最高の笑顔で水と薬を渡した。
「あれっ?主様」
「なに?」
コクンと小さく喉を鳴らしながら薬を飲み込んだ美希は容態が落ち着き始めているようだ。
「傷がいつもより減っている気がします」
「!!なっ、治ったんじゃないかしら。古傷なんてそう残らないモノでしょう」
「そうですか?」
突然真っ赤になる美希をみて、不思議そうに首を傾げる白兎。
丁度その時、ドアをノックする音が聞こえた。
「どちら様でしょうか?」
「淺田珠璃です」
白兎が鍵を開けると同時に、涙目になりながら来客は瞬速で飛び込んでくる。
「姫様!ご無事で何よりです。お加減はいかがでしょうか?あの烏水の当主に何かされてませんか?あれほどお頼みしたのに、私を置いていくとはどうs・・・」
どう見ても同じ二人を間違えずに彼女は美希に抱きついた。
「珠璃様、押さえて」
「あっ、申し訳ありません。つい勢い余ってしまい、まだ体調が宜しくないと彼から聞いたばかりでした」
興奮気味だった珠璃を白兎が止めると、美希は少し悲しげな表情でそちらを見つめた。
「お前は元気そうだな珠璃、少し痩せたか?最近ろくに睡眠を取っていないだろう。すまんな、私の所為で」
「いいえ、私は姫様が帰って下さっただけで嬉しいです。蛍からの報告で“後のことはこちらでやっておいた、休んで下さい”だそうです」
「まったく、不甲斐ないな」
額に手の甲を当てながら美希は部下達の気遣いの多さに苦笑していた。
「でも、こんなにまいってる美希を視るのも新鮮だな」
「お前はいつここに入ってきた?!総真!」
いきなりの刺客に起きあがった美希が、重力に負けてまた倒れ込んだ。
「正確に話すと会長が入ってくる瞬間。あとは気配を消して部屋の角にいたよ」
どこか誇らしげに言う彼は美希の反対側の長椅子に腰掛けた。
「そういえば、総真君の能力って結局何だったんですか?」
「俺自体の能力は“修正”ってやつらしい」
「天兎族は“風”を操りその者の起源を一時的に覚醒させる事ができる一族ですからね」
「“修正”ってことは“改め直す”ことか、なるほど治癒スキルが高いはずだ」
「あぁ、クロノスもそんなこといってたな」
「「はっ?!」」
驚きを隠せずに固まる白兎と珠璃を見て、美希と総真は同時にため息をもらした。
「どういう事ですか?クロノス覚醒の話聞いていませんよ!」
「珠璃、取り乱しすぎ」
「クロノスが覚醒された所為で主様への負担が増したのでは?」
「白兎、それはちがう」
いちいち否定している美希は心底めんどくさそうな顔をしている。
「「というか、姫様(主様)は知っていたのですか?」」
「あぁ、助けて貰うときに聞いた」
ごく普通に答える彼女を見て呆れてしまった二人はもの言いたげに美希を睨んでいる。
「それはそうと、美希。何故“クロノスは復活させちゃいけない”んだ?」
その言葉を聞いて、白兎の完璧な笑顔が崩れる。
美希は大きく一つため息をつくと、無理矢理体を起こしあげた。
「・・・このことは外に漏らすな。仕事に尽力してくれ、私は家に戻らせて貰う」
そう言って出て行く美希を総真は追いかけて、支えながら二人ともその場を離れてった。
それを見送る白兎は小さく深呼吸をしてから、鋭い眼差しで珠璃を見据える。
「で?今日の仕事は何が残っているんだ?珠璃」
「はい、姫様後方支援部の個人データの収集が終わりましたのでそれを・・・・」
二人の仕事はそれから日付が変わるまで終わることはなかった。