第肆捌話 牽制か権勢
彼女は何か言いたげな表情を見せていたが、治療中は激痛に耐えるので精一杯だった。
大まかな傷を治療した後、美希は顔を真っ赤にしながら怒っているように話す。
「どうしたら、能力使うのに傷口にキスするのかって聞いてるの」
「正確には舐めてる。俺の血の情報自体にも回復能力があるから、唾液の成分を利用してるんだ」
「お前の頭がおかしいのか、だったら血出せばいい話だろ?」
「ひどいな、美希は」
そんなにコレ嫌なんだ。善意でやってるんだけどなぁ・・・。
「それに俺の血を飲んで美希にどんなことが起こるかはわからない」
もしかしたら、余計ひどくなるかもしれないだろ?総真はそう言うと美希の右の前髪を避けて右目を露わにさせた。少し紅い線が濃くなってきている。
「はは、それもそうかもな。でも今、能力使ってるよね?」
総真は私の能力に副作用を起こす。それがどんな唄でも癒しの唄でさえも彼に対しては毒と化す。クロノスにか彼に対してかはまだハッキリしていないが、そう考えてみると総真の血が?それはおかしくないか?
美希が真剣に悩み出すと、総真は行き場を無くしたようにそっぽを向いて呟いた。
「うるせー、血出すの嫌いなんだよ」
彼女らしくない脱力した笑顔を見せたかと思えば、顔をすぐに腕で覆ってしまった。
「あぁ、それはわかるかも知れない」
無理矢理に血を採られた時のあの気持ち悪さは大嫌いだ。
「具合良くなった?少し動けるか?」
「良く見えるか?」
「いや、そうは見えない」
顔色はいつもより蒼く、長い黒髪は汗のせいで肌に張り付いて不愉快そうだ。呼吸が荒いのはもしかしたら俺の能力の影響かも知れない。
「だがなッ!」
シュン、という風を切る音で鎖は鉄の破片となり、その切り口は鋭い刃物の様だった。
「これくらいするのは容易い」
「どうやってるの?それ」
「お前も、できるぞ?天兎族の能力だ」
ただ風を高速で当てて斬りつけると言ったものらしいが、能力が強くないとそれも容易くできないはずだ。具合が悪いくせにこんな事を簡単にやってしまう彼女には驚かされる。
京華が陣を使って出口を造ってくれていたおかげで、追っ手が来ることは無いが、時間制限があるためゆっくりしていられない。
歩くのも辛そうな美希に肩を貸すものの、身長差でさらに辛そうだったから、背負って行こうとしたら子供っぽいから嫌と仰る・・・
「だったらどうするんだよ、一刻も早くにげなきゃいけないって時に!」
「うるさい!このくらい平気だ」
ふてくされながらも確実に無理しながら前に歩を進める美希のペースはやはり遅い。
「平気じゃないからどうにかしようとしてるんだろ?」
「私に構うな」
「何でさっきからそんなに怒ってるんだよ」
「怒らないはずがないだろ、クロノスを復活させてはいけないんだ」
「なんでだよ、俺は美希の力になろうと・・・」
「ハァ・・・教えるのは後にしよう、とりあえずココから出る・・・」
そう言うと同時に美希はふらついて倒れかけた。
いきなり足下が浮いたかと思うと、美希は総真に横抱きの状態にされていた。
「これくらいなら、したって怒らないだろ?俺だって少しは頼って欲しいんだよ、さっきも言ったろ?我慢するなって」
「降ろせ」
耳まで赤面している美希が腕の中で暴れるが、その足が地面に着くことはなかった。
「嫌だね、正直言うと背負った方が楽だけど、ソレが駄目ならこうするだけだ。今のうちに休んどけよ、これから美希は仕事があるんだ」
美希の体重は本当に軽くていつもより細くなっている気がした。きっとろくに食事がとれない病状だったのだろう。しかし、無理に無理を強いてるのは承知の上だが、天組自体そんなことも言ってられない状態だった。
天童家にも天理家にも管轄外な部署が天組にはあった。それは天兎族の本家以外の天兎族、分家という者達の為に置かれた部署だ。天童家と天理家がお互いに監視をしているからといって間違いがあっては世界が傾きだしてしまう。本来、全体的な天兎族を支えているのは無数にある分家の存在だ。
天原 蛍や天瀬 琴生といった他の部に配属になっている者もいるが、分家の当主は基本この部署で好き勝手やっている。当然、、天童や天理を好ましく思っていない奴らが出てくるのだ。4年前の事件から天童の座を狙っていた者も多いだろう。そして体調不良というどうしようもないことをきっかけに正式に天童を堕とそうと考えて、かなり表沙汰に激しく動いていたのだ。
そんな奴らの集会があることは本家に知らされないが、真面目に調べようと思えば案外容易いことだった。集会の場さえ押さえてしまえば反乱の勢いはすぐ収まる、好きかってやれると言っても彼らにとって天童と天理は絶対的な存在だからだ。でも迂闊に本家が首をつっこむとややこしくなるため、当事者である美希を連れてくるのが一番という結論に至ったのだ。
情報道理の場所で集会と言う名の悪口大会が成されていた。彼らの死角で二人、聞いているがどうも美希の怒りのゲージが危うい。
「やはりあんな子供に任せておくのは良くない」
「たとえ彼女がそうであっても、未だにウラノスの能力を発動しないとあっては・・・」
「ただのデマと言うことも考えられなくもない」
「もういい加減、代替わりして頂かないと」
「不運の事故で衰退期に入った天童より、また新たな天が必要だ」
『ほう?それはどこから得た結論なのじゃ?』
「誰だッ!!」
『そう問われても、妾は妾じゃし』
真っ白な長い髪と蒼い双眼、少し透けている足下、四対の白銀の翼を持つ中性的な人物。美希の創造の能力によって造られた人形が流暢に語り出した。
『それよりも、興味深い話をしておったじゃろう?妾にも聞かせてくりゃれ?』
「まさか・・・ウラノスが・・・」
「戯れ言叩くのもいい加減にして下さいませんか?」
人形の目の前に立つ美希は無表情でそう告げた。分家の奴らは真っ青になりながらも、彼女をものすごい形相で睨み付ける。
「天童美希!」
ここで総真は出るわけにもいかなかった。隠れながら必死に我慢して息を殺している。今度はクロノスにとばっちりが来てもおかしくないと美希に念を押されていたのだが、それでも、手負いの彼女が周りの人間に攻められるのを視るのはどうしても辛かった。
『んで、妾は結局何をすれば良かったのじゃ?』
のんきな人形は行儀悪く机の上でお菓子をむさぼっている。
「別に、彼らがウラノスを信じられないと言ったから・・・まぁ、ウラノスの真似事をやった天兎族も昔いたようだし、疑うのも無理ないわよ」
『妾の証明と言われてものう、証明するには世界規模でしでかさなきゃならんじゃろうし』
「そんなこんなで、認めて下さいますか?」
美希の無表情は相変わらずで、それが分家にとっての恐怖の一つであることが態度に現れる。
「まぁ、貴方達がそんな考えを抱くのはそれだけの理由ではないことくらいは解りますよ。何故ウラノスが天童にクロノスが天理を器にするのかを知らない限りその対抗精神は健在なのでしょうから。ただし、生半可な知識量で挑まない方が長生きしますよ」
「言わせておけば!」
怒り狂う子に触れる手は冷たく、その蒼い瞳は濁りを増しはじめる。
『妾としては平穏を望むぞ。そのために、我が子は動いているはずじゃったのだがのう』
暗いその表情は、全てを飲み込む様だった。手を放すと子は力なく座り込んだ。
ソレを見下ろしてから飽きたような人形は、美希の方へ寄り無邪気に笑いながら告げる。
『妾の目的はこの子が伝える役目をになっている。どうか、我が子達は妾の願いをきいてくりゃれ?』
すうっ、と足下から消えてゆくウラノスをただ驚きながら見つめる分家達の目の前に残ったのは美希の姿だった。