第肆漆話 救済なのか?
あれから何日経っただろうか・・・
意識が朦朧としたままなので、時間という概念が狂ってきている。この部屋に時計はあるが私の位置からは見えないし、窓のないこの部屋に日の光が差し込む事もなかった。
あぁ、でも・・・まだ無理そうだ。っとに、情けない。
「辛そうだね」
目を細めて悲しそうに見下すその視線の先には、苦しそうに呼吸を繰り返す美希がいた。
「怪我と体力の低下が原因で熱が出たって聞いたよ、顔色もまだ悪い」
「ってか、この服はなんですか??!!」
力の限りの抵抗で鎖をガチャガチャと鳴らす美希の服は寝ている間に着替えさせらていた。
それは、いわゆるゴスロリと呼ばれる服で全体的に黒くフリルやレースをふんだんにあしらっている所為か美希が余計に幼く見えた。
「あぁそれ可愛いでしょ。美希に似合うと思って少し前に買ったやつなんだ。今のサイズが判らないから心配したけどぴったりだったみたいだね」
可愛いよなんて満面の笑みで言う椿を美希は涙目で睨み付ける。
それから、しばらく椿は美希を眺めていた。
・・カチ・・カチ・・・と規則的な時計の音だけが部屋内を支配している。
「あの剣を造ったのは椿なの?」
美希が話を切り出すと、椿は頭を振りながら彼女の唇に人差し指を当てた。
「だめだよ、美希。呼び捨てにされるのは嬉しいけど約束は守らなきゃ」
もうここだけは妥協するしかないらしい。
「・・・兄様があの剣を造らせたの?」
「半分はそうだね。元々あの会社は裏で能力殺しの剣への研究がされていた。興味を持って俺は支援したんだ」
「何のために・・・」
「----それは、美希のためだよ」
無駄に顔を寄せて耳元で囁く椿は真剣な表情をしていた。
「どういうこと?」
「君が破滅へと足を踏み入れてしまってるのを見てられないんだ」
破滅?どっかのバカな天子と同じ事を言う。私はそんなことは決してしない。
「そう恐い顔をしないでよ、俺だって君がいない間どれだけ苦労したことか・・・」
四年前の事件の後始末をしたのは椿と総史郎だとは白兎から聞いていた。椿は烏水家、烏天狗は天兎族と密接につながりはあるものの、それは互いに利益があるからで、天童家が滅びようとも、天理家を利用すれば良いだけの話だ。天童家に生き残りがいるなんて目の上のタンコブ並みに面倒な者。私はてっきり周りに言われてやったことだと思っていたがハズレだったようだ。私の頬を撫でる大きな手はどこか懐かしく優しい暖かさをしていた。
「俺、結構怒ってるんだよ?」
「なにを?」
シーツをはがし美希に覆い被さる様な姿勢を取った、椿は妖艶な笑みを浮かべて。
「コ・レ・を」
彼が指をかけたのは私の首から下がる、黒い羽の着いたネックレス。
「これは烏水の羽じゃない。となるとクロノスの羽だ。いつからこんなの付けてたんだ?」
「兄様には関係ありません」
「あるね、コレの意味わかってるの?」
“貴方と決して違えぬ誓いを”
それは戦友同士、血縁同士、恋人同士で結ぶ願いのカタチ。どんな約束でも果たされる契約の印。翼を持つ者達が己と相手に誓ったしるし。
「・・・・」
「何を約束したのかは知らないけど、こんなものでまた美希を縛って飛ぶことを許さない」
(今、肉体的に縛ってるのはどこの誰なんでしょうね?!)
もし、今腕と足が使えたら椿の首をへし折ってるところだが、ここは押さえる。
「兄様はお優しい。嫌ならば引きちぎってしまえば良いものを・・・」
「だってそんなことしたら、美希に傷が付いてしまうだろ?それにカッとなって行動するほど俺は愚者ではない」
「そうでしたね」
椿はいつも疑い深く、感情的に行動しない。かといって、自分の目的には貪欲に突き進む傾向があるので、美希の苦手なタイプだ。彼女も我が儘だが彼の我が侭には一癖二癖ある。
何も言わずだんまりを決めこんでいる美希を見て、椿は音もなくベットから降りた。
「良い子にしててね、美希」
キィという扉の悲鳴と共に彼女は大きく深呼吸した。危なかった・・・。
椿が扉を閉めた瞬間、気が付くとベットの横には総真が立っている。
「いつ、入ってきた?」
「今さっき」
「お前って瞬間移動が使えたのか?」
「さあ?ってか何だよその服!?」
「そこは、つっこまないで」
ムスッと拗ねるような顔をする美希。
(いや、意外と似合って・・・クソッ、可愛いな)
「それより、早く戻ってこい」
「お前はいつ私に命令できるようになったんだ?」
「美希が怪我してることは天組に知れていないが、白兎(仮美希)が倒れたことを明るみにだした奴がいて、みんなの不安を煽った。天組の士気が落ちてきているんだ。あぁ、白兎はもう復活したけどな。かなり無理はしていたみたいだが・・・」
「待った、私はココに何日くらいいたんだ?」
「正確には分からない。白兎が倒れた日と推定して話すと10日くらいだ」
「そんなに・・・でも、どうしてココが?」
椿のことだから私の居場所なんて知らせるはずがない。
「会長に言われて俺が動いた。京華に頼んで少し調べて貰ったんだよ。予想はアタリだったみたいだけど。天組は会長がなんとかしようと尽力しているから---」
「・・・総真?」
「軟禁状態じゃねーかよ。ったく悪趣味だな」
それには私も激しく同意だ。
「何かあった?変わった気がする・・・」
「気がするだけかもしれないぞ?」
「いっ・・・」
「動くなよ、おまえどれだけ傷があると思ってるんだ。内蔵まで悪いって京華から聞いた」
「しらないわよ」
「はぁ、ちょっと見せろよ」
無数の切り傷が彼女の右腕にあった。うっ、結構酷いなぁ。多分、ほぼ全身こんなだろう。
「おまえコレ痛くないのかよ・・・」
「うーん、痛いよ?」
美希は決してこっちを向こうとしない。傷の中には治りかけの古傷もある。
「今まで我慢してたのか?」
「痛いって言ったところで傷は治らないし、別に我慢できない訳じゃ・・」
「我慢してたんじゃねーか。まさか、ここに来て付けられたんじゃないだろうな?」
「それは無いわ、椿の性格を考えてみてよ・・・ってあんまり知らないんだっけ」
「とにかく、これからそういうの止めろよ。少なくとも怪我とか病気とかで我慢するな」
「何でお前ごときに指図されなきゃなんない・・・ッ!?」
突然、総真は彼女の傷口にキスを落とした。
美希は驚きながらも、すぐその激痛に苦悶する。
ずきずきと痛む所から傷は修復されていく。
「は?なにコレ」
「俺の能力。回復系なんだけどまだうまく使えなくて、このぐらい深い傷になると直接的に移さないと無理なんだ」
まぁ、直接的だと苦痛をともなうからあんまりやりたく無いんだがな。
「お・・まえ・・・いつ自分の能力の事を」
顔面蒼白な美希は、恐れているのか具合が悪いのか解らなかった。