第肆伍話 傍観か二重唱
ナイフをもつのは天原蛍。白衣の女は冷や汗を垂らした。
「何で僕がこんなにもイライラしているのか、貴方ならわかりますか?」
白衣の女は気付くことができなかっただろう、何せウラノスにばかり気を取られていたのだから。彼女は蛍の質問に応えず、生唾を飲み込んだ。
しばらくして、ガラスがぴきっと音を立ててひびが入る。
「別にいいです。さぁ、一緒に傍観しましょうよ、貴方はアレが見たかったのでしょう」
なんとも計画的なタイミングでスポットライトが白銀の少女に当てられた。
そこにいたのはボサボサの銀髪に見開いた青い瞳。両手に握られているのは紫色の剣。
少女達から奪い取ったモノだろう。しかし、剣を持っていない少女はどこにも居ない。
機械的に斬りかかってくる少女達、そのうちの一人をウラノスが見開いた目で見据えると、一瞬にして骨まで砕け肉片と化して散らばる少女。返り血を浴びても気にせずに後ろから来る少女を四対の翼でなぎ倒す。その弾みで針のように鋭く飛ぶ羽に貫かれた瞬間そこからみるみると消滅していく少女達。残りはあと5人程度だろうか・・・。
少女が間合いを取った瞬間、彼女に握られていた紫色の剣は無惨にも砕け散った。
白衣の女の耳元で囁く蛍は美希と一緒にいるときとは違う空気を帯びていた。
「ウラノスが持っていてあれだけ維持できる剣はそれ程ありません。素晴らしい剣です」
「あ・・・ありがとう?」
「どうです?アレがウラノスです。なんか前より控えめですがね、僕の見てきたお嬢はもう少し荒れてましたよ・・・」
「---まるで、破壊神ね」
「貴方はこんなことして何がしたかったのですか?」
「・・私は-」
最後の少女を殺そうとしたウラノスが、不意にピタリと動きを止めた。
ウラノス自身が驚いている。それもそのはず、止めたのは美希の意志だったのだから。
目の前にいる少女は剣を捨て一筋の涙を青い瞳から流していた。
「貴方、歌は好きよね?」
美希の言葉に少女は小さく頷いた。
「じゃあ、何か曲は習ったかしら?」
今度は頭を横に振る。長い黒髪がサラサラと音を立てた。俯きながら少女は言葉を紡ぐ。
「・・わ・・・ワタシ達には歌の構成がデキマセン。ハジマリの音を再生するのが不可能なのデス」
蚊のなくような小さな声。機械的ながらもその声は美希の小さい頃と酷似していた。
「そうね、習ってできるようなモノじゃないらしいわ」
ウラノスには美希のやろうとしていることは全て伝わってきている。
でもあえて口に出して伝えてみることにした。
(妾はお前の意志を尊重するぞ?何せ妾はお前が好きじゃからの)
(ありがとう、ウラノス。嬉しいわ)
美希の清々しい微笑みは幼少の頃とは少し変わった切なさを帯びていた。
「じゃあ、一緒に唄いましょ?解ると思うわ貴方が私とおなじなら」
小さく息を吸うと、美希は歌い出した。まだ、髪は白く四対の翼を背にしたまま。
“弔いの唄”はあの時に造った唄だったっけ?
あのときから、その歌を口ずさみ続けていた。思い出すのは後悔ばかり・・・。
美希の透き通るような歌声が部屋全体を震わせた。
「あぁ!データを取らなければ!」
ソレを見た白衣の女は慌てふためき、首筋に向けられたナイフを躊躇なく握る。たらりと白衣に朱く染みをつくりだした。
「貴方の言い分も僕は承知の上ですが、駄目ですよそんなことしたら」
彼女の右腕がすっ飛んだ。ぼとりと落ちる音の後、大量の鮮血が散る。
「そのうち貴方は失血死するでしょうからこれ以上僕は何もしません。どうぞ最期に貴方の子の唄を聞いてやってください」
目を見開いて放心状態の少女から紡ぎ出された声は、小さくて聞こえづらい。
無意識に少女は美希の唄のアルトパートを見事に演じた。美希と比べればやや機械的だが、自分でも信じられないというような表情で自然と唄っていた。
一生懸命な歌声は美希の歌声と反響し増幅する。
歌い終わったと同時に少女は倒れ込む。彼女には唄を制御する力がないため消耗が美希より大きいのだ。おそらく彼女の身体はあと数分しか持たないだろう。
「弔いの唄は誰かの為に歌う歌なの。貴方は誰のために歌ったの?」
「・・・ご主人様ノ為ニ」
喋った影響か、げほげほと咳き込んだで彼女は吐血を始めた。
「--そう--始めて歌ってみてどうだった?」
「楽しかったです・・・嬉しかったです・・でも、辛かった、苦しかったです。寂しかったです。でも今までで一番、シアワセでシタ」
「---私も嬉しかったわ」
いつも独唱ばかりだったから、人と合わせた事なんて無かったから。
美希は少女を抱きしめて声に出さず呟いた。
“ありがとう”
ふっと少女は笑うとその頬や四肢に乾いたヒビが入り出した。
「・・・生まレテ来て、ゴメんなさイ」
サラサラと砂塵が風に舞う。皆に解らないくらい微かな驚きの表情を見せた美希は、鼻で笑ってから大きな溜息をつく。
ウラノスの所為で銀色になった髪は毛先から黒に戻り始めていた。
「蛍?そっち終わった?」
上を見上げると蛍がこちらを心配そうに見ていた。笑顔で手を振ってやると、そこから飛び降りてくる。明るい笑顔の彼女の足下は返り血のせいで黒く染まっていた。
「はい、終わりました」
「さすがは私の部下。何も言わなくてもちゃんと仕事をこなすんだから」
蛍の短髪をわしゃわしゃと撫でながら、満足そうに美希は言った。
目を超キラキラさせている蛍は、でも・・と続ける。
「僕はお嬢が何しでかすかヒヤヒヤしっぱなしだったよ」
「あら、失礼ね。私だって・・・まぁ、多少頭にきたけど・・・」
「うん、研究者の方は僕の担当で正解だったみたいだ」
アハハ、乾いた笑いをもらす蛍を見て。美希は目を細めて返す。
「そこまで酷いこと私はしないよ?」
「恐いなぁ・・。っと、そろそろ帰ますか?」
そう蛍が問うと、美希は彼女の背中に体重を乗っけてくる。
「あーあ、疲れた。何かいつもより消耗した」
何でもないように言ったはずなのに蛍は慌て出す。
「大丈夫ですか?!」
「へいきだよ、多分。歩こう?もう敵とは会いたくない」
美希は蛍の肩を借りて歩き出した。
「平気じゃないです。ウラノスの器と言うだけでも身体に負担がかかるのに、能力をあれだけ制御するとなると精神力も体力も限界でしょう。本来なら立ってるだけで奇跡ですよ」
「お前は私の主治医か?」
「否、ただの友人だよ?」
部下でもありますけど、そう言って蛍は美希に笑顔を向ける。と、ついでに美希の視界から消えた。どてっ、と鈍い音がした。
「・・・っつ!」
蛍が美希の方を向いたとき、自分の足に突っかかったのだ。美希は寄りかかっていたため、一緒に崩れてしまった。
「前見て歩け、人を支えてあるいてるの忘れてたな?」
堂々とした態度で美希は蛍を下に敷き溜息をつく。
蛍は瞬時に美希をかばおうとしたせいで、後頭部にタンコブができていた。
「・・・うぅ・痛い」
「まったく・・・っ?」
起きあがろうとした瞬間、目眩に襲われた美希は何の抵抗もなく倒れ込む。
蛍の驚いた声から意識が遠のいていく、彼女はその時に気を失ってしまった。
「お嬢?お嬢!大丈夫ですかしっかりしてくだs・・・」