第肆参話 覚醒か終息
精神を自らの中心へ集中させ始める。
レベルSとはこれくらいやらないと戦えないはずだ。
(おい、答えろ!いるんだろ?クロノス)
波紋が広がる。ピシャンという水音。漆黒だけが埋め尽くす真っ暗な空間。
コレが俺の中か?声を発しても、吸い込まれるように消えていく。
(おまえの力がいるんだ出てこいよ)
水音しか聞こえない、闇の中。
(おい!)
(なんだ騒がしい)
声が誰かに似ている?まあいい、彼が応えただけでも幸運だ。
(おまえの力を貸せ)
(貴様が我に足る器か?)
バカにしている様で不安な彼の感情がそのまま伝わってくる。・・・とても心地が悪い。
(うっせー、やってみなきゃわかんねーだろ!)
(全く最近のは口が悪い・・・教えてやろう“望め、貴様は時を読み取れる”)
「は?時!?」
(貴様と我の特権だ)
ニヤリ、と闇から顔を出す口元。朧気にしかみえない朱い瞳は不気味にまあるく開く。舞い落ちる漆黒の羽が空間を包んだ。こいつがクロノス?俺の中にいる天子?
(思う存分使え)
総真の紅い瞳は更に輝きを増す。
それとほぼ同時に木刀を持った早乙女が総真に斬りかかっていた。浅く多く切り刻むように彼は反撃の暇を与えなかった。別に会長の一撃より痛くは無いが戦況としてはまずい。
やっと、一歩引いたかと思えば彼はすでに魔の言葉を唱えていた後だ。
「‘木は鋼と化す!’」
揺れて聞こえるその声に脳は騙される。
すると、さっきまでは打撲や内出血程度の怪我の場所から、一気に血が溢れだした。
彼の言葉を聞いた脳が無意識に木刀が鋼の剣に変えたため、木刀の傷は剣の傷となった。
幻を言葉を使い相手の脳に真実として一時的に認識させる。それが彼の能力。
“幻言洗脳”はSランクならこれくらい可能になってしまうのか。
ただの脳の変換が実現してしまうまでに力が強い。
一回の攻撃で相当なダメージを負ってしまった。次々と傷が増えてゆくのは辛いな。
(貴様は、阿呆だな)
鼻で笑うクロノスは、やれやれと溜息をつく。
(わからなかったのか、教えるのは面倒だ)
「なっ、何がだっ?」
(喋るな、吐血するぞ?)
マジで口ん中血の味してきた・・・ちょっとやばいな。
「うるせー、早く教えろよ」
(おう怖い怖い。解った、一度で理解しろ)
瞬時にきた堕ちる感覚。周りの動きは完全に停止し、色のない世界が一面に広がる。
『現在は我らが先刻までいた時から隔離された状態だ。だから、貴様の傷も増えない。
貴様の起源は“修正”ソレが貴様の天兎族としての能力。不十分を改め直すこと。
そして、我の力は“時空”を掌握できる。“時を総べる”ことができるのだ。
なるほど、今考えて見ると貴様が我の器になったのも納得がいく。
我の為には貴様の力が必要だな。
まぁ、いい。我々の能力で実戦戦闘に使える最大の武器“回復・治癒”の能力。
それに対して我々は絶大な力を誇るのだ。そんな怪我など治してしまえばよい。
そうだなあとは“時空移動”もできるだろう、貴様の状態だと10秒が限界か・・・
解るか?今は貴様が望めば我は応えてやろう。
また器に死なれてはかなわんからな』
(・・・では武運を)
鮮やかな景色に戻る。時間がまた進み始めたのだ。全身に痛みがよみがえる。
漆黒の翼、紅く輝く瞳。狂喜の笑みは果たしてどちらのものなのか。
みるみるうちに傷は修正されて行き増幅より再生のほうが速い。
先程の傷は嘘のように治っていった。まだ戦える!
昔から傷の治りが早いとは言われたが、もしかしたらコレが原因かも知れないな。
事故で複雑骨折したときも三日で骨はくっついたし・・・
早乙女や手下達は化け物を見るような目つきでこちらを凝視していた。
そうだろうよ、いきなり傷が治っちまったんだからな。
「なっ、何なんだおまえ!?」
「俺は天組の人間です」
にこっと笑ってみせると彼らはみな一斉におののいた。そうだ、天組には化け物級の変人しかいないんだ、覚えておけ。
「はやく瀬川さんを出してもらえますか?手荒なまねはしたくないので」
そういっても、下がらない手下共はバカなんだろうな。
“止まれ”
そう望めばまた俺は灰色の世界の中に隔離される。10秒の間に必死に走り、どうにか俺は早乙女の目の前まで来た。刹那、色がよみがえる。時計の針が動いた証拠だった。
「俺はあなたがたに、瀬川祐子の解放と勢力を削減してほしいだけです。俺達“天組”に迷惑のかからないようにしてもらえれば、俺らがまた出向く必要もないですので」
「ッチ、しょうがねぇ。テメーら連れてこい」
こうして無事彼女を回収。勢力削減の約束をして仕事完了。面倒な仕事だったな。
(サンキュー、助かった)
そう、クロノスに問いかけてももう彼は返事をしなかった。
安堵の溜息とともに篠原の声が耳に届く。
『どうやら、一件落着のようだね』
『まあな、おつかれ。世話になった』
『お疲れ様。十分身体を休めてね、気付いて無くてもかなり消耗してるから』
『ありがとう、じゃあまた学校で』
まぁ、どうにかなったな。クロノスにも会えたし。自分の能力についてもこんなあっさり解るなんて思っても見なかった。
「あっ、あの?どちらへ向かわれるんですか?」
「たぶん貴方の知り合いの所です。怪我の具合はどうですか?」
「はい、おかげさまで。歩けるようになりました。」
彼女の足は使い物にならなかった。俺の能力でどうにかなったから良いものの・・・
俺が睨んだときの青ざめた表情から察するにだいぶ酷いことをされたに違いない。
何で伏見が依頼したのかは知る必要もないし知りたくもないが、気になるな。
彼女を指定の場所に送り届け、依頼人に確認をとり本日の仕事は終了---
天組は世界中を飛び回って様々な仕事を行っている。主に能力関係だが、そんなのを仕切る人間の1人が俺らと同じ14歳の少女だと知ったら誰もが驚くだろう。
彼女はいつ帰ってくるのだろうか・・・
静まりかえった天童家の門の前で立ち止まっていた総真はまた歩き始めた。