第肆壱話 仕事か休暇
「ようこそ、僕の部屋へ」
回転式の椅子をまわしてこちらを向く篠原はいつもより鋭い眼差しで俺を見ていた。
「何だ?ここは、完璧に引きこもりの部屋じゃねーか」
それも機械好きのな・・・
「失礼な、僕はちゃんと学校にも通ってるよ?まぁ、休日はここで生活してるけどね」
「親は平気なのか?」
「大丈夫、学費も生活費もまかなっていれば、これくらい許してくれるよ」
「天組って給料いくらだよ・・・」
「う~ん、僕たちみたいな下っ端だと安定しないね、学生の部はアルバイトの領域だから。中小企業と桁が一個上にずれるくらい?まず組に入るのが難しいからね・・・」
「国家公務員かよ・・・独占価格で問題が起きそうだな・・・」
「公務員に近いかもね、何せ天組は国債の半分以上をまかなってる。独占価格はないね広く浅く介入していく感じだから・・・・」
「詳しいな」
「調べないと気持ち悪かったんだよね」
今、いつもの優しい笑顔から、薄く暗いオーラが見えた気がする・・・。
あぁ、何となく今篠原が採用された理由が分かった。
微少の機械音が聞こえるまで静かになると、いたたまれない空気が流れ出す。
「話を本題に戻そうか?」
その意をくんでか、空気の読める篠原は話の軌道修正を始めた。
「あぁ、すまん。つい・・・」
「いいよ、知らないことが多いと不安になる気持ちは凄くよく分かる。ここではそれが生死にまで関わるものだからね」
「それで、仕事内容なんだが・・・」
俺は聞いたままを全て篠原に伝えた。
俺に頼まれた内容は二つ、
一つは最近出没している組織の勢力抑制。
本人曰く「こっちまで迷惑かかってめんどくさい」らしい。
二つはその組内に巻き込まれるようにして介入したある人を引っ張り出してくること。
用はその人を助けたいだけ・・・なのかもな。意外と優しい?おせっかい?
まあ、どうでもいいか。
篠原は聞いてくうちに、徐々に表情が厳しくなっていく。
しまいには・・・
「ごめん、遅いかも知れないけど、申し訳ない」
と、数分間誤り続けていた。
「ひとりじゃ無理な仕事だよそれ、長格の人ぐらいじゃないとなぁ」
「そのくらいのほうが良い」
俯きながら総真は呟く。篠原はいつもの笑顔に戻って柔らかく答えた。
「何をバカな事を言っているのかな?この組織はただの不良の集まりなわけじゃないんだ」
「あぁ、アイツもそう言ってた。“君じゃ無理だ”って」
「激しく同意するなぁ、最近ここらでも出没する人さらいの元凶の組織だよ?」
「それでその組織は、美・・・天組のどれほどの迷惑になるんだ?」
「どの程度かは解らないけど後々面倒になるのは確かだよ」
「だったら文句はないじゃん、受けた仕事は必ずこなしてやるよ」
「どうしたの?いつもの君じゃないよ?」
「・・・・・・」
「僕としてはその顔の君を行かせたくないなぁ」
嘲笑を浮かべる口元、鋭く光の宿る瞳。声も上げず目を細め静かに笑う総真。
「友達のよしみで一つ頼むよ」
その笑顔は彼の父親のそれとよく似ていた。
「僕が心配してるのは、その組織が抑制じゃなくて壊滅してしまうことなんだけどね」
「手加減は俺ら学生は得意だろ?」
トーナメントだって模擬戦だって、全て手加減をして学生は授業を受けている。
これは、自分の力を制御できると言う点で評価される対象ともなっているからだ。
「まぁ、そうなんだけどね・・・今の君なんだか殺気立ってるから」
「そう言う篠原は至って冷静じゃないか」
「“冷静さを欠くと言うことは判断能力を鈍らせる”基本中の基本だね」
「懐かしいな、ソレ」
小学校高学年の内容だ。
その頃になると先生は子供達が喧嘩をする度にその言い訳を使っていた覚えがある。
「今の君はその基本すらできていないように見えるよ」
「そうか?とにかく出し渋ってないで教えてくれ」
「君なりにも何か考えがあると思っていいんだね?」
「ああ、流石は篠原。理解が早くて助かるよ」
その台詞をのこして、総真は気が脱けたように表情が戻った。
「さてと、もうちょっと待ってて貰える?」
彼は俺に腰掛けるよう促すと、再び壮大なネットワークに意識を沈めていった。
「コレが、相手の場所とテリトリー。電話番号。今までの経歴。メンバーはできる範囲だけど・・・」
そう言って、彼はUSBメモリーを手渡す。
「あぁ、十分すぎるよ」
「君の家ってパソコンあったっけ?」
「いいや、家の仕事用ならあるが・・・使えない。俺用のもないし」
それじゃあ、意味無いじゃん。と笑いながらいう篠原は奥をあさりだした。
「使いなよ、ちょっと古いけど問題ないし」
渡されたのは黒いシャープなノートパソコン。
「悪いな、終わったら返す」
「べつにいいよ、貰っちゃって。何ならケーブルの接続手伝おうか?」
とうとう、金銭感覚が狂い始めたらしい・・・このパソコンまだ結構新しいぞ!?
丁重にお断りして、家路を急ぐことにした。
家に帰ると京華が何か言いたげな顔でいたので「仕事だった」と嘘とも言いきれない苦し紛れの言い訳を快く信じてくれた。
部屋に戻ると力が一気に抜けた。けっこう疲れてたんだな・・・。
自然と布団に転がり込んでしまいそうになるが心を鬼にして何とか持ちこたえ、机にパソコンを置いた。
一通り目を通すと床に寝転がり、壁掛けの時計を見上げる。
あぁ、1時間以上かかっていたらしい。何か飲み物がほしいかも・・・。
階段を下りて冷蔵庫まで向かうとそこに京華がいた。
「どうかされましたか?」
「あぁ、飲み物・・・」
「紅茶、コーヒー、ホットミルク、麦茶、ほうじ茶、アップルジュース、その他にもありますが・・・どれになされます?」
「あぁ、緑茶たのむ」
先程の例に無かったのがいたたまれないが、緑茶は我が家に常備されている品だ。
「かしこまりました」
ただよう緑茶の香りが落ち着きを空間に与える。
「どうぞ」
「ん、ありがとう。あぁ、そうだ」
「何で御座いましょう?」
「敬語にする必要あるのか?」
苦笑いしながら、控えめに京華は呟く。
「癖で治りません」
こういう、日常的な会話いつぶりだろう?
しばらく美希に振り回されっぱなしで、疲れがたまっていたから余計微笑ましく感じる。
『平凡な日常に戻れるチャンスかも知れないぞ?』
こういう事か・・・。
それから、緑茶を飲みきるまで京華と他愛もないおしゃべりを満喫していた。
後半、京華が説教を始めてしまったことには今日は目を瞑っておこう。