第肆拾話 絶命か演命
「で、どうするんですか?」
「私に問わないでちょうだい、それ位自分で考えられない子は天組にはいないはずよ」
「そうですね、僕だったら他の道を探します」
「もっともな回答ね、珠璃だったら瞬間移動とか使っちゃうんだろうけど・・・」
「・・・ごめんなさい」
「何で?」
きょとんとした顔で首を傾げる美希は俯く蛍を目を瞬かせながら見ていた。
「僕の能力って使い道少ないし、いつも足引っ張ってばかりだし・・・」
「でも、アレを見て解るのは蛍しかいないでしょ?」
「そうですね・・・ん?どうしましたか?」
美希は前から目を離さない。その蒼白さは尋常じゃない。
そちらを見ると、赤い線は姿を消している。煙が切れてしまったのかと身構えていると。
赤い線が出現し、高速で移動してくる。
「んなこと、言ってる場合じゃなくなってきたッ!」
綺麗な柔軟体操を披露する美希と、腹這いになる蛍。
「何で移動するんですかッ!?」
「私に聞いても答えられないでしょ!」
次々と来る難題を片づけながら少しずつ彼女たちは前進を始めた。
しかし、
「ひっ!」
二本の線が1m先で小さな正方形の集合体となる。どう見ても、二人のサイコロ状の肉片ができあがる。蛍は立ち止まり、美希は歯ぎしりをしてそちらを睨んだ。
死すると覚悟した瞬間、一瞬ふわりと浮いたと思うと周りが真っ暗になる。
「生きてる?蛍?」
「なんとか、お怪我は?」
何とか闇に慣れてきたと同時に、蛍の翼が仄かに優しく光る。
「平気、それより足下とか気をつけなさいよ」
立ち上がり、進もうとした瞬間。
「は、きゃっ」
「次、転んでもおいてくからね」
溜息をつきながらジト目でその姿を見る美希は、手を差し伸べて起こしあげた。
ここは、得た情報に無かった場所だ。
とにかく出口を探そうと、蛍の光を頼りに歩き始めた。
やっと、出口らしい場所を見つけると、周りがぱっと明るくなる。
真っ白な部屋をを見わたしながら美希は大きく溜息をついた。
「待ちなさいよ、ウラノス。私に魅せてちょうだい」
聞こえるのは、天井に着いたカメラから。そして、壁の左側のアクリル板の奥、上級品のクラシックな椅子の上、座っているのは白衣の女。椅子の周りには、気味の悪いモノが座っている。
「冗談だろう?お前、コレは何だ」
10歳ほどの少女。その容姿は、美希そのもの。軽く数えただけで、数十人。
その全てが、こちらを向き光を失った青い瞳を見開く。
「失敗作。いつまで経っても貴方に成り得ない劣等品」
「どこで、私のデータを拾った?」
「貴方は自分で自分を創れたというのにね」
白衣の女の隣にいるソレを撫でながら陶酔したように喋る。
「無視するなよ、腹立つ」
「さぁ、この子達には何が足りなかったのかしら?」
「元々足りないモノを複製したところで、足りないままということだよ」
半分に分かれている片方の美希を複製したところで、半分のままの偽物が機能するはずない。
そう、この頃の私は足りなかった。
静かに目を閉じ微笑みかけたのは、私を借家とする古代の神の子。
(よかったな、ウラノス。これからは器が死んでも代わりがいるようだぞ?)
(お前は妾をバカにしているのか?素質がある人間が何人もいたら世界が崩壊する)
(さすがは白銀の天子、解ってるじゃない。私は二人で十分でしょ?)
(あぁ、そうさ。二人いれば事足りる)
「じゃあ、この子達はいらないわね」
どこからか日本刀を取り出す美希は、ニヤリと笑いながらそれらに刀を向ける。
その動作に反射するように、いっせいに向こうは紫の西洋の太剣を取り出した。
「お嬢!お止め下さい!」
震え上がる蛍は、足がすくんで動けない。
恐怖の色は濃くなり、部屋の隅に座り込んでしまった。
「見たくないなら目を瞑りなさい。聞きたくないのなら耳を塞ぎなさい。前に踏み出したくないのなら、閉じ籠もっていなさい。現実から目を背けるのは簡単よ」
広げた白銀の翼は片方だけで反対の翼は赤黒く、とても飛べる状態とはいえない。
「だけどね、そんなのつまらないでしょう」
狂喜に満ちた微笑みは、彼女の奥深くの記憶をかき乱していた。
“ここはどこ?”
暗い、鉄臭い・・・
“こえ?”甲高い奇声。
うるさい、耳が痛い・・・
『おい、次はお前だ』
暑い、眩しい・・・
『今日は、こいつが相手だぞ』
出てきたのは幼女、ツインテールでフリフリの可愛い喪服。
“だれ?”
『はい、ご主人様』
“なに?”
取り出したのは、綺麗な装飾の施された細身の剣。幼女にぴったりだ。
“て・き?”
彼女が剣を振りかざした瞬間、本能がざわめく。
翼は壊れた機械のように蠢き、うるさい音が聞こえてくる。
貫いたのは小さな銀の羽一枚。
強靱な金属の切れ味を創り出されたソレは幼女に容赦なく突き刺さる。
一瞬にして前を埋め尽くすのは朱色だけ、
自分で何が起こったなんて理解する気力もない。
『てめー・・・何してやがる!』
自分を蹴飛ばし、必死に幼女を手当するダレカ・・・
“いたい”
痣だらけの膝を、痣だらけの腕でさする。鎖の音が微かに響く。
“おなかすいた”
彼女は自分の傷から出る血を舐めながらそう思うのだった。