第参捌話 誰かいないの?
天原 蛍が天組外交関係部総長を務めているのは一二ヶ国語をマスターし、徒手格闘ではシークレットサービスを倒してしまうほど強く、それでいて対人関係や心理学に関して豊富な知識を要しているからである。これほど海外業務向きな人材は天組でも数える程だ。
そんな彼女の翻訳が完璧なのは言うまでもない。
暑いはずの場所は日陰が多いせいか、肌寒く感じ、そこにいる人もぐったりと横たわり、ぼうっとしている人がほとんどだった。
「“日本の製薬会社が最近買い取った会社が子供を運び込んでいった”そうです」
「それは、どの位の頻度だ?」
「“一週間に三回ほど、一ヶ月前から”だそうです」
「子供の特徴は?」
「“アジア系がほどんど”だそうです」
「そうか・・・場所を聞け、蛍」
色々飛び回っているから、彼女の方が土地勘がある。案内も彼女の仕事となっていた。
「少しここから遠くなります。瑠璃丸を呼んだ方が・・・」
呼んだ?とばかりに尻尾を振って降り立ったのは白い狼。
天狼という種類の翼を持ったこの狼はあまり人に懐かないのだが、美希にはものすごく懐いている。
日が落ちても目的地にはまだたどり着かない。
瑠璃丸の上で寝ることにした美希は心配そうに彼女を見つめた。
「蛍?寝ないのか?」
隣で平行して飛んでいる蛍は真っ直ぐ向いたまま応える。
「いえ、僕は案内をしなければいけないので・・・」
そう控えめに言う蛍を見てハッとひらめく美希は瑠璃丸の頭を撫でた。
「瑠璃丸、天兎の臭いたどれるな?」
ガルッと応えた瑠璃丸は蛍の方へ身を寄せた。
「蛍、良いぞ?こっちへ来い」
そういって、伸ばす美希の手を蛍は掴もうとしない。
「で、ですがそれは・・・」
「なんだ?べつに気にすること無いだろ?」
「・・・珠璃様に殺されます」
何となく想像出来てしまうのは哀しい気がする。
「あー、そうなの?良いじゃない?気付かないんだから」
そういって無理矢理引っ張って抱きしめる美希は甘える子供のようでとても珍しい。
甘えなど決して見せない彼女がこうしているのは周りの目がない場所、そして僕がいるときだけ。
美希ももう、諦めているのだろう・・・。
「誰?」
恨むような目つきで聞いてきた。暗いコンクリートの部屋の中。
全てが敵とばかりに震えているのに、その立ち振る舞いには芯が通っている。
「僕のこと?」
他にも沢山いる。彼女は一番窓に近い隅に座り、僕はその隣に座っていた。
「そう」
「あまはら ほたる」
「そう、あなたは天兎族なのね」
「わからない」
「私より、年上のくせに自分のこともわからないの?」
「うん」
それが、初めて交わした言葉。人を小馬鹿にしたような口調をみんなに向けるくせに、彼女は怯え続けていた。特になぜか満月の夜は酷く震え上がり、よく僕が抱いたものだ。
そういう奴らは多かった。身を寄せ合い震える、無機質な空間。
僕はその頃にはもう人の感情を読み取ることができた。
自分に怯え、他人に恐怖し、誰かに憤怒している美希。
彼女は甘えることがとても下手で、口調は虚勢と同じだった。
皆、彼女を嫌い誰も手を差し伸べようとしない中、僕だけがお姉さん役を買って出ていた。
そんな一面を、僕は良く知っている。多分、珠璃や白兎よりリアルに。
だから、たまにしか会わないようにしている。彼女のためにも・・・。
今では、彼女の方が包容力のある人となってしまったが、心の中は10歳のままだ。
特に対人関係にうとい。
「あの・・・」
「なに?蛍」
「そろそろ、放して」
「やだ。寒い」
もうそろそろ、僕以外の人にも甘えられる人を作ればいいのに・・・・
そうして、彼女たちは静かに空で眠りについた。
帰り道、日はとうに眠り闇の中に街の明かりが眩しく写る。
野桐の中心部では明かりが多すぎて、昼みたいだ。
ケータイの時計を見ると20時をさしている。夕飯には間に合いそうもない。
一応連絡は入れたが、京華は怒るだろう。あーあ、やる気しないなぁ。
着信音がポケットから聞こえる。とりあえずは相談すべきなんだろうなコレ。
『どうだった?』
「まあ、できない話じゃない」
『手伝おうか?』
「是非頼む、と言いたいところだが・・・篠原の仕事は?」
『最近はそれ程忙しくないから平気だよ』
「じゃあ、こっち来れるか?」
『えっと・・・君の家?』
「今は商店街の裏だから他の所でも良いぞ?」
『僕が決めて良いの?』
二つ返事をすると、彼は学校を指定してきた。
開いてない、と文句を言うと彼は軽く笑いだした。
『僕の個人研究室があるんだよね』
「お前、いつからそんな偉くなった?」
『君様々だよ~、君の友達だったから、会長が部屋を一つ用意してくれたんだ』
「もしかして、地下の研究所って・・・天組のものだった?」
『70%くらいね』
・・・天組恐るべし、美希はどれだけ凄い奴なんだ?
校門を飛び越え、研究所へ向かう。
夜の学校は流石に怖い・・・だけど、少しましだろう。何にしろ研究所と寮だけ明かるい。
地下室をみてつくづく思う、施設の多さは大学とはるだろうなコレ。
えっと、第15研究所だっけ・・・
コンクリートだけの廊下を永遠歩いていると、見えにくいプレートが更にわかりにくい。
やっとのことで見つけた部屋に入ると、大画面が目に飛び込んだ。
「34分17秒。早かったね、ようこそ僕の部屋へ」
そこにはいつもの微笑みが消えた篠原が座っている。彼の仕事の貌だ。
「まったく、いつからお前は偉くなったんだ?」
ベットや冷蔵庫まであるその部屋は8割方、電子機器やコードが綺麗にまとめられる。
少し待つように促されると、タイピングの音だけがいつまでも永遠に続いていた。