第参肆話 困惑は決断を・・・
暗い密室に二人きり、息がかかるほど近い。
遠くから見れば・・・。
だがな、実際行ってることはリンチなんだよなぁ。
「知らない?嘘をつけ!姫様が珍しく病院で大人しくされていたのは不自然だと思ったんだよ!あの方は病院が嫌いなんだ。昔、縛り付けておいたことだってある」
「そこまでするほど嫌いそうには見えなかったですよ」
そういうと彼女はチッと乱暴に舌打ちして、強い眼光を浴びせる。
「ああ、実のところお前を見張りとしておいたのが間違いだったと深く後悔してる」
「俺、見張りだったなんて初耳です。先にそういうことは言って貰わないと」
「言ったとしても、お前は姫様に逆らえないことを視野に入れていなかった。私のミスだ」
「だったら、逃げるのが解っていて何で自分で見張らなかったんですか」
「さっき、いったよなぁ。縛った事があると、それからというもの病院内では私のことを警戒する」
「そりゃ誰だって嫌でしょうに」
「あぁ、私も姫様以外だったらそんなことされたくない」
おいおい、それは問題発言ですよ会長さん。美希ならいいのかよ・・・。
「逃げたのはすぐに発見したのだが、女郎蜘蛛の土地に廻ったので、しばらくは平気だと思っていたのだ。彼女はそれなりに強い妖怪だからな、足止め程度にはなると思っていた。姫様は声が出せない状態だったから油断したのも敗因の一つだ」
「ところで、美希は今どこに?」
「見失ったからお前に聞いているに決まっているだろう!」
何かもう怒りで前が見えていないみたいだ。
「落ち着いて下さい!」
反論するように会長の肩を揺する。
「黙れ、姫様をどこへやった!」
----パシン
と頬を思い切り叩かれた反射で手に力いれてしまった。
意外と細い肩は簡単に倒れてしまう。
パサパサと舞い上がった書類が降ってくる。
「きっ・・・こっの・・ばっ・・」『貴様、この期に及んでバカなまねを』
涙目になりながら、声が断片的にはき出される。叩かれるのは嫌だったので、頭をかばうように敷いた手を抜き、彼女の手首を力の限り押さえた。もういっか、めんどうだし。
「俺も必死になって探してんだ!なんだよ!人の所為みたいに言いやがって!どいつもこいつも勝手すぎるにも程があんだろーがっ!」
あーあ、殺される絶対殺される。
俺は後悔しながらも非常にすっきりした気分に見舞われていた。
「・・・・すまなかった、私もどうかしていた。お前に何か姫様が言い残していないかとおもってな・・・・」
顔をそらしながらそういう会長をこのアングルから見るのは一般の男子中学生からしてみれば・・・うん、いろいろ悪い。
そう思って、ゆっくりと手を放す。
「---だが、」
彼女はゆっくりと起きあがり、腕を組む。
「押し倒す必要は無かったと思うんだが・・・」
陰を落としたその貌は美希より怖いかもしれない。
「ひいぃぃっ、ごめんなさい、申し訳御座いませんんん!」
いやぁ、マジでこうなるくらい怖いから。反射で土下座までしてるから。
「解りますか?謝罪で済むなら“拷問”なんて文化が発展しないんですよ」
予想道理、俺は殺されかけた。何をされたかなんて意識が飛んでいて覚えちゃいない。
「・・・なるほど、それは一言一句間違えないですね?」
美希が去り際に残した台詞を会長に白状する(元々言うつもりだったが)
「はい、記憶力は確かですよ」
「となると、今夜ですか。では今日は学校に来ますね」
会長はスケジュール帳を構えて何か書き込みをし始める。
「なっ、なぜあなた様はそのような事が解るのでしょうか」
もう恐怖で謙譲語です。
怒りが収まったのか、彼女は笑顔で応える。
「姫様は無駄なことは嫌いなお方です」
そう、自身をもって言う彼女がとても不気味に見えてしまう。
良く言えば忠実なんだろうが、美希に対する執着が目に見えていた。
「大丈夫ですよ、貴方が心配しなくとも。姫様は私がお守りします。貴方は今まで通りの日常を過ごしていて下さい」
「私が」の部分を強調させて言う会長はさっきから敬語を使っていた。
なるほど、彼女なりの軽蔑ってわけか。
まぁ、悪いとは思ってるさ。理不尽な気がするけど。
彼女は情報を聞いて満足したのか、そそくさと生徒会室を出て行った。
生徒会室の中、ぱたんと閉められたドアを見つめる。
鍵を閉められていないか気になった所だが、いざとなったら窓から飛べばいい。
明かりのついてない薄暗い部屋は落ち着く空間だった。
暗いのは嫌いじゃない。昔から何故ひとが闇を怖がるのか解らなかったものだ。
・・・・彼女はどうなのだろう
男より肝が据わっている彼女は闇などどうって事ないのだろうな。病院は嫌いらしいが。
何事においても強く凛々しく雄々しくある彼女にみんながついて行くのは当然だろう。
なにに対しても完璧な少女。それが天童美希だ。
だから、俺みたいな弱い奴が彼女を心配する必要もないかもしれない。
はっきりいって、足手まといになるのがオチだ。
だったら、今回は俺は何をすればいい?
『いつもの日常に戻れるチャンスかも知れないぞ?』
彼女はそういった。それを彼女は望んでいるのだろうか?
いつもと同じように・・・・いつも彼女は側にいて人には見せない沢山の表情を俺に向けてくれた。
我が儘で、ちいさくて、命令口調で、横暴だけど。結局彼女に守られる。
それが、俺のいつもだったんじゃないか?
美希と会う前のことが思い出せないくらい、戻る日常が解らないくらい彼女の存在は俺にとって大きなものだと改めて実感する。
旅立つ前の彼女に何を言えば良いのだろう・・・・
気楽に送り出すのか?一緒について行くのか?
そもそも何で遠出するかすら俺は聞いていない。それが、危険だからか?
だったら、どうすればいい?
もう、頭が彼女の事ばかりで追いつかなくなる。
まぁ、そのうち思いつくはずだ。会長は今日彼女が学校に来ると言っていた。
せめて、一度話がしたい。
重い腰を持ち上げて、俺は生徒会室を後にした。
携帯の着信音が鳴る。朝から30件目だ。しかも全部、一人から。
「何だ?うるさいぞ」
根負けした、過保護すぎる部下を持つと大変だ。
『姫様、聞きましたよ。今夜出張されると』
「誰から」
『天理の弟からです。目的を教えてくださいますか?』
「調べたいことがあるんだ、別に私の勝手だろう」
『姫様がいないとこちらとしては仕事に支障が出るのですよ』
「そこはお前がどうにか出来るだろう、私自身で出向きたいんだ」
『ならせめて、私もご一緒に・・・』
「お前がいなくなると天組だけじゃなく野桐中も困るんだよ、私の代わりは白兎がする」
『でしたら、護衛を手配してください』
「あぁ、蛍には連絡してある、私も皆に知られたくない。誰にも喋るな」
『承知致しました、では決勝戦楽しみにしております』
「手抜きしたらその場で殺すぞ」
『手抜きなんてする余裕があるわけないです』
そういって、向こうから切られた。今日は意外に素直だなぁ・・・いやな予感がする。
野桐中の地下の廊下はコンクリートの味気ない音が響く。
壁面にわかりにくい取っ手がいくつかあって、その上にはプレートがあった。
“第12研究室”
その前で美希は立ち止まった。ため息をつきジト目でプレートを睨む。
重たい鉄でできたドアを開けると、そこには闇の中に浮かぶ紫に光る日本刀。
「先客が、いた・・みたいだな」
「おっ久しぶり。ウラノス」
軽く応えたのは、明るい亜麻色のショートヘアーで活発そうな女性。
彼女の腰には二つの刀が鞘に収まっている。
「師匠、二人だけの時はその呼び方、よしてくれ」
「・・・美希も師匠などというな照れるじゃないか」
大ざっぱに頭を掻くと、彼女ははにかんだ。対照的に美希は真面目な顔で彼女に問う。
「与一はコレ、どう思う?」
すると与一は先程とはうって変わって笑顔を全て消して話す。
「偽物だな、人工的に作りだしている。科学も進んだな」
「能力殺しの剣だ、しかもこいつは私に対抗する」
「ウラノスにって事?」
瞬間、目を輝かせる与一。趣味が刀の蒐集だからな、しょうがないか。
「否、私にだと思う」
「どっちにしても、面倒な代物だな」
「コレは真榊には手に余る。そのおかげで、どうにかなったんだが・・・」
考え込む様な仕草で美希は目の前にある紫色の刀を睨んだ。
「不安か?若くして最強と謳われたお前が、こんな刀一本に怯えるわけ無かろう?」
「最強なのは私の“能力”であって“技術”じゃない。能力を使えない私は弱い」
「謙遜するな、美希は昔から剣の才能は確かだったぞ?」
ははっ、と美希は乾いた笑い声だけで否定する。
「何にせよ、人ではなく物だから怖い」
察したような顔をした与一は美希を見据えた。
「行くのか?」
「ああ、今の時期は私が強くあらねばならない」
「強がるなよ、お前はそこまで背負う必要はない」
その台詞を聞いた途端、美希はとぼけた顔で首を傾げた。
「何を言ってるのだ?私はただ、自分に弱点があるのが許せないんだ」
ニヤリと笑う美希は思いのほか楽しそうに見える。
美希はきびすを返して出口へ向かう。
「十分強がってるじゃないか」
閉まったドアを眺めて与一は優しく微笑んだ。