第参参話 小言は小事から
瑠璃丸は俺の家の一番上の鳥居の上に器用に乗っかると、俺を振り落とした。
「痛ってー!何しやがる、この駄狼!」
ガルルルと威嚇する瑠璃丸はどうやら俺のことが嫌いらしい。
「こらこら、人を乗せるときは慎重にって言ったでしょう?」
美希は振り落とされずにその手より二倍以上大きな瑠璃丸の頭を撫でる。
彼女が一声かけただけですぐに威嚇は収まった。
しかし、こちらを睨む目は相変わらず喰わんとする勢いだ。
「総真は帰った方が良い、一日帰らなかったんだから。あの平和ボケが怒ってるよ?」
そんなことを素っ気なく言う美希は堂々としていて先程の事も嘘のようだ。
何だかさっきまで意識していた自分が恥ずかしくなる。
「あぁ、わかったよ」
そう返すと、美希はクスクスと笑い出した。
「不服そうだな、まさか初めてだったか?」
「・・・なっ!」
「---安心しろ、私は・・・いや・・・やはり、教えないことにしよう」
えーっ!!それって、まさかのそうじゃない発言!?それとも・・・どっちだ?
おどおどしている総真を見て美希はさらに声をあげて笑う。
「とにかく、毒はまだ抜けきっていないんだ、ゆっくり休んでろ」
「・・・それと、私は遠出する用事が出来た。明日の夜には出発する予定だ。平凡な日常に戻れるチャンスかも知れないぞ?」
は?今なんつった?
聞き返す前に前に瑠璃丸は飛び立ってしまった。
白い羽が抜けふわりと降ってくる。
朝日が昇ろうとしていた。
家に帰ると親父は出かけていて、代わりに母さんが心配そうに「おかえり」と一言だけ。
母さんは無口だからなぁ・・・。
「総真様!どこにいらしたんですか!?お怪我はありませんか?」
女らしくないドタドタした足音で来てがなるのはやはり、京華だ。
「当主様は探そうとしないし、天組に問い合わせてみても口を割らず!巫女達も出払っていて・・・」
「いや、ちょっとね・・・」
経緯を話したらいろいろな人に迷惑がかかりそうだ。
「学校では早退したという話で、保護者にその話が回らないのは不自然でした。学校側にも灸をすえる必要がありそうです」
「そんな、大事じゃないよ」
「じゃあ小事はあったと言うわけですね!ここまで情報漏洩されないとなると噛んでいるのは天童美希ですか?」
京華は頭の回転が速すぎるから困る。すぐに出た恨みの貌はすさまじい物だった。
「・・・彼女は関係ない。試合に疲れて友達の寮で寝ちゃっただけだよ」
野桐中には寮があるのは確かだ。万全で最先端のセキュリティーシステムを投じているのは国が予算をかけてくれたとか・・・。
「そうですか、信じます。しかし、連絡の一つも入れて下さらないと、皆さん心配成されていましたよ?」
それから、お小言を言われ続けて、挙げ句の果てには毒も怪我も気付かれてしまった。
「総真様!安静にしておられないと駄目です!完治していないというのに!」
いつにも増して、心配する京華は制服を着て家を出ようとする俺を必死になって止める。
「ごめん、最終日は結果発表とトップ対決があるから見学しておきたいんだ」
「ですがっ!」
「ほんとうに有り難う。京華」
その一言を言うといつも彼女は固まる。理由は知らないが、とにかく行動停止するのだ。
出来た一瞬の隙に、全速力で階段を下りてゆく。
足がもつれないように注意しながら、真っ赤な鳥居を七つ越えた。
後ろを確認すると京華はついてきていない、しかし念のために美希の家あたりまで走っておいた。
その重く閉ざされた古い扉は今日は開かない。んな都合良くいくはずねーよな。
学校に着くと美希の姿は無かった。というか、トーナメントの間は自分の試合が終わったら休んで良いことになっているから、他の生徒も何人か来ていない。
しかし、勝呂と篠原は二人で篠原のパソコンの画面をまじまじと眺めている。
「よぅ、おはよう」
「おーおっ!やっぱりお前も来たかぁ!天童さんと淺田会長の対決!みたいよなぁ、席は三人分確保してあるぜ」
ぐっと親指を立てる勝呂はいつにも増して元気だ。
「何みてたんだ?」
「あぁ、これはAランクの試合だよ。天組に抽出するメンバーを提示する為の分析データを、学校側から特別に取らせて貰ってね」
「なんだ?この波みたいなグラフ?」
画面右下にあった、オシロスコープのような動くグラフを指さして篠原に聞く。
「それは、能力発生周波数(CGF)だよ。習った覚えあるでしょ?能力を発生したときに出るアレ」
「あぁ。それなら俺も知ってるぜ、4年前くらいにどこぞの研究チームが発表したのだろ」
と、この中で一番筆記の成績の悪い勝呂が口を挟む。
「うん、まぁ細かいところは抜きにして、このグラフはそのCGFの余波をもとに作って、振れ幅が細かくなると不安定な力で波の大きさが大きいと力が強いんだ」
「用は縦にも横にも滑らかな線が出来れば一番安定して大きな力を使ってるってわけか」
「さすがは、天理君。特別に天組に内定しただけあるよ」
いや、アレは勝手に周りがそうしただけなんだが・・・。
「でもね、この試合をみて」
そういって、篠原はマウスを使って違う画面を映し出す。
「なんにも動いてないじゃねーか」
勝呂は感心したように、身を乗り出している。いま、彼が一番興味がある人物だからだろう。その試合の画面に映っていたのは美希だった。
「ってことは能力を使っていないってことか?」
「まぁ、そうなるね。だから、データがとれない」
「まてよ。美希のデータは取る必要無いんじゃないか?」
へ?と篠原らしくない間抜けな受け答えに、勝呂は吹くのを必死にこらえる。
「なんで?だって、彼女はまだ天組に入っていないんだよ?まぁ天童ってだけで特別待遇はされてるだろうけど」
嘘を言え、組織の長が親父と美希のはずだ。まさか一般公開されてなかった?
「マジでか!当然入ってると思ってたぜ!」
興奮を隠せない勝呂は彼女の秘密を知ったと踊っている。
「あ・・・あぁ、俺もSランクなら問答無用で内定かと思ってただけだ」
よかったぁ、何とかごまかせた。勝呂に感謝だぜ。
「それにしても、当の本人は来ないね、そろそろホームルームだってのに」
「準備とかあるんだろ、たぶん」
勝呂はそういうと口をとがらせる。
確かに準備してるとなるといない辻褄が合う。何だ、そういうことか。
安堵のため息をついてパソコン画面から目をそらすと・・・威圧感たっぷりで生徒会長が仁王立ちしていた。女子生徒は怯えながら彼女と話をしている。
すると、トテトテと涙目になりながら女子生徒はこっちに向かってきた。
「天理君、淺田会長が・・・」
「ああ、わかった」
と素っ気ない返事を返して廊下へ向かう。
篠原と勝呂は「気を付けて」「武運を祈るぜ」などと小声で送り出す。
「何かありましたか?会長」
彼女は今にもパンクしそうなほどの怒りを抱えて、目の下に若干のクマを作っていた。
「仏頂面で何かありましたか?だとぉ?大ありだよ、ちょっと生徒会室まで来て貰おうか」
薄暗い生徒会室、誰もいないこの部屋で会長は静かに鍵を閉めた。
肩を掴まれ壁に押さえつけられ、吐息がすぐ側に聞こえる。
勝呂流でいうとイベントシーンみたいなシチュエーションだが彼女の目的は当然俺ではない。
しかし、酷く疲れた様子で、息を弾ませている会長の姿に思わず唾を飲み込んだ。
「貴様、姫をどこへやった?」
やっぱり、そうですよね・・・・