第参拾話 台風には気をつけて
目が覚めたら、薬の臭いが充満した部屋のベットにいた。
周りを見ても白いカーテンがひらひらと揺れているだけ。病的なまでに白い色で統一された空間は怪我人や病人を不快にさせるほどだ。夕日が差して余計に不安定さを増している。
頭をぶつけたのか悪夢をみていたのか頭痛が酷い。全身だるくて動きたくない。
カーテンの向こうにも人がいるらしく、小さな寝息が聞こえる。誰がいるのか気にはなったものの、誰かがドアを開けて入ってくる音が確認する事を拒絶した。
「具合、どう?お嬢」
隣に訪問客が来たらしい、っていうか“お嬢”なんて呼ばれる人なんて初めてだ。
まぁ、姫様とか主様とか言われてる奴なら知っているけどな。
ムクッと起きあがる陰がカーテン越しに見える。
何か呟いている様だが、ここまで聞こええないほど小さな声だ。
「いきなり、首絞めながら声潰そうとする人なんてお嬢以外誰もいないと思うけどね」
声を潰すならカラオケにでも行って大声で歌い続ければ良いものを、首しめながらなんて・・・自殺志願者か?確かにそんなことする人間は稀少だろう。
「たぶん痕は残らないらしいけど、次こんなことしたら許さないからね」
くすくす、と客の笑う声が聞こえる。
「珠璃ちゃんがすぐきて良かったよ、さすがはお嬢を好きなだけあるね」
待てよ、会長が何で出てくるんだ?会長が好きな人(女)?
「とりあえず、今夜一晩で直らない限り明日の試合は禁止になるのかな・・・ん?なんか不満そうだね、どうしたの?」
明日試合があって、お嬢って呼ばれていて、会長が好きで、自殺志願者みたいな人・・・
当てはまりそうな奴が俺の記憶の中で一人いた。
「美希?」
しまった、つい声に出してしまった。それに気付いた客が彼女問う。
「どうやら、隣もお目覚めのようだよお嬢。カーテン開ける?」
シャーという勢いの良い音と共にその壁が取り払われる。
カーテンの向こうにいたのは予想道理の人物だった。
彼女は首と右手に包帯を巻き、少し疲れているような顔でこちらを睨む。
一番遠くにいる先程の訪問客は細身な男性。柔らかな笑顔でこちらを視ている。
「ぼくは伏見 銀情報屋の端くれです。今聞いてたかも知れないけど、お嬢は声出せないから・・・邪魔だったら退散するけど・・・・」
そういって出口に歩き出そうとした瞬間、彼の裾を美希が引っ張った。
なに?、と笑顔で聞き返す姿はまるで我が儘な子供を相手にしているようだ。
彼女は呟くどころか口パクで彼に伝える。
何を言っているのかさっぱりだが、どうやらそれだけで彼はわかるらしい。
「“通訳しろ”だって、全く人使い荒いんだから」
チラッとこちらを視たかと思うとすぐに美希は口パクした。
伏見は顔を美希に向けたまま声だけを再生する。
「“具合はどうだ?見たところ大事なさそうだが”」
「特に問題ない、美希よりは軽傷だと思う」
「“どこら辺まで覚えてる?”」
「白刃取りを成功させた所当たりかなぁ・・・結局、目が覚めたらここだし」
「“・・・じゃあその後の話をしよう。途中で試合は止められて、試合続行出来る状態では無くなった。結果、お前の反則負けだ”」
「全然覚えてないんですけど・・・」
「“そうか、詳細はこちらで処理したから問題ない。安心して休め”だって」
そういうと美希は布団に潜り込んでしまった。俺はそれだけ?と感じてしまう。
すぐにすーすーと寝息を立てて眠る。
「今日は寝付き速いなぁ、お嬢。疲れてたんだね」
「さてと」
とわざとらしく言って俺側の客用にあった椅子に腰掛け、伏見はニンマリと笑顔を見せる。
「君、天理総真君で良いよね?」
今更何を、と思ったが一応頷いておく。
「11月17日生まれ AB型 身長165㎝ 体重53㎏ Cランクだっけ?」
合ってる?なんて気安く聞いているが俺の個人データそのままだ
「・・・何で知ってるんだ?どこからそんな・・・」
「やだなぁ、さっき情報屋って言ったよね」
また笑顔を見せるが今度はうさんくさくて、信用できない。
「・・・許可取ったんですか?」
「今取ってる。大体、そんなことは学校のデータ管理のトモダチに聞けばすぐ分かる」
「学校も信用できないな。他に何か知っていることは?」
「んー、天組に入ったよね。あと天理家次男。天理家って今は天理総史郎が当主で次期は天理裕真君になってたはずだけど・・・君がお嬢に抱え込まれているとなると、もしかしたら君になるかも知れないね、実際父親の文字貰ったの君でじょ。お兄さん黙ってないんじゃないかな?結構仲悪いはずだよね、確か君の7歳ごろか・・・・」
「もういい、人じゃないでしょ伏見さん」
これは妖怪や能力者の人かどうかを聞いている質問だ。
「人だよ一応」
「何か、不快だなぁ。ここまで知られていると・・・」
「だったらさ、僕が君に好きな情報を5コあげるよ。それじゃ駄目?」
「見返りとか要求しそうで嫌です」
「ハハッ、鋭いなぁ。お嬢が鈍いって言ったの違うみたいだね」
彼が言うには、情報を渡す代わりに質問に答えて貰いたいそうだ。
特に知りたいことも無かったので断ろうとしたところ、彼は食い下がって僕から離れない。
「まぁまぁ、そう言わないで。君だって最近、訳も分からずいきなり目が覚めたりするんでしょ?それって何か怖くない?それにお嬢のことよく知らずに一緒にいるでしょ考えてみたらそれって君が信用してるって思いこんでいるだけじゃない?」
マシンガントークを続ける彼がだんだん面倒になってきた。俺しか知り得ない事がいくつも出てきて気持ち悪く思えてくる。
我慢大会は結局俺が負けてしまい、ニンマリとまた笑顔を見せる彼が先に質問してきた。
「君ってさ、今までどこで生きてたわけ?」
「は?」
意味の理解しがたい質問につい気が抜けた返事を返してしまう。
「実はね、この間の天組の集会まで、君の存在はどこにも無かったんだよね」
「俺は最近まで平凡に生きてきたし普通に学校に通って普通に暮らしてました」
最近までという辺りが哀しいところだが、端から見れば只の野桐中男子生徒だ。
ふーん、とそれだけの感想で、何が聞きたい?と切り返しがはやい。
「伏見さんの裏表両方の正体が聞きたいです」
「痛いなぁ、それはパス。そんなの人にばらしたら僕、死ぬもん」
相変わらず何で美希の周りって死ぬだの死ねだの言う人多いんだろ。類友ってこのことか?
「じゃあ、“クロノス”って何?」
この質問にはあんぐりと口を開け驚く表情が帰ってきた。
「まっ・・・まあ、いいよね・・・一回しか言わないからね」
彼の話は半分以上分からない単語で構成されたものだった。能力史(能力の歴史の授業)っぽい内容だが、あまり得意と呼べる分野ではない。
分かったのは、クロノスはウラノスと対で昔に実在した天子であって、その子孫の天理家・天童家の器(人)を使って転生するそうだ。能力の種類に多少の差があるが、力差はほぼ一緒で、神が天誅を下すか否かを計るために二人を送り込んだという説が有力らしい。そのためクロノスは見張り、ウラノスは0に戻す為の力が備わっているらしい。器と天子の調整が済めば能力が使えるようになるらしい。
「あーあ、今日は僕おしゃべりだな。今のは能力史の基本的なことも混ぜてて、大きく分けて大事な情報は三つ教えたんだけど・・・それ三つ分でいい?」
「勝手に喋っておいて・・・まぁ聞くこともないし、別にいいですよ」
「次は僕の番だね、何で天組に入ったの?」
「美希が勝手にそうしたんですよ」
「何で君は逆らおうとしなかったのかな?お父さんとか反対してなかった?」
「逆らう理由もないし、第一、美希に逆らえないし。親父は何かすんなり受け入れてましたよ、たぶん美希が手を回したんでしょ」
「・・・・お嬢って君の何?」
「・・・えっ?」
何って聞かれても・・・どういう意味なんだ?それは・・・
考えたことも無かった。
何故か美希は当たり前のように俺の周りにいて。
当たり前のように俺に命令してきて。
俺の平凡をいとも簡単に崩して、天組に勝手に入れられて。
それが最近の俺の普通。
なりゆきでこうなったせいか美希が俺にとってどんな存在か何て考えてなかった。
「ねぇ、教えてよ。お嬢は君とどんな関係なの?」
「・・・わからない・・・」
それしか出てこなかった。自分でもおかしく思う。
その答えを期待していなかったのか急に伏見の表情が暗くなる。
「君って、それなのによくお嬢の側にいられるね」
「どういう事ですか?」
「だってさ、お嬢って皆殺しの天才なんだよ」
清々しい笑顔でどうでも良いことのように伏見は吐く。興味津々でこちらを見つめていた。
四年前の話をしているんだろう、と直感で思った。
「・・・それでも、皆殺しの天才だからといって、美希を避けるのは違うと思います」
「ふーん、普通なら引くのに。君変わってるね」
「あなたに言われたくありませんよ」
抵抗したつもりだが、彼の耳からはすぐに抜けたようで、まさに考える人の体制を取って黙ってしまった。仕方なくこちらから話を振る。
「あなたは、美希とどんな関係なんですか?」
「ふふん、気になる?」
聞いた途端に嬉しそうにニヤニヤ笑う伏見。
「そうだね、ビジネスの領域を出たことはないよ。普通に客と商人みたいな関係だ。まぁ、これから恋愛に発展することは無いんじゃないかな。トモダチって訳でもないし。僕は別に彼女にしたって構わないんだけどね」
それをきいて総真はしかめっ面をしていたが本人は気付いていないようだった。
「これで最後です、携帯電話は何台所持していますか?」
どうでもいい質問だと思うが、話題を食いつなげるために聞いてるだけだ。
「正直に言うと5台だね。あぁ、これから長いつきあいになりそうだし、メアドと電話番号くらい渡しておこうかな」
そういって沢山ある名刺入れの中から一つを取り出し、慣れた手つきで総真に渡した。
そこには、携帯のどれかであろうアドレスと番号が記載されている。
「情報屋なのにそんな軽々しく自分の情報を教えちゃうんですね」
「そこは、友達としての信用だよ。普通こんな事しないさ。何か知りたかったら連絡して」
いつ友達になったっけ?何かこの人友達たくさんいそうだな・・・
それから伏見は無理矢理握手をして、何事もなかったように立ち去った。
すっごい良い笑顔だったけど。
結局、台風一過で病室は静寂さを取り戻していた。