第弐玖話 私は守り守られる
銀の髪に白を基調とした着物に身を包むその姿に対し、黄金の瞳は神秘的な光を帯びている。その瞳の紅い線は異様なまでに濃く鮮やかだ。
「あぁ、久々に怒りたいです。怒って良いですかね?」
先程よりももっと冷静になっている気がするが、本人としてはコレでも怒っている。
声を荒げることもなく、呟くようにそう言うと白兎は美希をおろし寝かせた。
「五体満足で帰れる可能性は低いこと、ご容赦ください。あぁ、もう不満足でしたね」
けろっとした笑顔は、清々しくも後ろから不吉な念を発す。
「まず、私があなたにこれからする事の代償として、あなたの意見を聞きましょう」
なるべく手短にお願いしますと付け足して、白兎は美希の治療を始めた。
「それよりお前誰だ?」
「これはこれは、失礼致しました。私、天風 白唯と申します」
「じゃあ、君が天童美希だね」
はぁ?
間の抜けた声が白兎から漏れる。今私、天風白唯って名乗りましたよね?
「その白い髪は白銀の天子の象徴なんだ。だから、そいつは君の影武者でしょ?」
あぁ、分かった。私が本物だと思ってるタイプの人間だ。主様とかみ合わない訳だ。
「えぇ、よくおわかりになりましたね。私はこの偽名で、この方を影武者として生活してきました。しかし、それが?話の本題からずれていますよ」
こういう時は潔く嘘をつく。確かに私も本物だが、創リモノだ。
「やっぱりね、髪染めてカラコン付けてたから分かりづらかったんだけど。だから話が通じないんだ。君、俺と一回会ってるんだよ?覚えてない?」
いや?これは先日聞いた主様の話だ。あの方は無駄だと思ったことは切り捨てるタイプだからなぁ・・・・。まったく、と目の前の彼女をみて柔らかな笑顔を浮かべた。
「ごめんなさい、この子に言うのを忘れてしまっていて。これでは代役の意味がありませんね」
作った苦笑で真榊を視ると彼も自慢げに笑顔を向けている。
「まぁ、いいさ。君は苦しい思いをしてここまで来ている。それぐらい大目に見るよ」
あぁ、この人の言い回し腹立つ!
そろそろこの茶番をたたまなければ。精神的に持たない。
「それで、あなたの言いたいことを一言にまとめて頂くと?」
治療も終わったところだった白兎は笑顔でそう聞く。
「この国の方針は能力者に対して気味が悪いほど俺達を管理下におきたがっている。だけど、俺は実験体になるのはごめんだ。そのために一つの組織を秘密裏に作った。しかし、具体的な実験体にされた訳じゃないから、国は見向きもしない。だから、俺達の仲間に入ってくれないか?」
一言にまとめろと言ったのに句点が四つもある。何とも自己中心的な人だ。
「あぁ、そうですか。分かりました」
用は、主様をダシに使おうと?そんなの許さない。
これだから、変に片足つっこんで知った風な口を聞く奴のことが嫌いなんだ。
貴様がこの方の何を知っているというのだ。
「言いたいことはそれだけですね?」
ニヤリと笑ったその顔は美希とほとんど変わらない。
あぁ、私一人で戦場に出たのは幾分前の話だったでしょうか・・・
なるべく私を戦に出さんと、尽力して下さった主様に申し訳ないですが・・・
この男を殴らなければ私の気が済まないのです。どうか、お許し下さい。
くるり、とその場を一周する。その動きに着物の袖が後を追い、白兎の周りを包む。
私に彼女のような才はない。だけど出来ることくらいあるはずだ。
「我に従え、創られしものよ」
動いたのは能力殺しの剣。ふわりと浮かび上がると、白兎の目の前まで飛ぶ。輝きを帯びて神々しく見える彼女の周りにそよ風が陣を張る。
「・・・舞え・・・」
その一言で、サイキラーは鼓動する。まるで魂を持っているかのように、紫の光が脈を打つ。
「散れ」
今度は鼓動が速くなり、一瞬にして剣は砕けた。その間、彼女は剣には触っていない。
紫の結晶となった剣はまだ浮いている。
「模れ」
すると、彼女の背中に紫の結晶が集まり翼を形作る。人工的な光を浴びて輝くそれは、美しい宝石のようだ。しかし、その形は攻撃的な形状で、いうなれば骨組だけの翼だ。
---しゃりん---
刹那、鈴の音が後ろから聞こえた。その余韻は言葉に出来ないほどの凛とした美しさ。
振り返ることなく、白兎はため息をつく。
(起きてしまわれたのですね・・・あと、もう少しでしたのに)
「我が儘、聞いてもらえますか?」
「駄目だ」
「いつもあなたの我が儘を聞いているのですよ。一度くらい、良いでしょう?」
「駄目だ、許さない」
「・・・意地悪」
あぁ、なんだろう?この声が聞けると安心する。母親の腕の中に近い感覚。
そのワガママという名の包容はどこまでも私に甘い。
「主として命令する。お前は下がっていろ」
彼女の一番素晴らしい笑顔は美希にだけ向けられる。
「はい、かしこまりました」
昔、聞いたことがある
『主様は何故、私を守るのですか?』
彼女が戻って来た頃、不要となった私を天兎族は消滅させようと目論んでいた。
消滅させれば、ウラノスの力に怯えることもなく。天童家当主という枠を誰かが埋めさえしてくれればいい。あくまで私は皆にとって、いない彼女の代わりでしかなかった。
それに反対して、傷だらけで帰ったって、彼女はただ私にいつもこう言うのだ。
『お前は、戦いに出るな』
それは私が不要と言う事じゃないのか?戦いに使えない役立たず。
『やはり、私が主様のウラノスの力を分け継いでいるからですか?』
役立たずでも力が欲しいのでは?いつか自分に戻そうと思っているからでは?
彼女の応えに、自分は恥ずかしくなった。
『大事な家族を危険にさらすのはもう嫌なんだ』
真っ直ぐ私の目を見上げて、彼女はそう言った。
その右の瞳に映る紅い線。それは私たちの大事な証でもある。
唄は響く、鼓膜の中に無理矢理入って不快な振動数で揺さぶる。
声にならない悲鳴を真榊は必死にもがいてそれを示す。
もがけばもがくほど、彼の口や傷口からは朱があふれた。
この唄は初めて聞く唄だ。きっと、また勝手に彼女が創りだしたものだろう。
歌の力は本来ウラノスの力ではない“創造”の能力を持つ、主様の力だ。
元々、彼女は特異体質だった。ウラノスの力なんて無くても、天兎族指折りの能力者となっていたはずなのだ。だから、それに敵うものは今現在いない。たとえ能力殺しの剣でも。
しばらくすると、彼は失血した青白い顔で気絶していた。
「白兎、その翼。どうする気だったんだ?」
紫色の結晶で着飾った翼は私の背中にあったままだ。
「どうするつもりも御座いませんでした」
うそつけ、などと吐いてから彼女が私の創った翼を触る。すると元々西洋風の太刀だったサイキラーは、翼を模した形から、すらっとした日本刀に変わった。
「私は創れても、修復は出来ないからな。重要資料をよくもまぁ壊してくれたな」
「申し訳ありません、主様の凶器となるものがこの世に存在していては、心配性の私は耐えられません」
白兎が笑顔を向けると、長いため息をつき、美希は目を伏せながら唐突に呟く。
「創造の力なんて、私はいらない。こんなのに頼る私も必要ない」
それはあのクロノスの器を傷つけてしまった事への懺悔だということが私には分かった。