第弐捌話 忘れてはいませんか?
クロノス復活は周りに取り上げられることもなく静かに終息した。
裏では美希が働きかけ、総史郎(彼の父親)にさえ話が渡っていない。
知っているのは珠璃と美希、一部の人位で、焔条の記憶はウラノスの力によって消去した。
総真はまだ天組の医務室で眠り続けている。
もしかしたらこのまま植物状態で余生を送る可能性もあるだろう。
そんな中で日付は代わりAランクのテスト日となった。
美希と珠璃は決勝まで会うことはない。
一応、白兎にスカウト役をさせたので、教職員は彼女を特別席へと招き入れ、生徒一人一人の売りをベラベラと喋る続ける。
二人はいとも簡単に相手を倒していく。
美希は能力など使わず体術だけで相手を圧倒していた。
格が違うと特別席で教頭はご満悦の表情で頷いている。実のところ彼女たちが天組に入っている事は教師は知らない。学生・生徒達は教職員に隠して天組に入っている者が多い。
あまり情報が流出すると、自分の命に関わってくるからだ。
美希に三回戦目の順番が回ってくる。
「お久しぶりですね、お姫様?」
入って来るなり挑発的な口調で話すのは・・・・
「・・・誰でしたか?」
驚きのあまり相手は、ポロリと重たそうな剣を落としてしまう。
「真榊 涼だ。最近、君と話した」
「・・・あぁ」
と無気力な返答をする美希は実のところ思い出していない。
「それで、私はどうすればいいのでしょう?」
「俺が勝ったら、君は俺の我が儘に付き合って貰う。君が勝ったら、俺は君の我が儘に付き合おう」
「一方的な言い分・・・嫌いです」
振られるなんて俺らしくないなぁなどと真榊はぶつぶつ呟いている。
その時、テスト開始の機械音が鳴った。
真っ先につっこんで来たのは真榊だ。それをいとも容易く美希は避ける。
剣を振り回し続ける彼の攻撃を目を瞑って美希は避けていた。
今彼女が聞いているのは音、【能力発生周波数(CGF)】だ。
能力の展開される時に発生させる、人には聞き取れない領域の振動。
彼女はそれを“ハジマリの音”という。
科学的にも立証され利用を考えられているこの周波数は彼女の歌の周波数と酷似している。違うのは彼女が聞き取って欲しい人間にだけは聞き取れるということ。
それを使うのが彼女の能力。“創造”の力。
しかし、それにも弱点がある。人によりこの周波数は微妙に異なっているため、人の能力は真似できない。0から組み上げなければいけないので計算が複雑で難解、それでいて大きく彼女の体力を消耗する。
彼女は歌でそれを操るため、とても不安定な能力となる。
近接戦、一対一の戦いには向いていないのだ。
だが、相手と自分の周波数を混ぜて能力を不安定にさせることに関しては彼女の得意分野であった。高度な計算をする代わりに人に聞かせず音に聞かして壊す。
それを彼女は自分の感覚だけで、行おうとしている。
『ない?音がない!?』
彼から音を感じない!
「やっぱり、ウチの能力開発部は伊達じゃないね」
全身に雷が通り抜ける、感電した体は倒れ頭は気絶しようとしていた。
何とか、必死になって目を開ける。
目の前に見えたのは紫の光を帯びた剣。科学の力を使い、能力者を封じようとしたかつての人間達が生み出した、能力殺しの剣の改造版だ!
「こんな状況でも声を荒げないなんて、君は我慢強いんだね。それとも、君はもっと酷い仕打ちを受けてきたから、こんなのどうってことない?」
「だまれ」
観戦者は衝撃を受けた、無敵であるはずのSランクの能力者が地面に倒れている。
美希指示派の連中ですらブーイングより先に真榊への賞賛のかけ声をあげている。
教職員達もあ然としてしまい、対応をすることも忘れ、それを見入っていた。
『これでは、あの頃と同じだ』
「有り難う、君のおかげで俺のランクが随分変わるだろうね。これでやっと、政界に口出ししても文句など言われない。Sランクの権限で、モルモットから脱出するんだよッ!」
真榊は彼女の頭めがけて思いっきり足をおろした。
グシャリ、と気持ちの悪い音が聞こえる。
流石にこれには観戦者の歓声は上がらず、しんと静まりかえってしまった。
「いきゃぁっぁああぁぁぁあぁぁぁぁああぁぁあああああああ」
そんな中、聞こえてきたのは甲高い悲鳴。
痛みを訴えるその悲鳴は耳を塞ぎたくなるほど凄惨な物だった。
女のような泣き声は誰もが美希の物だと確信した。
続けてまたグサリと今度は何かが刺さる音が聞こえる。
しかし倒れたのは、美希ではなく真榊だ。
彼女は足を震わせながら立ち上がる、その顔には靴の痕すら着いていない。
悲鳴が真榊の物だと皆分かった。
彼の足はあらぬ方向へと折れている。
先程の刺さった音はサイキラーによって、美希の右掌を犠牲にした音だ。
痛みの中、無意識に彼は剣を美希に突き立てていたということになる。
「いたい、いたい、いたい」
などと壊れたレコーダのように繰り返す真榊は目を見開いたまま涙を流している。
「確かに痛いです、骨が折れたときは。しかし、そこまで騒ぐ事ナイでしょう?みっともない。サイキラーの使用はこのテストでは認められていません。最初に武器を指定するとき調査しましたよね?それに背いた時点で貴方がSランクになることはあり得ません」
Sランクになったところでモルモット確定なんですけどねと小声で付け足し、刺さったサイキラーを思い切りよく左手で抜き取ると地面に刺す。
彼女から低い呻きが漏れ、どばどばと流れ出る血はその傷の深さを証明していた。
歯を食いしばり止血しようとしていたその時。
「まだぁぁああ」
彼はサイキラーを手にしていない状態で、美希に電撃をぶつけた。
反応が遅れた彼女の右腕に刺さり、電流を全身に巡らせる。
ナイフ型をしていたその電撃は紫の煙となって消滅した。
「これが“幕雷”模る雷だ」
意識がとぎれた美希は、倒れ込み再び起きあがらない。
彼は動かない足を引きずりながら、サイキラーまでたどり着こうとしている。
その姿を見て瞬時に動いたのは白兎だった。
「申し訳ありません、席を外させて頂きます」
そう言うと、会場に向けて走り出した。
正気に戻ったのか、教職員がシェルターを閉めるよう騒ぎ、対策へ向かった。
「主様ぁ!」
真榊に腹部を断続的に暴行されている美希は返事を返さない。
幸いサイキラーは重たかったのか使用していなかった。
白兎は彼を押しのけ倒れた美希を起こしあげる。
「君、誰?部外者は立ち入り禁止なんだけど・・・」
どこかのネジが外れた欠陥品のように微笑む彼は気味が悪い。
「愚かですねあなたは。もし勝ちたければ、私が来る前に主様の息の根を止めておけば良いものを・・・・」
彼女の黄金の左目には紅い線が輝いていた。