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空に響く歌声  作者: 麻香
3 戦略は三十六計
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第弐漆話 その唄は喜劇?


会長は彼の方に深々と頭を下げる。

「おい、俺を助けずになにやってんだよぉッ!」

弱々しい上から目線の泣き言を言うのは焔条(えんじょう)だ。完全に腰が抜けた状態で後ずさりしている、それを見下している彼は焔条の首に手をかける寸前だ。

だがそんな生徒を無視してまで、会長は自己紹介を始めた。

「お初にお目にかかります。わたくし、姫・・・天童美希(ウラノス)様の側近。淺田 珠璃(あさだ しゅり)と申します」

無言の彼は会長の方に注目する。

しかし応えることはなく、ただその手を止めてじっとこちらをみているだけだ。

(まだ器との調整が安定していない?)

すぐさま会長は短刀を手にする。

「おいっ、生徒会だろ?会長が生徒助けなくてどーするんだよッ!」

・・・五月蠅い・・・

「野桐中の生徒の品質を落としかねない発言は慎みたまえ。君、仮にも能力者なら人に助けをこうな。情けない」

冷静に告げる会長を見て「もう、終わりだ」などと呟いている焔条を無視し、彼の方に集中する。



彼はクロノス。今代は初めてのお目覚めだろう。

実のところ、天兎族にウラノスとクロノスの力をもった人間が生まれてくるのではなく、それを器にして本人が転生する。簡単に言うと姫様や総真君に無理矢理ウラノスとクロノス自身が割り込んで生活しているのだ。

彼らがこの世界に現れるためには、器との調整をしなければいけない。

そうしないと器が死んで、本人も器も消滅してしまう。

だから、姫様は調整するためにもう一つの存在(はくと)を創ることまでしたのだ。



警戒しながら彼と対峙しようとした瞬間だった。

「ほう、何百年ぶりか?実際合うのは久しいな」

クロノスは声の方を見て渋面する。

「ヴ・・・ヴぅ・・」

「まだ言葉が使えないとは、哀れだなクロノス」

その声は誰よりもはっきりとしているのに、濁って聞こえる。

碧く輝く瞳がつまらなそうにこちらを眺め、一歩づつゆっくりと無駄なく歩いてくる。

来るのが早かった。それだけ私が無能なのか、と会長は落胆の色を顔に浮かべる。

彼女が来るやいなやクロノスの念が漏れだし、不快な闇を背に展開し始めた。

その瞳は紅く鋭いが、姿は総真のまま。それなのに別人にしか見えなかった。

「翼が使えぬのか?まぁ、器が背中を負傷してるんじゃ致し方ないか」

闇は歪み、黒の煙が外に漏れだしてきている。

彼がウラノスを見据えると、声に出さず口だけを小さく動かす。


すると闇は膨張して、黒い煙が完全にウラノスを捕まえる。

「まだ、この程度か・・・」

ウラノスは一歩も動かない、動けないと言ったほうが正しいだろう。

時を停止させられたのだ。正確にはウラノスの行動という時を止められた。

しかし、それも不完全で視る・喋るという行動の時間は動いている。


その頃珠璃は、いつの間にか気絶している焔条を助けるために思考を巡らせていた。

クロノスの足下にいる為、迂闊に手を出せない。Aランク能力者が敵う相手ではないのだ。

それにもかかわらず、状況は珠璃を急かす。美希も無理を承知で言ったのだろう。

今彼女がクロノスの注意を引きつけてくれているおかげで、焔条も私も無傷でいる。

「珠璃ッ!何をぼさっとしてるッ!」

びくっ、とその鋭い声に驚き、反射で焔条にむかって駆け出す。

ウラノスが動けない分、今突撃するのは危険だがどうやら彼は彼女しか眼中に無いらしい。

こうなると重要なのはスピード。クロノスの調整が終わる前にどうにか救出しなければ。



全速力で走るスピードは、珠璃の能力を使用した速さ。視覚に残像を残しながらもその速さは驚異的だ。わずか数秒でたどりついた珠璃は焔条を背負う。

(・・なんで?・・・重いっ!)

歯を食いしばり、足に力を込める。まるで、大岩を背負っているような重さだ。

何故?データでの焔条の体重は平均値のはずだった。

武器を仕込んでいるとしても、この重さはおかしい。

彼女自身その時は何が起きたのかわからなかった。

だが美希達を危険にさらしてまで、この生徒を助けているのだ。気力だけで走り続ける。

珠璃は先程の5分の1のスピードで走って、どうにか場外に逃げた。

すると急に足は軽くなり、走る速さも断然速くなっている。

「どういう事?」


ウラノスはそれを理解していた。

「お前ちょっとばっかし調整不足にもほどがあるぞ」

クロノスは怒る彼女を無視する。

先程の攻撃、珠璃は無意識に難をのがれていたが、クロノスは焔条を背負う瞬間、珠璃の足下に“行動停止”をかけていた。

だから、彼女が走っているつもりでも時間を止めかけられていたため、あのスピードにしかならなかったのだ。彼は完璧に止めていないので、たぶん原因は力が散ってしまったか敵としてみなしていないかのどちらかだ。

「・・・お前の目的は(わらわ)じゃないのか?」

そろそろカタを付けなければ総真が危ない。不完全なまま能力を使い続けると消滅してしまう。これ以上は限界だろう。

ウラノスは風の結界は黒い煙をなぎ払う。そして美希はめいいっぱい空気を吸った。


彼女から創られる音は暖かく哀しい音色


透き通った声は闘技場を反響する


どこか別の国の言葉で語られる詩


たとえ、“安らぎの唄”でも


(うた)は彼らに苦痛を与える・・・


クロノスから低い呻きが漏れる。頭を抱えて膝を付いた。

耳を必死になって押さえているようだが、美希の声は関係なく鼓膜を揺さぶり続ける。

ついに、クロノスは叫び始める。

その(つんざ)く悲鳴は唄をかき消そうとしているようだ。

それでも、彼女は掌をきつく握りしめながら声を張り上げ詠い続ける。


しばらくして悲鳴が途絶えると、総真が気を失って倒れていた。

美希は歌うのをやめ、唇を強く噛みしめる。

強く握った掌からは血が一筋流れ出ていた・・・・




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