第弐伍話 忠誠は日々続く
今日の教室は息が詰まる。皆の緊張感はテスト前というより喧嘩を始める瞬間のものの方が正しいだろう。今日はE~Cランクの対戦が前半まで行われる。
実技テストは五日間あり、2日目はE~Cランクの後半(決勝)。3日目はB~Aランクの前半。4日目はB~Aランクの後半(Bは決勝まで)。5日目はAランクの準々決勝から決勝までと結果発表だ。
こんな面倒くさい分け方をしているのは、人数が多く、午後からしか試合をしないのと、戦闘技術を見学出来るようにするためらしい。
そんなことはどうでも良くて、今はとにかく頭痛と打撲を治したい。
昨日の放課後は京華に鍛錬を頼んだんだが、美希がのぞきに来るまで3時間ぶっ通しで“白刃取り”をやらされた。失敗すればするほど脳天に竹刀は当たり、集中力が切れるほど痣が増える。美希の助けがなかったら、もっと酷くなっていたに違いない。
しかし、そんな努力もむなしく不完全のまま当日を迎えてしまったのである。
だからこれ以上傷が増えるのだけはカンベン願いたいのだ。
いつもより騒がしくない教室の片隅で、一応会長が集めてくれた資料に目を通す。
生徒の能力データだ。これは、生徒全員だけがテスト期間中みられる学校サイトに載っている各生徒がどんな能力を使うのかとレベルはどれくらいか、去年の成績はどうか。という、実技に必要最低限のデータである。
「前時代的ね、紙なんて。環境に悪いです」
ひやり、と感じるのは敬語になっているからだろう。周りに人がいるときは天組の人間に対してさえ、彼女は敬語を使うのだ。美希の二重人格---白兎がいるから三重人格でもあるが、は相変わらず変わらない。
「生徒会長に渡された、使わなきゃもったいないだろ」
それでも俺は違和感を感じながらもいつもと同じように話す。
でも美希には関係ないらしく、敬語はほとんど崩れない。
「確かにそうですね。今は携帯端末で見ることが出来るのに、考えつかなかったのかしら?」
口元に指を当て首を傾げる姿は、無表情ながら可愛げがある。
「俺に聞かれても困る、それより美希はもうチェックしたのか?」
「ご心配なく、私は一週間前に調べ上げています」
「聞いた俺が馬鹿だったな」
美希はたぶんAランクの生徒全員をもう頭の中に入れているだろう。
「今日はなるべく良い成績をのこしてほしいです」
「俺の成績なんて美希には関係なくないか?」
聞き逃してしまいそうなくらい小さなため息が少女から漏れる。
「貴方はもう天組としての自覚を持って頂きたい、今回はスカウト目的もあるのですからなるべく多くの選手と戦って、良い人材を見つけてください。あと天組である以上Cランクで最低でも準々決勝まで進んで下さい」
そして、当たり前のように吐くのは無理難題だ。
「んな、無茶なっ!無理だよ俺には」
「そう言った時点で可能性は消えてしまいます。自分の可能性を閉じることは貴方にして欲しくない、まだ歩み始めたばかりなのだから」
無機質な人形のような瞳は、真っ直ぐ総真を視る。
美希の言っていることは正しいことがほとんどだ、こうなってしまったら俺は最後の切り札すら残らない。彼女はどうしてこんなにも俺を追いつめるのだろう。
「・・・保証はできないぞ、俺はお前みたいに凄い訳じゃないんだ」
「そうかもしれない、私と貴方は似て非なる者ですから」
彼女は笑いも睨みさえもせずそう告げると素っ気なく、席を立ってどこかに行ってしまった。俺は後ろ姿を見送りながら、美希と会長の怒った姿だけはみたくないと思うのだった。
午後六時過ぎ、俺は家の玄関でぶっ倒れた。
たぶん、能力の使いすぎが原因だ。疲労困憊の俺をみても、美希や会長がいたわりの言葉をかけてくるはずがない。それどころか二人とも、無駄が多かったですね、このくらいで情けない、などと当たり前のように言葉を刺す。あの人達は俺にどれだけストレスを与えれば気が済むのだろう?こっちは言った通り必死になって残ったっていうのに。
あぁ、それより早く休みたい・・・
仕事が終わって帰ると総真様が玄関で寝ていた。すーすー、と小さく寝息をたてている姿は小さかった頃と変わっていない。それなのに、いきなり天組に入るなんて思ってもいなかった。それもこれも、あの天童美希の所為だ。こんなになるまでこき使って、総真様を何だと思っているのだろう・・・。
そっと毛布を持ってきて総真様へとかける。
私はこの人をあの我が儘なウラノスから守らなければいけない。
(これからも、姫巫女は総真様に忠義を尽くします)
足音を出来るだけ立てないようにしながら、私はその場をあとにした。
午後六時四十分、日がやっと西に傾いた頃。
美希は天組のある一室でデータに目を通していた。
横には緊張した面持ちの珠璃(生徒会長)が美希の様子を伺っている。
「それでどうなの」
「はっ、はぃッ!」
いつもは堂々とした会長が声を裏返してしまう。
急速に赤面する彼女の姿をみて、美希は含み笑いをしていた。
「・・・すみません」
「いつものお前らしくないな。そんなに気を張らなくても、この部屋には私とお前しかいないんだぞ?」
美希とは不釣り合いなほど大きく高級そうな回転椅子の上で足を組む。
「珠璃としては、誰がいい?」
「そうですね、私は応用力のある戦闘ができる人材が欲しいです」
「たとえば?」
「32ページをご覧下さい。その『真榊 涼』と言う生徒は、先日の検査で高い数値をだしています。それに、あの真榊グループの御曹司、金銭的な面でも期待できるかと」
「・・・・・」
苦虫を噛みつぶしたような顔をしながら、データとにらめっこする美希をみて、珠璃は小さく震えた声で聞き返す。
「どうされましたか?」
「いや、何でもない。こいつなら知ってるよ、けどあっちが私のことをどう思っているか・・・・」
渋面を崩さない美希は静かにため息をつく。ひょっとしたらハズレくじを引いたかもしれないと、その時珠璃は思った。
知っている、あっちが、どう思ってる・・・あり得るか、姫様は美人だし。
そして、内心焦りながら珠璃が見つけ出した結論はとんでもないものだった。
「まさか、彼に何か言われましたか?その・・・告白とか」
「ハハッ、今日の珠璃は本当におかしい。告白?アレが?・・・」
(あぁ・・・でも、宣戦布告って告白か?告げてるよな一応)
途中で黙りこくった美希の姿を不安げに見守る珠璃。
「心配しなくて良いよ、珠璃。“宣戦布告”だから」
明るく笑う姫様の表情は作り物だと知っていても、珠璃はそっと、胸をなで下ろす。
「そうですか・・・・って!宣戦布告ですかっ!何でそんな大事なこと黙ってたんですかっ!」
「大事か?」
きょとんとする少女に対して、珠璃は大きく深呼吸をして言いたいことを全てはき出す。
「大事ですよ、姫様は天組のトップです!姫様に売られた喧嘩は、天組に売られたも同じ!・・・」
始まったばかりだというのに、美希は長くなりそうな話を切りにかかった。
「---あぁ気にしないでくれ、私個人の問題だ。それとも私の楽しみを奪うというのか?」
心配するな、と背伸びをして頭をなでようとする美希は身長が届かず、それに気付いた珠璃が立て膝をして受け応える。珠璃は嬉しそうに眼を細めた。
「武運をお祈りしております。くれぐれも怪我の無きよう心がけて頂きたい」
「用心するよ、有り難う」
それで次の内容は?、と聞き返す美希に珠璃はあわてて応対する。
この部屋のBGMとなる珠璃の報告はハキハキとした、明るい声だった。