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空に響く歌声  作者: 麻香
3 戦略は三十六計
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第弐肆話 宣戦布告は昼休みに

昼休みになった。


俺は部活無所属なのでこの時間が一番憂鬱だ。目的もなければやる気も起こらない。

「暇だ・・・・」

呟いても無言の教室が音を吸収していく。

ため息をつきながらぼんやりと眺める空は入道雲が立派に育っていた。

そう言えば美希も初日にずっと空を眺めてたな、話しかけたのはアレが最初だっけ?

(確かあの時は曇り空だった・・・)


「そうかそうか、暇なのだな?」

思いふけっていた俺の上からハキハキとした声が降ってくる。

「何にもすること無いし」

返答をするが俺はふり向かない、というかふり向く気が起きない。

「じゃあすることが出来たらちゃんとこなすか?」

気にせず話し続ける声の主が誰かは、窓に映る姿で確認した。やっぱりこの人か・・・。

「それで、忙しい貴方が俺に何の用ですか?会長」

「あぁ、私は今忙しい・・・・」

今後一切、満面の作り笑いをする生徒会長にはあまり関わりたくないと思う。

だが、抵抗する前に、俺は気付けば生徒会の手伝いをさせられる羽目になっていた。



天童美希は昼休みを屋上で過ごす、ここなら誰もいないからだ。

そして、来るはずもない。生徒は立ち入り禁止で屋上に出られることすら知らないだろう。

それもそのはず、フェンスが取り付けて無いとなると、教師も立ち入り禁止にせざるを得ない。

まぁ、空を舞える天兎族にフェンスなど無意味に等いんだが・・・。


優雅に流れる雲を追い続けると、地上から聞こえる喧騒が遠くなる。

陰を見つけて横になると、夏の香りがする生暖かい風が吹き抜けてゆく。

彼女がうたた寝を始めた頃、開くはずのない重い金属のドアが動く音が聞こえた。


「誰だ!」

警戒のレベルを一瞬にして上げた美希が、鋭い目つきで刺客を威嚇する。

屋上(ココ)って立ち入り禁止だったよね?何で君はこんな場所にいるのかな?」

確認するとそこに立っていたのは長身の男子生徒、それもアイドル並みの美青年だ。

誰かは知らない、とりあえず面識はないようだ。美希は他人に対しての口調に戻す。

「貴方こそ、何の用事があってここまで来るのです?」


「う~ん、自殺?」

自ら死にたいと笑顔で軽く言う彼に少々腹が立った美希はよりいっそう睨んだ。

「あぁ、そうですか。なら、早く飛び降りてください。貴方も変な時間帯を選びますね、夕暮れ時なら死に際にも華があるでしょうに・・・」

淡々と感情のこもらない声で告げた彼女に対して、彼の思考が一瞬止まる

「・・・冗談に決まってるじゃん、なに本気にしちゃってんの?君って実は莫迦?」

彼は腹を抱えて笑い始める。美希は冷たい視線を浴びせるだけだった。


「嘘でしたか・・・つまらん。なら、お引き取り下さい。貴方も言ったとおり屋上は立ち入り禁止区域です」

「ちょっ・・・『つまらない』ってそれは無いでしょ。でも、天童美希って感情がないロボットみたいな奴だと思ってたら、そんな顔も出来るんだ」

今度はニヤリと笑う彼は、身長的に小さい美希を見下すように位置取りをしている。

「そうですね、表に出すのは面倒なので、校内ではそう見えるかも知れません」

「へーじゃあ、校外では違うわけ?」


その言葉で表情を無くしてゆく美希を見て、つまらなそうな顔を見せる男子生徒。

「どうでも良い事です、それより質問に答えて頂きたい。貴方は何故こんな所に来たのです?」

「そりゃ、君を捜してたからだよ」

「では、用件をお聞きしましょう」

「俺は二年の真榊 涼(まさかき りょう)君の三回目の対戦相手だ。テストは明明後日だけどね」

「それで、貴方は二回連続で勝ち進み、いずれ対戦する私を捜してどうしたいのです?」


「君は聞くところによるとSランクだとか」

彼はのぞき込むような姿勢で美希との高さを合わせて言う。完全に追いつめられている姿勢にもかかわらず、少女の無感動な眼はしっかりと彼を見定めていた。

「それが、どうかしましたか?」

「俺はAランクの中でも上級な方って判定がこの間出たわけ」

「それは、おめでとうございます」

美希の形だけの賞賛に対して、教育の行き届いた紳士的なお辞儀をする真榊。

「有り難う。でも、俺は実戦のテストがあるのがおかしいと思うんだ。それでSランクにあがったとしてもそれは殺し屋に一歩近づいただけだと思わないかい?」

「じゃあ、Sランクにならなければ良いじゃない。Sランクなんて『殺人鬼に近い』と自ら公表しているようなものですよ」

「だけど俺はSランクになりたいんだ。だから、君が判定でSランクだったと聞いてどういうコネを使ったのか聞きたくてね」


何て我が儘な人なのだろう、と美希は思った。彼女もかなりの我が儘ではあるが、そこまで欲が有るわけではない。むしろ欲などほぼ無い、といって良いだろう。

少女は『コネ』という台詞がすぐ出てくる所からして、金銭面で余裕の有る人間だと判断する。そう考えると、真榊と言う名前からして思い浮かぶ家があったのを無意識に記憶の端から引っ張り出されていた。彼女からため息が自然と漏れだす。

「あぁ、貴方あの財閥の息子さん?お金でランクは変わりません、これは国の法律(ルール)にもある。貴方が“A”であるのは事実なんだから、それを認めたら良いと思います」

きっぱりと言い放つ美希に真榊は不服そうに顔を歪め、口を開けた。

「生意気だね天童って名が消滅したって聞いたら生きてるんだもん。ほんと生意気」

「・・・・・・・」

自分の家柄を侮辱しているのにもかかわらず、美希の表情は変わらない。それを確認してまた真榊はつまらなそうに舌打ちをする。


「まあいいや。じゃあ、この国は何でこんな学校作ったか知ってる?」

「能力者が増えたからです。実戦のテストがあるのは能力者が自分で力を操る事が出来ないと暴走する危険性が極めて高いからです」

「違うよ、この国は怯えているさ、俺らの恐ろしさに。その力量を知るために国はこんな歳からテストと称して戦いをさせるんだ。だったら、国なんかにわざわざ情報を渡す必要性なんて無いんじゃないかな」

「私もその意見には同意します・・・・」

彼女の意外な発言に驚く真榊。彼は美希が国の方針に従うだけの人間だと思っていたのだ。

「なら!俺と---」

「----だけど貴方はそれだけです、よく考えてみて下さい。それならば何故貴方はこの学校にいるのですか?何故この国の判定に従って上を目指しているのでしょう?何故この国で生活しているのですか?」

彼女の質問の度に真榊の表情が曇ってゆく。

「貴方は非現実的なことを求めるだけなのでしょうか?それとも貴方は只の反政府の思想家?貴方はそんな大それた人物でもなさそうですね、たぶん貴方は無力なのにそれを自覚していないだけでは?」


我慢しきれないとばかりに真榊は声を荒げる。

「無力なのはどっちなんだっ!お前こそ生き残ったのは、こもって大事に保管されていたからなんだろ!遺伝子だけほしがった人間がっ!!」

彼の怒りは少女に対しては効かなかった。美希は表情も変えず只、冷静に応える。

「どうやら、若干勉強してはいるようですね。一つ訂正させて頂きたい。私は保管されていない、戦場に放り出された。何故貴方が怒りを覚えるのは聞きませんが、力を求める貴方ならわかるでしょう。早い話“貴方が私に勝てるのでしょうか”」


「・・・話がそれているよ。まあいい、俺は戦闘なんかせずにランクアップしたかっただけだ。どうやら、かの姫は戦えとおっしゃる。だったら姫に勝てば良いそれだけだ」

「では、この時間は何なんでしょうね・・・。結果的に貴方は宣戦布告をすると同時に自分の理想を私に押しつけようと試みた。只それだけの事ですか。貴方の言いたいことはおおかた理解しました。貴方がどう足掻くか楽しみが増えましたね」

クスクスと小さく笑う美希は内心面倒だ、としか思っていなかった。

「まさかあの、冷静な大和撫子は表面上だけだったとは、俺は驚いたよ」

「そうでもないですよ、これも“私”ですから」

がちゃり、とドアノブをひねり美希は足早に退散しようと試みる。しかし、何かを思い出したように彼女は後ろを振り返った。


「あぁ、貴方。一人称は『僕』にした方が良いと思うわ。そっちの方がお似合いよ?」


真榊は今までと無関係な捨て台詞にあ然としながら、ドアの向こうへ消えてゆく少女を見送ることしか出来なかった。



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