第弐参話 前日は晴天なり
「こんな事もまだできないとは、君は日本男児なのかね?」
尻餅をついている俺を竹刀片手に罵倒するのは野桐中生徒会長、淺田 珠璃だ。
今は朝6時頃、
俺は天組学生部という肩書きをあの会議でもらい、基本トレーニングとやらをやらされる羽目になる。それに会長は学生部総長でもあって、実質的な上司になりそれの上をゆく美希は社長クラスな訳で、俺に反抗の権利は皆無だった。
体力には少々自信があったのだが、“基本”のレベルが学校とは天地の差だったのが想定外。たとえると、中高生の殴り合いと戦場の殺し合いぐらい話が違うのだ。しかし、俺のは会長直々にプログラムしたトレーニングの中でも最低クラスのものだと言うのだから、あの会議に居た人間の怪物じみた強さを改めて思い知る。
そして、その朝練をあの日から今日まで会長や京華に面倒見てもらっている。今やっているのは『真剣(竹刀)白刃取』なんだが・・・
ただでさえ常人にはできなさそうな技なのに、能力者ともなると面倒なのがオマケ似ついてくる。
説明すると、能力者の真剣白刃取は剣に能力をプラスされたモノを受け止める剣技だ。
たとえば、炎の能力者と戦った場合、
剣だけ受け止めても能力が受け止められなかった時は火傷、あるいは焼死体と化す。
反対に能力が受け止められても剣によって斬られてダメージを負う。
物理的に手で受け止め、能力を能力で跳ね返すのがこの技の難しい所だ。
反射神経の他に判断能力や計算の速さ等、色々気をつけなければならない。それも、相手と同じ力量で跳ね返さないとこの技は成立しないからで、天組の連中の半分以上はこれができるらしい。
今は物理的な面で失敗しても平気なように竹刀を使ってやっているが、俺ができないのは能力の計算力。俺の場合、跳ね返しすぎて自分までダメージを負うタイプらしい。それに気をつけても、今度は反射が遅れる不器用さ、自分でも泣けてくる。
繊細さが伴うこの技は応用の幅が広い。だから、なんとしてもトーナメントまでに憶えろとの美希直々の命令は昨日のこと。
それに、当日は明日だというのだから、彼女にはもう少し“普通”を知って欲しい。まぁ、彼女にとってはこれが普通なんだろうけど。
---ビシッ
俺の腕に強烈な一打が降りかかる。しかし、今のは能力が使われていない。
「よそ見するなっ!全く・・・集中してくれ、君ができなきゃ怒られるのは私なんだぞ」
「時間がないのはわかっているんですけど、竹刀で無意味に殴るのは止めて頂けませんか?」
そして、会長はまた猪突猛進気味でスパルタに拍車がかかっている。
今日は打撲で悩まされること決定だ。
「姫様も無茶をいう。君が一日でこれをマスターできるわけないのにな」
馬鹿にされてる気がするのはともかく、美希の事を言うときの妙に顔のほころびが目立つ人だ。
ここまでにしよう、と汗を流すことなくいう珠璃はすぐに別の部屋で着替え、ダッシュで学校へ向かった。今日はトーナメント前日、生徒会長はいつもより忙しい日になるだろう。
そんな会長の背中を見送りながらのんびりと着替えていると、背の小さい野桐中の制服を着た少女が入れ替わりにやってきた。
と思ったら、俺の近くまで来たらすぐ柱に隠れてしまった。
「遅い!早くしろっ!」
相変わらずの命令口調。学校では丁寧な敬語しか喋らないくせに・・・
美希は耳まで真っ赤になって、いっぱいいっぱいの様子だ。
「どうした?何かあった・・・かっ・・・」
ようやく気付いた。俺は、まだ制服の上を羽織っていない。
「ごっ・・ごめんっ!」
なに誤ってんだ俺?羞恥心の所為か頭が回らず焦っている。
急ピッチで着替えをすまして、柱に隠れる少女の肩を軽くたたく。すると、美希は小さく驚いた。
こういう彼女らしくない小動物的な動きを見せる回数が最近増えてきている。
俺は微笑ましくその姿を見守っていた。
刹那、左から風の斬れる音が耳をかすめる。反射的に避けたが、足下に置かれた右脚には気付くことができず、かろうじて受け身を取る。どうやら怪我は無いようだ。
「まだ“白刃取”できないのか」
どうやら、俺が受け止められると仮定した上で技をかけていたらしい。
だが、洒落にならない。美希の片手に握られているのは竹刀でも木刀でもなくバタフライナイフだ。
「殺す気かよっ!」
「あぁそうだ、殺す気で掛からなければ意味が無いだろ?」
こういう台詞をさらっと言ってしまうところが美希の常人らしからぬ所だ。
「常に警戒は怠らない方が良い。だから、行動は素早くすべきだっ!」
遠回しすぎるが、彼女はつまり「着替えを見てしまったのは私の所為ではない」と言いたい訳だ。
「そうかもな、気をつけるよ。でも、右脚は余計じゃないか?」
「そうでもないぞ、未来視の能力を持っていない者にとっては先手を打つ度、後手も考えておかないと偏る。何事もバランスが肝心だ。白刃取もそうだろ?」
意見すると論破される、最近コレばっかだ。
俺がこの小さな少女に勝てる日はいつ来るんだか・・・・。
「ん?その不服そうな顔は・・・何かあったのか?」
「なんでもねーよっ!」
「そうか、ならば学校へ行こう」
解ってるようにニヤリと笑う美希は今日も上機嫌だ。
美希と毎日登校している訳ではない。こいつもこいつで忙しく、寝ている時間があるのかすら謎だ。
だから、ギリギリで学校に来ることはあるが、遅刻したことは一度もない。
その代わり、緊急の仕事で呼び出されて早退はしょっちゅうしている。
それは過労で倒れそうな程の膨大な仕事の量、だから趣味もないに等しいらしい。自己主義的な性格でありながら自分に無関心。そんなような奴だとここ数日でわかってきた。
教室に入ると、勝呂と篠川が顔を出す。
「お前、天組内定って話マジだったんだな」
武闘家の一族な勝呂は軽く肩をたたいているつもりだろうが、朝の打撲の所為もあっていつもより痛い。本人も悪気がある訳じゃないが、少々対応に困る。
「最近登録された天組、調べたら見つけたよ」
実は篠川も天組の端くれで野桐支部学生部のデータ管理をかじっている事を会長に聞かされた。この間の放送で天組と野桐中の結びつきは強固のものとなり、休み時間でも作業ができるようになったと彼自身喜んでいた。
「データっても顔写真、無いんだな」
篠川のパソコン画面を見て勝呂がそう言うと、瞬間的に困った様な顔になり、また笑顔を取り戻す。
「う・・うんそうなんだ。IDがあるからいらなくなったんだ」
「でも盗まれたらやばいんじゃねーの?」
「あぁ、そこは平気だよ。そもそも奪われる例は無に等しいし、詳しくは判らないけど本人しか使えないようになってるらしいから」
「へー最近の技術はすげーな。んなことまで出来んのかよ」
感心している勝呂をよそに、篠川は目が泳いでいる、何かを警戒しているようだ。
どうしたのか聞いてみようと思ったんだが、こいつの身を危険にさらす行為になってしまう可能性もある。天組の仕事はそういう事も多いのだと会長から聞かされていたのでやめておいた。
「明日は実技初日だな」
一応フォローとして話題を変えてやると篠川は笑顔で無言の礼を言う。
「そうだね、僕は天童さんと会長の対決は見学しておきたいかな」
「でも、その二人は決勝まで対決しないはずだろ?」
「あの二人が負けないと思うか?」
「いいや、全く」
「だろ、まぁ人より先に自分の心配した方が良いと思うけどな」
「うん、お互い大きな怪我の無いように気をつけよう」
「怪我をさせないようにだろ」
皆笑っているが、話している内容は中学生とは思えない。
しかし、それも常識になってしまえば変わらない。
何故かと疑問に思う者もおそらくはいないはずだ。