第弐弐話 追憶と宝物
「お初にお目にかかります、天理家次男の天理 総真と申します以後お見知りおきを」
大半を美希が転校してきた時の自己紹介を引用した。これでちゃんとした挨拶のはずだ。
こんな、強そうな人たちに悪印象もたれたら災悪、こっちがボコボコにされかねない。
必死に周りを見渡してビクビク反応を伺っていると一人がこちらに寄ってきた。
「どれどれ、顔を見せてみな」 「ふぇ?」
一番最初に接触してきたのは、明るい栗毛色の短髪で腰には二つの日本刀を持つ女性。
「ふぬけた顔が総史郎そっくりだ。こいつがクロノスか?見るからに弱そうだな」
「この人は僕の幼なじみにあたる人だよ」
男勝りな勇ましさがあふれている女性は元気な笑顔を見せる。
「総史郎の方が若いのが癪にさわるがな与一だヨロシク小僧」
「えっ、親父より全然若く見える」
自然と口にしてしまった言葉だが、与一は笑い声をあげ涙まで出している。そこまで面白かったか?と考えながら、少なくとも悪印象をこの人には持たれていないと安堵していた。
「なかなか、いい小僧だ。私は気に入った」
----パキッ・・・
音の方に目を向けると、珠璃の手元の扇子が真っ二つに割れている。どうやら、与一の行動が腹立たしいようだ。怒りを必死に押さえながら珠璃は口を開く。
「与一様、次に進めても?」「ああ、構わない」
それに気付いた与一が凛々しい真面目な顔で俺の前から下がった。
「クロノス様はどっかの誰かの所為で、なんにも自分の事を理解していないそうです」
強調して言っている会長に対して笑顔を返す親父。
「イヤミっぽく聞こえるなぁ珠璃ちゃん。もしかして怒ってる?」
「当たり前です、こちら側として怒らない理由がどこにあるのですか」
半ば一方的な口喧嘩が始まろうとしたとき、美希は二人を無視して話を進め続けた。
「付け焼き刃でもいい、誰かこいつの面倒みてくれないか」
「・・・・・・・・」
一気に静まりかえった。はい、わかりました嫌なんですね。
「予想道理の反応だな、与一はさっき気に入ったとか言ってなかったか?」
ニヤリと笑う美希はどことなく楽しそうだ。
「私は人に教えるのが苦手だ。説明とか面倒で困る」
「天童家現当主に剣術を教えたのは誰だったかな?」
美希のニヤリとした笑みは相手を追いつめて楽しむときの顔。彼女は今、少なからず上機嫌だ。
「ウラノスは戦っているだけで身に付いていっただろ。アレが人にできるとは到底思えないんだが」
「褒め言葉として受け取っておくよ。他にはいないのか?強者ぞろいな集会のはずなんだがな・・・」
「---私が」
椛の言葉を聞くと同時に美希は鋭く割り込んだ。
「貴様には任せない、ウラノスやクロノスを研究とやらに使うのはどうかと思うぞ」
「わしもその意見に賛同するぞ、問題が起こる可能性は消しておきたいからのう」
前に喋っていた老人が小さく発言した。美希は明らかに敵意をむき出しにしている。
刹那、バサバサと羽が擦れる音が近くから聞こえてきた。
「まあまあ、烏水の椛をいじめないでやってくださいよ」
黒髪に闇を映した様な瞳、黒い着物に黒い翼。女性と見間違うほど綺麗な顔立ちの優男。黒い印象が強烈で柔らかなテノールがよく似合っている男だ。
「カラスが何か用か?」
興味が無いといった様子な美希が無表情で言い返す。
「酷いな美希は、俺には烏水 椿って名前があるんですけどね」
落ち着いた声で話すそいつは妙になれなれしい口調で言い返してきた。
「相変わらず女みたいな名前だな」
「しょうがないじゃん、本家はそう言う決まりなんだから」
「どうでもいい。あぁそういえば、椿は花を首から落とすって知ってた?」
彼を見据える美希はいつものように笑わない、冷たくガラスの破片を突き刺すように彼女は台詞を投げた。しかし、優男は鼻で笑う。
「美希の為だったら首から落ちたって本望さ」
すました顔でキザな暴言を吐く彼は美希を見据えている。俺だったら恥ずかしくて絶対言えない。余裕を見せる椿に美希は何も言わず無視を決めこんだ。
見計らって、進行役は仕事をきっちりこなす。
「ハァ、話がそれましたね、会議に戻ります。クロノス様の件は立候補者がいないということで、父親である総史郎様が任命する形となりますが、意見等御座いますか?」
「・・・・・・・」
「賛成と受け取らせて頂きます。では、総史郎様お願い致します」
「う~んそうだねぇ、与一は駄目なんでしょ・・・美希ちゃんはどう思う」
「本人に聞かないんだな、まあいい。言いたいことは解った・・・私が面倒見れば良いんだろ?」
美希は、ため息混じりに横に置いてある脇息にもたれ掛かる。親父はそれを見て更に笑顔を作った。
「では、結論を言い渡します。クロノス様は天童家の管理下におかれることとなります。宜しいですか?クロノス様」
頷いてみせると、珠璃は安心したように胸をなで下ろす。
「では、お前は晴れて天組の仲間入りだ。学生枠だが、ついてこいよ?」
「・・・努力する」
目元の自然なほころびと、儚げな口元。力強く頷く彼女は天使のようだ。
美希が初めて俺に見せたその笑顔は一生忘れる事は無かった。
突然の来訪者に驚いて目を丸くする。
「お久しぶりです、兄様」
彼女はまだ5,6歳だというのに敬語で人と話をする。
「?、どうかされましたか?顔色が優れない様ですが・・・」
彼女にとっては当たり前なんだろうが、四つしか離れていない俺にまで使ってくるのは違和感を感じざるを得ない。
「・・・何でもない」
とりあえず、そう返したものの、彼女はまだ心配そうに俺を見つめている。無理して笑っているのに気付いているのだろうか・・・
「きょうは何の用だ?」
「別に・・・」
ふてくされて、小さな頬をふくらます姿は誰もが愛おしく思うだろう。
「お父様もお母様も忙しいのは知ってるもん」
敬語が崩れてもなお、5歳とは思えない台詞を吐く。だが、言っていることが年相応かもしれない、用は我が儘はしたい事に変わりないのだ。
「だから、ここへ来たのか・・・ハァ、勉強は?」
「終わってる。ねぇ、宿題終わった?」
ならば、俺は変わりに聞いてやろうと思う。
頷いて見せた瞬間、花が咲く様に笑顔が開花した。
「今日は何して遊ぶんだ?」
「空飛びたい・・・!」
控えめに呟きながら瞳は輝いている、豊かなその表情はその時だけ見せる俺の宝物だった。