第弐壱話 歓迎会はしんみりと
「・・・ここって」
あ然とする総真をみて、美希は首を傾げる。
「来たことあったか?」
「いっ・・いや、何でもない」
本当は、来たことはある。俺の記憶はそう告げていた。忘れもしない、今やっと少しだけつながった。あの綺麗な女の子は絶対美希だ。じゃあ隣に座ってたのは美希の両親か?
でも、何で俺はあの時ここにつれて来られたんだ?
結論が出るとまた疑問が生まれる、そんなことを総真が繰り返しているうちに、現実では会長が解説を続けていた。
「ここは、天兎族が重要な会議をするために作られた場所を再現している。かつては実際にあったのだが、一部焼失して使い物にならないのでこちらに移転している。真ん中の柱で各家の分家と共存している家柄の代表が分かれて座るのがしきたりだ」
会長の言っていることはほとんど耳に入ってこない
(こんな所に俺を連れてきて何がしたいんだよっ!美希!!)
混乱の中一人の少女を責め続けていると聞き慣れた声が反対側から聞こえて来た。
「おっ、美希ちゃんからご指名なんて嬉しいね」
気が付くと左端の席にはいつの間にか親父が座り、相変わらずの満面の笑みで(一種のポーカーフェイスでもあるが・・・)俺を無視して彼女に話しかける。
「うっさい平和ボケ、息子が今から世に出るんだ。お前が見届けなくてどうするんだ!?」
美希は顔をしかめてため息をつき、「相手をするのが面倒くさい」と周囲に視線で訴えかけていた。
「全く美希ちゃんはわがままだね、僕の苦労を台無しにするんだから」
そんなことにも気付かず(?)美希のカンに障りそうな暴言を吐く親父。だが、それに反応したのは本人ではなくその隣にいた会長だった。
「姫様がわがままだと!?そう言う貴方の方がわがままなのでは?」
親父を睨みつけ声を荒げる会長、怒ると凄く怖いです。
殺気立っている会長は腰の後ろ辺りに手をかけ、そこからキラリと光る刃がのぞく、猪突猛進ぎみだ。たぶん、誰の言うことも聞かないだろう・・・。
「珠璃、口を挟む話じゃない。話がこじれると余計イライラするから止めてくれ」
それを見かねた美希が眉間に手をあて、ソフトに怒る様子に驚いた。案外優しい一面もあるらしい、俺は馬鹿(下級)扱いだけどな。
「・・・・申し訳ありません」「いちいち構わない方が良いぞアレには」
会長にとって美希のいうことは絶対のようだ。
黙って下がる会長を見て、親父は更ににこやかになった。
「部下に愛されてるね、美希ちゃんは」 「挑発するな、マジで殴りたくなるから」
「言葉遣いが悪いよ、美希ちゃん当主なんだから」
「・・・親父、実はおもしろがってるだろ」「やっぱ?気付いた?」
あははは、と総史郎は乾いた笑い声をもらす。この二人に凄い形相で睨み付けられて(会長は刀持ち出してるし)良く平気だな親父。
「さてと、総真は僕の隣の席かな?この場合」
先程のことが無かったかのように、総史郎は話し始めた。
「そうなるな。珠璃、今回はお前が進行役になって貰うぞ」
「了解です」
話の流れ的に親父の横に置かれた座布団が俺の席って事か・・・
「俺はどうすれば良いんだ?何か手伝うこと無いのか?」
小声で呟いた言葉を美希は即座に拾って呆れたようにため息をついた。
「本当に馬鹿だな、今日はお前の自己紹介が目的で幹部連中集めるんだぞ?」
自分の席に座りながら珠璃は落ち着いて告げる。
「総真君、君が主役だ。手伝うも何も君のための会をこれから開くんだよ」
わからない、会議なんて言われても一度も出席したこと無い。
元々、そういうのは全部兄貴の仕事だったんだ。
「とりあえず、座ろうか。総真」
混乱し果てている助け船を出したのは親父だった。
「良いのか?総史郎」
「あぁ、たぶん平気さ。僕の息子だもん」
「では、招集をお願いします」
それは一瞬の出来事だった。美希はニコッと無邪気に微笑み艶のある声で告げる
「わかった。珠璃、頑張りなさい」
悪寒にも似た感覚が全身を走る。滅多に見ないその笑顔は、俺に向けられたことは一度もない、前だって椛姉さんに向けての笑みだった。会長はなぜか急速に赤面して顔を背ける。
---パァン
美希の柏手は部屋全体に響き、この創作異空間を本当に揺らす。
「「来い」」
歪みが生じる空間で、総史郎と彼女は声を合わせ、反響する波が部屋の中央に大きな渦を作り出した。
両家当主の言葉で、一瞬のうちに空席に座るのは老若男女様々な代表者約2~30名。
親父の横の下の席に椛姉さんがいる、知ってる人はそれ位しかいない所為かだんだん不安感が募ってくる。周りを見渡すと右側の真ん中よりの席が一つ空いていた。
「蛍様が・・・」
バツが悪そうに言う会長に美希は流すように告げる。
「言い忘れてたが、蛍は出張で国外だ、今回はそっちを優先するよう言ってある」
「じゃあ、全員だね良いんじゃないかな、淺田ちゃん」
総史郎の言葉を聞き、珠璃は深呼吸をして声を張り上げた。
「今回、進行役を天童家当主様より仰せつかった学生部総長・淺田珠璃と申します、本日はお忙しい中、ご足労頂き有り難うございます。議題は天理家のご子息クロノス様の一件について。なにとぞ急な話なので、大したお持て成しも滞らないこと深くお詫び申し上げます----」
丁寧な口調でスラスラとしゃべる会長をみて俺は感心の眼差しを向けた。
その時、会長に割り込むように威勢良く美希は言い放つ。
「自己紹介大会!今日の内容はコレだ!皆が死んだと思ったクロノスは生きていた。改めて初顔合わせと言うわけだ」
声のトーンがわざとらしい明るさだ、それも無表情だからなおおかしい。それを聞いた途端、ひそひそと皆喋り出した。
「どっかで聞いた話じゃのう」左側に座っていた老人が皮肉混じりに周りに言う。
「ホント、あんたが来たときも似たようなこと言われたよ?」
今度は30代くらいの綺麗な女性が右から。
「気にしないほうが良いんじゃないかな?そこはまた後日って事で」
笑顔を作る事もせず、面倒くさそうに流す美希。ここで口を出したのは会長だ。
「姫様、進行役は私では?」
「・・・ごめん、次進めて」
美希はある程度明るく振る舞っているが、皆の空気は重い。親父でさえ笑顔がどことなく緊張しているようだ・・・
“喜ばしくない歓迎会”一言だとこんな感じだなたぶん。
「では、クロノス様を改めて紹介させて頂きます」
親父がさり気なく、一歩出るように促したのに従う。ってか俺何言えば良いんだろ・・・
流れとはいえ、3割も理解していない総真は緊張と混乱の中、口を開く。
張り詰めた空気は夏に似合わずつめたく刺さるように痛い。
誰もがその時を恐れて、戒めて、呪って、祟って、望んで、願ってきた。
そう、天子ウラノス、クロノスが二人世に出るということは天兎族にとって開戦の証。
これから何があっても守り抜かなければいけない、皆の身の安寧と均衡のために・・・
しかし、数ある天子の歴史の中でも彼らが不運に見舞われることは必然的な現象であり、それを乗り越えるケースはどこにも記されていないのだった。