番外編1 天の川
「おい、総真ちょっと頼まれてくれないか?」
俺が帰ってきた矢先に親父はそう言って笑っていた。
「珍しいな、親父が俺に頼み事なんて」
だだっ広い玄関で靴を脱ぎながら俺はそう返した。
俺の家はこの辺では結構大きい神社だ。
そして、このいつもニコニコしている親父は神主のくせに十字架のペンダントを着けている。小さい頃なぜかと聞いてみたら、彼は困った顔をしながら。「世界に神様は沢山いるから、みんな平等にウチは扱っているんだ」と返してきた、後から巫女達に問い正したら「基本は天兎と天子の神々を祀っています」と言われた。
そんな話はさておき、“珍しい”と返したのは神主は巫女達に命令を下し、『天理家当主』としての働きをする。家事とかの些細なことでも、彼女たちが動くのが普通だったからだ。
「総真のほうが良いと思ってね」
笑顔でそう言う親父だが、コレは何かたくらんでいる時の笑顔だ。一応、親子だからそれ位分かる。だから、俺は嫌々な顔をしながら言葉を返した。
「へー、んで内容は?・・・・・」
親父から渡された地図通りに進むと、俺の家より一回りくらい大きそうな武家屋敷?いや極道の本家という印象の家があった。(なんか、来たことある気がする・・・・)
そう思いつつ大きな門の端にあるインターフォンを見つけた。外が木製になってはいるが至って普通のインターフォンだ。
思い切ってならしてみる・・・・・
しばらくして声が聞こえてきた。
「どちら様でしょうか」
か細くも芯のある声、たぶん女性の声だろう。
「あっ・・・えっと、天理家当主の使いで来ました」
「ご用件は?」
「とっ、当主様への土産物だと聞いています」
親父の言われた通りに話すと門が少しづつ開いていった。
「・・・・許可が出ました。どうぞお入り下さい」
開ききったところで中に入ると銀髪で瞳が金色の娘がいた。
歳は俺より少し上。そして、驚いたことに美希にそっくりだ。
「ご案内いたします」
声からしてさっきの人だろう。悪意のない笑顔でいることについては、美希とは大違いだ。
かなり大きな屋敷だが人の気配がほとんどしない・・・・・
沢山の襖だけが一つの絵を造り上げながら廊下を占領していた。
不自然に思いながら彼女に案内されると、そこは8畳ぐらいの部屋で奥の障子が開いていた。
生ぬるくなった風が部屋を通り抜ける。縁側に腰を下ろしたその姿は凛としている。
着物姿の彼女は空を見上げながら呟いた。
「今年は、晴れたか」
良く通る艶っぽい声が響く。目を疑った、あまりにも哀しい顔をしていたからかも知れない。(まさか、あり得ない)
“そこにいたのは紛れもなく天童美希だった”
しかも、片方小さかった翼は元通りになって、時折パサパサと動かすと銀色のハネが床に落ちる。紫から群青色に変わろうとする空の色がその輝かしさを際だたせていた。
「怖い」
綺麗を通り越してそんなことを思った。
「おい、お前誰だ?」
うっかり口に出してしまった言葉に、彼女はすぐさま反応したものの、気にもとめずに空を見つめ続ける。
「私は、天の歌姫、白銀の天子、ウラノス・・・色んな名前で呼ばれてきたけれど、一番古くて一番長い時を天童美希と呼ばれて過ごしてきたわ」
それは、まるで自分が本人ではないと主張するような口ぶりだった。
「じゃあ、天童家の当主って呼ばれたことは?」
「ある、当たり前よ。今でもそうなんだから」
つまらなそうにため息をつく美希を見て俺は恐る恐る距離を縮めていく。
「へー、ってことはコレは美希への届け物だ」
渡したのは掌くらいの長方形のうすい箱。藍色のそれに銀色のリボンが装飾されている
「誰から?」
「----俺から」
不吉な笑顔を浮かべる親父の頼みを聞いたのはコレが理由だ。
「何故?」
「今日が7月7日だから」
リボンを解きながら彼女は言った
「お前の家には七夕に物を渡す習慣でもあるの?」
冷静な顔、落ち着いた声で悪態をつく美希
「無いよ、偶然今日だっただけだよ」
あけてみるとそれは小さな黒いハネの付いたネックレスだった。
美希は少しだけ嬉しそうに微笑んでから、正気に戻り喋り出す
「烏どもの羽など興味はない」
「あれ?美希は烏天狗達の羽と漆黒の天子の羽との見分けがつかない訳ないよね?」
少々イラついたので挑戦的に返してやると
「当然だ、分かっていてわざとそう言ったんだ」
「ああ、そうですかっ!」
含み笑いをする彼女にやけくそ気味に返す俺。まさか、さっきの口調もわざとでした?
「・・・?。それは何だ?」
まるで、好奇心旺盛な子狐を見ている気がした・・・・・・。
彼女が指さしたのは俺の隣に置いてある風呂敷に包まれた酒瓶だ。
「コレ?」
「そう、それ!」
「親父に持たされた神酒だよ。大吟醸・・・だっけ?」
「よこせ!」「えっ?」
*注*お酒は二十歳になってからですよ、美希様?
「は・や・く・あ・け・ろ!!」
たぶん今、彼女に尻尾が生えていたら左右に大きく振っていただろう。
美希の輝く瞳はまっすぐ俺の手元に向いていた。
(いつもより表情豊かなのは何でですかね・・・)
俺から酒瓶を奪い取って大事そうに抱える美希はさっきの銀髪少女を呼んで杯を用意するように促している。
「酒は駄目なんじゃないか?」
(今日はやけにテンションの上がり下がりが激しいな・・・)
「弔いと祝いの席ぐらいイイじゃん、酒はそのために在ると言っても過言じゃない」
自説によほどの自信があるのか、美希は腕を組みながら力強く首を縦に振っている。
「俺には理解できん」
まあ、いいさ。といって用意された杯に酒を注ぐ美希。
彼女が一杯飲み干す頃にはもう日が落ちていた。遠くで蛙の鳴く声が響く。
「・・・私はこの日が一番嫌いだ」
追憶をたどる様に星空を見上げる美希。その言葉に俺は応える資格は無いと思っている。
そう、今日は7月7日。彼女にとって祝いの日であり弔いの日でもある。
「・・・・ほとんど憶えていないんだが、感覚だけは残っているんだ。今でも時折、悪寒が止まらなくなる」
俺は、独りで肩を抱きながら小さく震える美希の姿を、思い浮かべていた。彼女がどれだけの事を体験したのかは、皆にひた隠しにされてきたから、ほとんど知らない。
「全く、こんな私が家をまとめていて良いものか・・・。こんなに、臆病で弱い私が何故生き残ってしまったのか・・・・」
だから、四年前ここで何があったのかは知らない。だが、彼女の哀しげに嗤う表情を見るとどうしても言葉が出てしまう・・・・・・。
「誰にでも嫌な事くらいあるさ、消してしまいたい記憶もある。でも、そんな中で強く在ろうとする美希は、臆病じゃないと思う」
俺は、空になった杯に酒を注ぎながら、俯いた美希の顔をのぞいていた。
「いや、私はそんな大層なモノじゃない。それからの三年間は皆にとてもいえない事をしてきたんだ---」
陰気な空気に耐えきれなくなった俺はわざと明るい声で言ってやった
「そんなん俺しらねーし、ずっと背負ってると肩こるぞ」
隣の顔を見たくなくてそっぽを向きながら・・・・
「だから時々、誰かに持ってもらえば良いんだ」
「誰かに?」
「ああそうだ、何なら俺が背負ってやる」
「・・・・・」
美希は急に黙ってから数秒・・・。(てか、ふり向きづらいじゃねーかっ!!)
「・・・総真っ」
「なんっ----」
答える前に美希は俺の背中に抱きつきながら静かに涙を流していた。
あんなに強い奴がこんなにも弱い。面白い矛盾だな。
俺はふり向くこともせず、しばらく彼女の泣き顔を見ないよう、碧く輝く天の川を見ていた。
「誕生日おめでとう、美希」
時季が違い申し訳ありません。
初めて番外編を投稿させて頂きました。
なんかいつもと違って、いきなり仲良くなってる二人ですが
気にしないで下さい(泣)
これからも『空に響く歌声』をよろしくお願いします。