第拾肆話 親と子
烏水 京華は神社の姫巫女、正確には25代目の風の姫巫女になる。元々、天兎族の中でも強い力を持つ女性がなるはずなのだが、今期にはそれが現れなかったために烏天狗の彼女が代理を務めている。
本来、風の姫巫女は舞を踊り、祈りをささげる為だけの存在であるが最近はそれだけではない。普段はと言うと親父(現当主)天理 総史郎の意向により、巫女達の統率や神社の警護、時折当主の手伝いや護衛などの仕事をしている。
真面目で明るい性格の彼女は皆に笑顔をふりまき、仕事を完璧にこなす良い人だ。
美希とは違い、特徴のないことが特徴のような顔をしている。(まぁ、可愛い系の美人だけど)
だが、今は美希を嫌悪しながら刀を振り下ろしていた。殺気にも似た張りつめた空気が二人の間を包んでいた。
「まさか、“烏水”が姫巫女を務めるとはなぁ」
美希は不吉な笑顔のまま京華を睨む。力はほぼ互角だが、完全に京華が我を失っていた。
「我が一族を侮辱するか!貴様は!」
とうとう、耐えかねた京華は術を使おうと美希から距離をとった。
「はい、おしまい」
その時、優しい声が響いた。京華は声の主に肩をたたかれ硬直する。美希はそれを見ると安心したように大きなため息をついた。
「遅いぞ、総史郎いままでどこ行ってたんだ?」
まるで、頭の悪い犬の覚えの悪さに呆れている飼い主のような表情で美希は親父に聞いた。
「悪かったね、美希ちゃん、仕事に行ってたんだよ」
優しい性格がよく似合う顔をしていながらその格好は十字架のペンダントをした神主というあり得ない姿をしている天理家当主は残念なことに俺の父親なのである。
「全くだ、お前は部下に来客の知らせも入れないのか?あと、ちゃん付けするな気持ち悪い」
美希がお得意の裏の顔で睨み付けても、親父は笑顔のまま京華の後ろから会話をする。
京華はというと、驚いた表情のまま固まっていた。大丈夫か?あいつ・・・・。
「ごめんごめん、なんか大変な事になっちゃってるね、美希ちゃん」
「だ・か・ら、子供扱いするなぁぁぁぁ!」
吹っ切れたように大声を張り上げる美希に驚いて、京華が正気を取り戻し、親父は物怖じひとつせず笑顔ままで話し続ける。
「・・・昔から、美希ちゃんは責任感が強いんだねぇ感心するよ」
「黙れ、それはそうとこの周りの奴らをどけてくれ」
気が付くと京華と周りの巫女達が刀を美希に向けていた。
「こらこら、お客さんにそんな物騒な物、持ち出さないものだよ、仮にも天理家の巫女なら----その方の身分に合わせてそれ相応の“おもてなし”をしてあげよう」
親父の顔は笑顔のままだが、声は低く深くどす黒い何かが見え隠れしていた。それを聞くと巫女達は武器を次々手放し距離をとったが、警戒は解いていないようだ。
「総真様、参りましょう」俺の一番近くにいた巫女が話しかけてきた。俺はそれを無視して巫女達の主に話しかける。
「まったく、何なんだよ親父、俺はもう家に入って良いの?」
「ああ、いいよ、まったく総真も隅に置けないねぇ」「うっせー、馬鹿神主」
「反抗期か?」ニヤリと笑う親父「・・・チッ、んなわけねーだろが」
「反抗期だな」今度はクスクスとしゃくに障る笑い方をする。
舌打ちと共に身を翻してさっさと歩く俺に巫女が三人ほど美希から守るような配置で付いてきた。それでも、美希の周りには巫女が三人と京華と親父がいる。
さっきのやり取りを横で見ていると嫌な気がして仕方がなかった。
『大丈夫だよな』
そう言い聞かせて俺は長い廊下を歩いていった。
《母様!!父様!!・・・誰か居ないの!ねえ!》
廊下を人形のような少女が走る、後ろには人影が迫っていた。
《母様!・・父様っ!・・・・・》
母親を見つけた小さな少女は希望に眼を輝かせる。
その瞬間、鈍い音と共に母の胸の辺りから光る刃がのぞき、血がにじむ。倒れる母を目の前にして彼女は声もなく泣き叫んだ。そして、母は子と最期に話すことなく息絶える。
母の返り血を浴びた少女は怒り狂ったように目を血走らせ、冷静に生き残った敵を斬り刻んでいく。少女の周りは血の海と化していた。
その青く光る目と無表情さは敵に恐怖を植え付けながら皆殺しにしていく
次第に彼女の背中には白銀の双翼が生え左翼は真っ赤に染まっていった
そこには大量の死体と肉の破片、血の腐ったような匂いの中、少女は月を見上げながら歌い続けていた。一族に伝わる古の唄を断末魔に乗せて・・・・。