第拾参話 天理と巫女
空中散歩はそれ程長い時間では無かった。もともと山を一つ登るだけだし、歩いても慣れている人は10分ほどで着く。
家の神社の特徴でもある七つの鳥居の中でも一番大きい七つ目の鳥居、その前で瑠璃丸は音も立てずに着地した。俺は美希より先に降りると、巫女が並んで出迎えていた。いつもは出迎えなんてしないはずなのに・・・・・。
俺が不思議に思っていると、隣に美希が静かに降りた。すると巫女達は一斉に自分の箒を構えた。
この巫女達は天理家を守るために存在する。どこから派遣されたか知らないが、皆よく働くいい人ばかりだ。いつも、俺に笑顔で話しかける彼女たちが、敵が来たように身構えていた。彼女たちの持つ箒は刀が仕込んである。どんな化け物でも斬れるように細工が施されていて、その刀は彼女たち一人ひとりの力を最大限に使えるようになっているらしい。
天理の巫女は家事を主にしているが、剣術と魔術などに関して一通りの事は学ぶのが基本らしく、もう裏では武装巫女と呼ばれるほどになっている。
俺は小さい頃から巫女達に育てられてきたが、彼女たちが時折見せる濁った目と冷たい口調で話す姿が怖くてたまらなかった。
これが、きっと彼女たちの裏の顔だと知ったのはいつからだったろう・・・・・・。
そんなことを思いながら、俺は鳥居を先にくぐった。巫女達は構えを解き、深々と頭を下げた。
「お帰りなさいませ、総真様」
『様』扱いはよせといったのに・・・。
もどかしい感覚で総真は道の真ん中を歩き始めた。巫女達はまだお辞儀をしている。
いつもより礼儀正しくなっただけで何も変わらないじゃないか・・・。
安心してふり向くと、ちょうど美希が鳥居をくぐろうとした瞬間----
「----貴様、よくもぬけぬけとっ!」
一番鳥居のそばにいた巫女が、恐ろしい形相で美希の首筋に仕込み刀を持ってきていた。
「私が、なにかしたか?」
美希は落ち着いて質問した。明らかに裏の美希になっていた。いつもの鋭い目つきはそのままにうつろな表情で、巫女達を見下ろすような口調で話し始めた。
「総真様をたぶらかして、天理家の勢力も奪うつもりかっ!」
「・・・どこの勢力を私が奪ったのだ?」
笑い混じりに美希は訳の分からない話を続けた。
「そもそも、こいつは一緒に来ただけで私は総史郎に用があるんだが・・・」
「お前の様な汚らわしい者に当主様を会わせられる分けなかろう!」
総史郎ってのは俺の親父の名前だ。用ってなんだ?
巫女達は徐々に美希との間隔を狭めていく・・・全員あの時みたいな濁った目をしていた。美希は面倒くさそうに目をわずかに細めてから一瞬総真の方を視たかと思うとまたしゃべり始めた。
「私は『天童家の当主』だぞ?」「・・・だっ・・・だから何だというのだ、お前のした事は私たち一族でも“最大の汚点”ではないかっ!!」
その言葉を口にした巫女は怒りに我を忘れていたが、周りの巫女達の顔が蒼白になっていくのがはっきり見て取れた。美希が先ほどの時とは違い、明らかに怒っていたのがわかったからなのだろう。
今まで美希の裏の顔を見てきたが、いつもとは全く違っていた。
瞳がほのかに碧く輝き、この世のものとは思えない奇妙さと恐怖感を植え付ける。彼女の周りには風が起き始め、右目を隠していた前髪が舞い上がった。サラサラとした黒髪からのぞいていたその眼は左目と同様に碧く輝いていたが、その瞳孔には紅い線が走っていた。ゾッとしてしまいそうな綺麗な瞳には表情が無く、巫女達を見下していた。
「貴様・・今、言ったな?一族の“最大の汚点”だと」
静かに美希が問うと、恐怖に怯え腰が抜けてしまいそうな巫女が首を静かに縦に振った。
「だれが、教えたかは知らないが、お前はあの場にいたのか?」
「否、私は頭を抱えながら社の隠れ家に身を潜めておりました」
「では何故、貴様は一族のために戦おうとしなかったのか?」
「それは、当主様の命令だったから---」 「・・・そうか」
「では四つ目の質問だ、貴様は私のどこを見て汚点とみる」
「そっ・・・れは」「早く話せ」美希はにこやかな顔でせかすが、眼が笑っていなかった。
すると、俺の後ろで何かの陰が横切った。
「それは、総真様の前でいえないくらい凄惨なモノでした」
刃の交わる音と共に陰が姿を現す。他の巫女とは違う白く朱で飾りの付けられた巫女服、切りそろえられた長い黒髪を後ろにきっちり結い上げている。歳は俺達より少し上くらいだ、その眼は紅く澄んだ色をしていた。典型的な姫巫女と言って良いだろう。とてつもない形相で美希を睨んでいる。
いつもは笑顔の絶えない彼女の、こんな姿は初めてだった。
彼女は美希に刀を振り下ろし、美希がそれに瞬時に反応して、さっき問いつめていた巫女から仕込み刀を取り上げ交戦していた。
「貴様が今の姫巫女か?」身長の低い美希が押され気味になりながら、ニヤリと笑う。
それに対して彼女はしれっとした顔で答えた
「ええ、私は25代目“風の姫巫女”----」
「----烏水 京華。あなたの“汚点”を歴史にほうむるため用意された、当主様の駒です」