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あの日、森で出会ったあなたを忘れられない

作者: 日御碕 出雲
掲載日:2026/09/28

【第19作目】18作目を考えている最中に同じ登場人物で違う話を思い浮かんでしまったのでルートBとして投下します。


--------------

メルヴィル伯爵家の次女、ソフィア・メルヴィルには秘密があった。


それは淑女らしからぬ趣味。

冒険である。


「私は今日こそ運命の出会いをするのよ!」


そう宣言しながら屋敷の塀を乗り越える姿は、とても伯爵令嬢とは思えなかった。

もっとも、それを知った父メルヴィル伯爵は悲鳴を上げる。

愛娘が危険な目に遭うなど考えられないからだ。


その結果、彼は腕利きの隠密護衛三人で娘を影から守らせている。

老紳士ゼロ、剣士リン、魔導士ロック。

ただしソフィア本人はその事実を知らない。


もちろん今日も知らないままだ。

「依頼達成率100%の女剣士ソフィア様にお任せなさい!」


胸を張る彼女の後ろで、銀狼リュートが呆れたように耳を伏せる。

実際のところ、その100%は護衛たちの血と汗の結晶だった。

罠はロックが解除し、危険な魔獣はリンが間引き、ゼロが気づかれないよう援護する。


だが本人は大真面目だ。

「私って才能あるのかも!」

そう言いながらD級まで昇格してしまった。

冒険者ギルドでも有名人である。


一方で銀狼リュートは変わらない。

いつも隣で歩き、いつも彼女を見守る。

誰より近く。

誰より静かに。


彼女が憧れているのは英雄譚に出てくるような強くて格好いい男性だ。

「いつか素敵な人と出会うわ」

そう言うたびに、リュートは少しだけ呆れ顔をするのだった。


◇ ◇ ◇

そんなある日。

森で薬草採取の依頼を受けていた時のことだった。

突然、大地を揺らす咆哮が響く。

グオオオオオオッ!


現れたのはグレートベア。

しかも三頭。


本来なら駆け出し冒険者が出会えば死を覚悟する魔獣だった。

護衛たちは別方向で大発生した熊の群れに対応している。

予想外の出来事で護衛が間に合わない。


「うそでしょ……」

ソフィアの顔が青ざめた。


それでも逃げずに剣を抜く。

リュートも飛び出した。


一頭目との戦いは辛くも勝利した。

しかし代償は大きい。

ソフィアの腕は震え、呼吸も荒い。

リュートも傷だらけだった。


残る二頭。

絶望的だった。


リュートが再び飛びかかる。

だが巨大な腕に叩き飛ばされた。

木へ激突し動かなくなる。


「リュート!」

ソフィアの悲鳴が響く。


二頭の熊が迫る。

死が目前まで近づいたその瞬間。


周囲が白い霧に包まれた。

そして霧の中から一人の男が現れた。


銀色の髪。

鍛え上げられた肉体。

透き通るような蒼い瞳。


まるで物語から抜け出してきたような男だった。

彼は何も言わない。

ただ前へ出る。


次の瞬間。

拳一つでグレートベアが吹き飛んだ。

ソフィアは目を疑った。

もう一頭も容易く叩き伏せる。

圧倒的だった。


まるで嵐のような戦い。

わずかな時間で戦闘は終わった。

やっとのことで駆けつけたリンも言葉を失う。

男は勝利すると静かに振り返った。

そして一言も発せず去っていく。


霧の向こうへ。

消えていく背中。


その姿を見つめながらソフィアの心臓は激しく脈打っていた。

恋だった。

理想そのものだった。


翌日からソフィアは彼を探し始めた。

依頼を受けながら森を巡る。

酒場で聞き込みもした。

しかし誰も知らない。

まるで幻だった。


ある日、ギルドでA級剣士アーネストとして活動している人物と話す機会があった。

若くして急速に頭角を現した実力者だ。


容姿も整っている。

世の女性なら憧れる存在だろう。

だがソフィアの心は既に銀髪の男で埋まっていた。


「銀髪の男を探してる?」

「ああ!」


アーネストは黙って全ての話を聞いた。

そして足元のリュートへ視線を向け優しく頭を撫でる。


「私の予測に間違いなければ探さない方がいい」

「どうして?」


「会わない方がお互い幸せなこともある」

ソフィアは意味が分からなかった。


だがアーネストはそれ以上語らない。

去り際に彼はこう言った。

「もしその男がお前を助けたかっただけなら、それで十分なんじゃないか」

アーネストに撫でられリュートは静かに目を伏せた。


◇ ◇ ◇

季節が流れる。

それでもソフィアは諦めなかった。


夜営の焚火を見つめながら、ふとリュートへ話しかける。

「ねぇ、初めて会った日を覚えてる?」

リュートの耳がぴくりと動く。

「もうずいぶん前よね」

ソフィアは笑った。


だがそれ以上は語らない。


思い出話の一つでしかなかった。

彼女にとっては。

リュートにとっては違った。

かけがえのない宝物だった。


やがてソフィアはD級冒険者として名を広めていく。

だが彼女は知らない。

自分の成功が誰かの努力の上に成り立っていることも。


誰かが命を削るほどの想いで見守っていることも。

知らないまま時は流れていった。



◇ ◇ ◇

運命は迷宮の深部で牙を剥いた。


黒き魔竜。

本来なら上級冒険者でも撤退を選ぶ災厄だった。


護衛の3人もさすがに隠れているわけにもいかない状況だった。

ゼロとロックが注意を引き付け

リンはソフィアのそばにいた。


だが力の差は絶望的。


護衛の二人がやられ

最後の護衛となったリンも吹き飛ばされてしまう。

ソフィアも剣を折られた。


魔竜の巨大な爪が振り上がる。

死。

その文字が脳裏をよぎった。


その時だった。


銀色の影が前へ出た。

リュートだった。

傷だらけの身体で立ち塞がる。


「逃げて!」

ソフィアが叫ぶ。


だがリュートは動かなかった。

静かに彼女を見る。

優しい目だった。


最初に出会った日と同じ。

その瞬間。


リュートの脳裏に過去が蘇る。

血だらけだった。

森の奥で倒れ、死を待っていた。

強敵に襲われた傷。

逃げ続けた末の限界。

意識も霞んでいた。


その時。

一人の少女が現れた。

「ひどい……」

震える声だった。

恐怖もあったはずだ。


それでも逃げなかった。

服を裂いて傷を縛る。

必死に身体を引きずる。

泣きそうな顔で何度も声をかける。


「死なないで」

「お願いだから」


屋敷に連れ帰り、何日も看病してくれた。

そして目を覚ました時。

少女は涙を浮かべて笑った。

「良かった。生きてくれた」


その笑顔を忘れたことはない。

一度も。

だから決めたのだ。

この命は彼女のために使うと。


額の三日月の痣が真紅に染まる。


最後の人化。

もう二度と戻れない。

それでも良かった。


彼女が生きるなら。

霧が立ち込め白銀の光が溢れた。

狼の身体が人へと変わる。


銀髪。

蒼い瞳。

鍛え上げられた肉体。


ソフィアがずっと探していた男だった。

「え……」


剣先の無い剣が手から滑り落ちる。

思考が止まる。

信じられない。

だが分かってしまった。


英雄とリュートの瞳が同じことに。

自分を見る時の優しさが同じことに。


あの日。

助けてくれた男。

ずっと隣にいた狼。

全て同じ存在だったのだと。


そして気づく。

自分が愛していたのは銀髪の英雄ではない。

いつも隣にいたリュートだったのだと。


リュートは魔竜へ向かった。

命を燃やしながら戦う。

何度も殴られた。

何度も立ち上がった。

ソフィアを守るためだけに。


最後の一撃。


全ての生命力を込めた拳が魔竜の頭を砕いた。

魔竜は崩れ落ちる。

勝利だった。

だがリュートも膝をついた。


体が次第に光の粒になり始める。

生命が尽きようとしていた。


「リュート!」

ソフィアが抱き留める。


初めて抱いた人の姿のリュート。

温かかった。

そしてあまりにも儚かった。


「どうして……」

涙が止まらない。


「どうして黙ってたの……」

リュートは少し困ったように笑った。


「ご主人…無事…良かった…」

「そんなの嫌!」


ソフィアは首を振る。

必死に。

子供のように。

「私はずっと探してたの!」

胸が苦しい。

痛いほど苦しい。

「会いたかった……!」

震える声で続ける。

「好きだった!」

リュートの瞳が揺れる。

「初めて会った日からじゃない!」

「助けてもらった日からでもない!」


涙が溢れる。

「ずっと一緒にいたから!」

「あなたが隣にいてくれたから!」

「私はあなたを好きになったの!」


ようやく気づいた想い。

ようやく辿り着いた恋。


だが遅すぎた。

リュートは泣きそうな顔で微笑む。


そんな顔を初めて見た。

「…ご主人…」

震える手が彼女の髪に触れる。

昔から何度も感じた感触。


ただ今だけは人の手だった。

「…幸せ…」

光が崩れていく。

身体が薄れていく。


ソフィアは必死に抱き締めた。

「いや……!」


「消えないで!」

「お願い!」

叫ぶ。

泣く。

縋る。

それでも時間は止まらない。


リュートは最後に額を彼女へ寄せた。

そして囁く。

「愛しています」


世界で一番欲しかった言葉。

けれど永遠に失う瞬間だった。

「ソフィ…」


ソフィアが叫ぶ。

「来世でも絶対に私を見つけなさい!」

リュートは笑った。

初めて見るほど幸せそうな笑顔だった。

光になる。

「はい…」


その一言を最後に。

リュートは風へ溶けた。


数年後。

ソフィアは本物の実力を持つ冒険者になっていた。

もう誰の力も借りない。

自ら戦い。

自ら道を切り開く。


それでも。

彼女の胸には今も一つの恋が残っている。

誰にも譲れない恋だった。


春の日。

最初に出会った森の丘へ立つ。

首には古びた首輪。

彼の形見。

「ねぇ、リュート」

風が吹く。


懐かしい風だった。

銀色の毛並みを思い出させる優しい風。


ソフィアは空を見上げる。

少しだけ微笑む。

「今度は私が見つけるから」

涙はもう流れなかった。

「だから迷子にならないでね」


風がそっと頬を撫でる。

遠くで狼の遠吠えが聞こえた気がした。

まるで返事のようだった。

彼女は静かに歩き出す。


いつか再び巡り会うその日を信じて。

最初からずっと隣にいた、たった一人の運命の人を胸に抱きながら。

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第18作目「依頼達成率100%の天才令嬢は今日も勘違いする」

第19作目「あの日、森で出会ったあなたを忘れられない」

どちらも、よくある話なのですが、私のモットー、短編・会話調・隙間時間でサラッと読めるものとして構成するのに苦労しました。


もしよければ、以前書いた作品も読んでみてください。ほぼ5分以内に読めます(ギャグものが多いですが)

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