いきなり結婚ってどういう事なのさ
エルガーベラス領から帝都ノストルムまでは三ヶ月程掛かる。またその道程は340年前の救世主ア=ステラの辿った道程を辿る為少しばかり険しい道なりとなる。と言っても、護衛として三千もの軍勢を引き連れて行くので特に問題は無いだろう。目下1番の問題とすれば、これだろう。
「正気ですか、ユークリウス様」
三泊目、僅かな蝋燭の明かりの灯るテントの中、ユリアンの父親であるユークリウスと話している。
「そんなにうちの娘が気に入らないのか?」
そう、皇帝の一家となるエル・ガーベラス家と大貴族ユスティオン家。この混迷となる時代を確実に生き残る為に家同士の関係を固く繋ごうという提案である。
つまり、私とユリアンの政略結婚だ。
「そう言う訳ではないのです。ただ、ユリアンがそれを望むのか、私は怖いんですよ」
葡萄酒の揺れる水面を眺めながら彼は昔を懐かしむように言った。
「望もうと望んでまいと、何処ぞと知らぬ者と結婚するよりかは幾分かマシだろう。そうとしか生きれるのであれば、な」
「それは、私の母様の事ですか」
「君の想像に任せるよ」
その晩は彼の飲み残した葡萄酒を飲んでから眠った。あまり眠れなかった。
翌日、自分の馬車に彼女を招いてくだんの件について語る事にした。
「こんな事になってしまって申し訳ないとは思ってる」
彼女の顔を見る事は出来なかった。当然だ、結婚すると言う事は彼女の遠征団員になると言う夢を打ち砕くという事であり、そしてその結婚相手が私なんだから。
「やめてね、思っても無い事言うの。だって私の結婚の原因が貴方って訳ではないんだからさ」
「でも私の存在がユリアンの夢を損なったのは確かだ。例えこの結婚の原因が私になくても、そこは変わらないでしょ。だから、私は……」
彼女の両手が私の頬に触れる。反らせないくらい近くにある瞳が今は怖い。
「だからやめてね、私は、思いたくないよ。貴方を恨みたくはない。それにこれは天罰だと思うんだ。私は貴方に自分の欲望を託そうとしたから罰が当たって、こんな役割を与えられた」
狭い場所だからだろう、少し暗い。でも彼女の顔がはっきりと見える。その上で言えるが、多分彼女は私の存在を疎ましく思ってしまっている。だってその顔は、その眉を落とした申し訳なさげな顔はそう言う意味だろう。何年も一緒だからわかってしまう。彼女は私の存在のせいで夢を叶えられなくて、それで私を恨んでしまう自分を軽蔑しつつ、私に対して申し訳なさを感じているからそんな顔をするんだ。
「……もし、私の存在がユリアンを損なう事に耐えられなくなったら、私を振ってくれて構わない、いつでも。それだけは胸に留めておいてくれ」
「それは卑怯だ。皇帝との離婚なんて大変な事をすれば一族の名誉に傷が付いてしまう。卑怯なんだ、貴方は罪悪感から逃れようとしている。だからそんなの忘れてよ、貴方の為に」
そんなのできっこない。だってどう語ろうと全ては詭弁だ。ユリアンの夢を打ち砕いた事は変わらない、絶対に、どうしても。
「ならどうすればいいのさ、私はこの悶々とした感覚を抱え続けたくはないよ」
「仕方なかったんだ、きっと。貴方の言ったように、これが私の、役割ってやつだと思うから」
私には彼女の頬を拭いてやる事は出来なかった。それは多分、私が彼女と結婚をして、彼女を幸せにできる自信がなかったからだと思う。その日はもう何も喋らなかった。
翌日、この大名行列のようなものがフィレンポリスという名の街に着いた。
「皇帝陛下、観光でも如何ですか?」
私にそう提案したのは政務院から派遣された少し背の高い黒髪短髪の何処にでもいそうな中年、政務官ラスアジィンニコであった。
「そうだね、それもいいかもしれません。是非」
私は彼と彼の護衛数十名にエスコートされて中心街に繰り出した。フィレンポリスはエルガーベラス領と違って帝都ノストルムに近いので帝都風の建築が多く見られる。例えばあの巨大な水道橋や公衆浴場、あれは帝都から齎された水の芸術である。
「それにしても新皇帝はお可愛いらしい方だ」
ラスアジィンニコフは私の服とか顔とかを一瞥した後にそう言った。悪い気はしないけれど、どこか皮肉を言われている気がする。
「もしこの服で皇帝になろうと言ったならば、政務官様はお笑いになりますか?」
「皇帝の行動の善悪とは皇帝の功績によって決まります。貴方の治世が素晴らしきものであれば、私を含め誰も貴方を笑えない筈です」
「まぁもっとも、本当に貴方がそうしようとそうしまいと、私を含めて政務院のする事は変わりませんけれど。所詮政務院など皇帝の奴隷に過ぎませんから」
奴隷、その響きからこき使わされる存在のように思えるが、それは半分正解で半分間違いである。それこそ田舎の奴隷は過酷なものだが、都市部の、特に帝都等の家内奴隷は一般人より優遇されている事もある。何故なら都市部の奴隷と言うのは安い買い物ではなく、丁重に扱わないと元を取れないのだから。
つまりこの政務院は皇帝の奴隷という表現は、転生前の世界の表現に直せば政務院は皇帝のビジネスパートナーという意味であり、決してこき使っていいですよなんて解釈をしてはいけない。
「すいません、すいません」
道路脇で蹲っている目に包帯をしている老人がすいませんと言いながら皿を揺らす。乞食という奴だ。
「気にする事はありませんでしょう」
貴族と平民は交わらない。魔法という存在が作り出した壁はあまりに大きく、ラスアジィンニコフがその乞食に向ける目はおおよそ人に向ける目ではなく、まるで犬とか、それこそ虫に向けるような眼差しだった。
「眼が見えていないのですね、ご老人」
私はその老人に近づき、そして彼の目を包帯越しに触ってこう唱えた。
「星の癒し(エル・サルース)」
エル、魔法における最上級でありエルの付く魔法を使えたのは魔法の開祖である救世主ア=ステラやその使徒だけだったとされる。つまり私が思うに、救世主とされるア=ステラは私と同じような、異世界転生者なのかもしれない。この魔法は目の構造を知らないと使えないのだから。
「……ああ、これは!これは!!」
老人は掠れた声を上げ震える手で包帯を取った。
「見えるでしょう?」
「えぇ、貴方は見えまする。貴方は、貴方は一体……」
これでこの老人も奴隷くらいにはなれるようになっただろう。良い事をした、とは思えないけれど、それでもこの老人が最低限生きて行く上で必要な事はできたと思う、きっと。
「そろそろ戻りましょう、ラスアジィンニコフ」
「……なるほど、これは」
彼は少し考え込んだ後、私にこう言った。
「本当に面白いお方だ」
彼の考えている事はわからない。でもきっと碌な事じゃないとは思う。
今回のラスアジィンニコフはあの大英雄の要素が少し入ってます。




