第3話:瓦礫の道と七色の光
5分ほど進むと、通路の先に小さな部屋が見えてきた。
部屋の入口で立ち止まり、中の様子を窺う。松明の明かりは届かないが、不思議なことに、部屋の中はほのかに光っていた。
「何か光ってますね」
「ああ。魔法的な何かがあるのかもしれない」
慎重に部屋に足を踏み入れる。そこは、先ほどの休憩場所よりもさらに小さな空間だった。
部屋の中央には古びた石の台座があり、その上に小さな宝箱が置かれている。そして、その宝箱自体が、淡い光を放っていた。
「宝箱……」
「罠の可能性もありますね」
美琴が杖を前に突き出し、探知魔法を発動させる。青白い光が部屋全体を包み込み、しばらくしてから収束した。
「どう?」
「魔法的な罠は感じません。でも……」
「でも?」
「この宝箱自体から、すごく強い魔力を感じます。中に入っているものが、相当な代物みたいです」
悠真は慎重に宝箱に近づく。装飾は施されていない、シンプルな木製の箱だ。ただし、その表面には経年劣化が見られない。まるで、時間が止まっているかのようだった。
「開けてみるか」
「気をつけてください」
剣の切っ先で、そっと蓋を持ち上げる。カチッという小さな音と共に、蓋が開いた。
瞬間、眩い七色の光が部屋中に広がった。
「うわっ!」
あまりの眩しさに、二人は思わず目を覆った。しかし、光はすぐに収まり、再び薄暗い部屋に戻る。
恐る恐る宝箱の中を覗き込むと、そこには丸いスキルストーンが収められていた。
「これは……」
通常のスキルストーンとは明らかに違う。まず大きさが違う。普通のスキルストーンが2~3センチ程度なのに対し、これは5センチはある。そして何より、その輝きが尋常ではなかった。
七色の光が、ストーンの内部で渦を巻いている。まるで、オーロラを閉じ込めたかのような美しさだ。
「すごい……こんなきれいなスキルストーン、初めて見ました」
「俺も初めてだ。これ、相当レアなんじゃないか?」
「鑑定してみます」
美琴が鑑定スキルを発動させる。通常なら、スキルストーンの種類や効果が、彼女の脳内に文字情報として浮かび上がるはずだ。
しかし――
「……だめです」
「鑑定できない?」
「はい。レベルが足りないのか、特殊すぎるのか……何も情報が出てきません」
「そうか……」
悠真は少し考えてから、決断を下した。
「とりあえず持って帰ろう。協会の上級鑑定士なら、何か分かるかもしれない」
「そうですね。でも、すごく貴重そうです。大切に扱わないと」
悠真は慎重にスキルストーンを手に取った。ずっしりとした重みが、その価値を物語っているようだった。ストーンをハンカチに包み、ズボンのポケットにしまい込む。
「さて、そろそろ戻ろうか」
「はい。今日は本当に大収穫でしたね」
二人が部屋を出ようと振り返った、その時だった。
ゴゴゴゴ……
地鳴りのような音が、足元から響いてきた。
「な、なんですか!?」
部屋全体が激しく揺れ始める。天井からは石の破片が降り注ぎ、壁には亀裂が走り始めた。
「まずい、崩れるぞ! 走れ!」
悠真は美琴の手を掴み、通路へと飛び出した。背後では轟音と共に、部屋が崩壊していく。
狭い通路を必死に駆け抜ける。頭上からは絶え間なく瓦礫が降り注ぎ、足元も不安定だ。
「きゃあ!」
美琴がつまずきそうになるのを、悠真が支える。
「大丈夫か!?」
「は、はい!」
やっとの思いで昼食を取った部屋まで戻ってきた時、二人とも肩で息をしていた。しかし、安堵したのも束の間だった。
「グオォォォ!」
獣の咆哮が、部屋中に響き渡った。
入口を塞ぐように、巨大な影が立ちはだかっている。牛の頭を持つ筋骨隆々の巨体。手には人の背丈ほどもある巨大な戦斧。
ミノタウロス――通常なら20階層以下にしか出現しないはずの強力なモンスターだった。
「なんでこんなところに!?」
悠真の驚きも当然だった。ミノタウロスは、上級探索者でも苦戦する強敵だ。それが10階層に現れるなど、前代未聞だった。
「逃げ道が……」
美琴の言う通り、ミノタウロスは唯一の出入り口を完全に塞いでいる。逃げることはできない。
「戦うしかない。美琴、全力でサポートを頼む!」
「分かりました!」
悠真は剣を構え、ミノタウロスと対峙した。
◇ ◇ ◇
先手を取ったのはミノタウロスだった。
巨大な戦斧が、空気を切り裂いて振り下ろされる。悠真は横っ飛びに回避したが、斧が床に激突した衝撃で、石畳が粉々に砕け散った。
「なんて威力だ……」
正面から受け止めることは不可能。回避に徹しながら、隙を窺うしかない。
「悠真さん、援護します! 炎よ、渦を巻け――ファイアストーム!」
美琴の放った炎の渦が、ミノタウロスを包み込む。しかし、厚い体毛に阻まれ、大したダメージを与えられない。それどころか、炎に怒り狂ったミノタウロスは、さらに激しく斧を振り回し始めた。
「グルァ!」
横薙ぎの一撃が、悠真の剣を直撃する。
ガキィン!
耳をつんざくような金属音と共に、信じられないことが起きた。3年間、数々の戦闘を共にしてきた愛剣が、真っ二つに折れたのだ。
「しまった!」
折れた剣の上半分が、床に転がる。手に残ったのは、もはや剣とは呼べない、ただの金属片だった。
「悠真さん!」
美琴の悲鳴のような声が響く。武器を失った悠真に、ミノタウロスが追い打ちをかけてきた。
巨大な拳が振り下ろされる。悠真は辛うじて後ろに飛び退いたが、完全に劣勢だった。
「くそ、このままじゃ……」
腰の短剣を抜こうとするが、あまりにも心もとない。ミノタウロスの厚い皮膚を貫くには、威力が足りなさすぎる。
「雷よ、裁きを下せ――ライトニングボルト!」
美琴が必死に魔法を放つ。雷撃がミノタウロスに命中するが、一瞬怯んだだけで、すぐに体勢を立て直してしまう。
「美琴、下がれ!」
悠真は美琴を庇うように立ちはだかる。しかし、武器もない状態で、どうやってこの強敵から彼女を守れというのか。
退路を探るが、ミノタウロスは通路を完全に塞いでいる。部屋の奥は行き止まり。完全に追い詰められていた。
◇ ◇ ◇
絶体絶命の状況の中、悠真のポケットで何かが熱を帯びているのを感じた。
――スキルストーンだ。
先ほど手に入れたばかりの、七色に輝くスキルストーン。それが、まるで何かを訴えるかのように熱を発している。
「何でもいい、力をくれ!」
藁にもすがる思いで、悠真はスキルストーンを握りしめた。
瞬間、七色の光が悠真の全身を包み込む。
眩い光に包まれながら、悠真は体の奥底から湧き上がってくる不思議な感覚を覚えた。まるで、今まで眠っていた何かが目覚めたような、そんな感じだ。
次の瞬間、光が収まり、悠真は再び元の部屋に立っていた。
体の奥底から、今までに感じたことのない力が湧き上がってくる。同時に、脳内に新たな情報が流れ込んできた。
『スキル【無限複製】を習得しました』
「無限複製……?」
スキルの詳細はまだよく分からない。しかし、名前から察するに、何かを複製する能力らしい。
ミノタウロスが再び斧を振り上げる。もう考えている時間はない。
その瞬間、悠真の脳裏に一つのアイデアが浮かんだ。
手に残った折れた剣。柄と、わずかに残った刃の部分。もはや剣とは呼べないが、投擲するには十分な重さがある。
「これでどうだ!」
悠真は折れた剣の残骸を、槍投げの要領で構えた。柄の部分をしっかりと握り、渾身の力を込めて投擲した。
狙いは正確だった。剣の残骸は一直線にミノタウロスの右目に向かって飛んでいく。そして――
ズブリ。
鈍い音と共に、折れた刃の先端がミノタウロスの右目に深々と突き刺さった。
「グギャアアア!」
ミノタウロスが激痛に悶え苦しむ。巨大な手で目を押さえ、でたらめに斧を振り回す。
「今だ! 美琴、走るぞ!」
「は、はい!」
悠真は美琴の手を掴み、ミノタウロスの横をすり抜けた。通路に飛び出し、全速力で走り始める。
背後からは、怒り狂ったミノタウロスの咆哮が響いていた。重い足音が追ってくる。しかし、片目を失ったミノタウロスの動きは、明らかに精彩を欠いていた。
「ハァ、ハァ……」
美琴が肩で息をしている。
「大丈夫か、美琴?」
「は、はい……なんとか……」
曲がり角を幾つも曲がり、階段を駆け上がる。ミノタウロスの足音は次第に遠ざかっていったが、二人は走るのを止めなかった。
いつの間にか、見覚えのある通路に出ていた。転送地点まで、あと少しだ。
「あそこです! 転送ゲート!」
美琴が指差す先に、青白い光が見えてきた。二人は最後の力を振り絞って駆け抜け、躊躇なく光の中に飛び込んだ。




