第27話:秘密を分かち合う時
激しい戦闘の興奮が冷めやらぬ中、紗夜は自分の愛剣に視線を落とし、息を呑んだ。刀身の中ほどに、蜘蛛の巣のような亀裂が走っている。キマイラとの激戦で何度も攻撃を受け止め、限界を超えた負荷が剣に蓄積していたのだろう。
「この剣も、もう限界か……」
この剣は、探索者になってからずっと苦楽を共にしてきた相棒だった。千夏の治療費を稼ぐために、なけなしの金をはたいて購入した、自分にとっては分不相応な一品。その剣が、もはや戦いの道具としての役目を終えようとしていた。
その様子に気づいた悠真が言った。
「中級階層のボス相手じゃ、その剣じゃもう持たないな。次は21階層、いよいよ上級階層だ。俺たちも装備を見直した方がいいだろう」
彼の言葉は事実だった。21階層からは、出現するモンスターの強さが格段に上がる。装備の性能が、生死を分けることも珍しくない世界だ。
紗夜は亀裂の入った剣を見つめながら、決意を新たにした。
「そうですね。最近は収入も増えてますし、思い切って上級階層用の装備を揃えます」
確かに、ここ一ヶ月ほどの収入は、以前とは比べ物にならないほど増えていた。Cランクの魔石が面白いように手に入り、時には高値で売れるレア素材がドロップすることもあった。千夏の治療費を確保しつつ、新しい装備に投資する余裕も生まれていた。
紗夜の収入が増えているのは、悠真と美琴が摂取している「運の種」の効果で、悠真と美琴のレアドロップ率が異常に高くなり、その戦利品を三人で均等に分配しているからだ。結果的に、紗夜も高額なレアアイテムを頻繁に手にすることができているのだった。
「よし、決まりだ。次の探索の前に、三人で秋葉原の協会本店に行こう。上級階層にふさわしい、最高の装備を揃えるぞ!」
悠真の力強い宣言に、紗夜の顔に期待の表情が浮かんだ。愛剣との別れは寂しいが、それ以上に、次なる目標への希望と、仲間と共に強くなれることへの喜びが、胸の奥から湧き上がってくるのを感じていた。
◇ ◇ ◇
キマイラが完全に消滅した後、その場には多数のドロップアイテムが出現した。Bランクの魔石が一つ、Cランクの魔石が三つ。そして、ライオンの鬣、山羊の角、蛇の毒袋など、キマイラを構成していたそれぞれの部位が素材として残されている。これだけでも相当な稼ぎになるだろう。
だが、その中に一つ、ひときわ異彩を放つアイテムがあった。大量の素材に紛れるようにして落ちている、古びた革製の袋。何の変哲もないように見えるが、そこだけ時間の流れが違うかのような、不思議な存在感を放っていた。
「悠真さん、あれは……」
美琴がそれに気づき、鑑定スキルを発動させた。彼女の脳内に、アイテムの情報が流れ込んでくる。
「間違いありません。『マジックバッグ』です」
その言葉に、悠真と美琴は顔を見合わせた。やはり、という思いがお互いの表情に浮かぶ。
(やっぱり『運の種』の効果は絶大だな)
ボスモンスターからの超レアアイテムのドロップ。もはや偶然で片付けられる確率ではない。この幸運が、種シリーズによってもたらされたものであることを、二人は改めて確信した。
「マジックバッグ!? 本物ですか!?」
紗夜が興奮した声を上げた。彼女はドロップアイテムに駆け寄り、革袋を慎重に拾い上げる。
「すごいです……! 市場にはまず出回らない幻のアイテムですよ! これ一つあれば、どんなに重い素材でも軽々と持ち帰れます。探索者なら誰もが喉から手が出るほど欲しがる代物です!」
その価値と希少性を、紗夜は熱っぽく語った。マジックバッグは、内部が異次元空間に繋がっており、見た目以上の収納力を持つ魔法の道具だ。しかも、中に入れたものは時間の流れが停止するため、食料や薬品の保存にも適している。
しかし、問題があった。マジックバッグは一つしかない。
悠真と美琴は、いつも大量の素材でリュックをパンパンにしている紗夜に使ってほしい、と直感的に思った。彼女の機動力をさらに高めることにも繋がるだろう。だが同時に、自分たちも欲しいという気持ちを完全に捨て去ることはできなかった。これがあれば、探索がどれほど快適になることか。
三人の間に、微妙な沈黙が流れた。誰もが口に出さずとも、同じことを考えていた。
その沈黙を破ったのは、悠真の呟きだった。
「全員分あれば、悩まなくていいのにな」
その言葉は、誰に言うでもなく、広間の空気に溶けて消えるはずだった。しかし、その呟きを聞いた美琴は、はっとしたように顔を上げた。悠真の意図を正確に読み取り、力強く頷いてみせた。
悠真は、そんな美琴の反応を確認すると、紗夜に真剣な表情で向き直った。その瞳には、先ほどまでの戦闘の余韻とは全く異なる、静かで重い光が宿っていた。
「紗夜、これから話すことは、絶対に誰にも言わないと約束できるか?」
そのただならぬ雰囲気に、紗夜は戸惑った。
「え……?」
「俺たちの、そして紗夜の今後に関わる、重大な秘密なんだ」
悠真の声は低く、真剣だった。美琴もまた、固い表情で紗夜を見つめている。二人の間に流れる張り詰めた空気に、紗夜はごくりと唾を飲み込んだ。何が語られるのか、全く見当もつかない。しかし、これまでの探索で築き上げてきた信頼関係と、命を救われた恩義が、彼女に迷いを許さなかった。
「もちろんです。お二人は私の命の恩人ですから。どんな話であろうと、口外するようなことは絶対にしません」
紗夜は、二人の目を真っ直ぐに見つめ返し、力強く答えた。その声に、一切の揺らぎはなかった。




