モブ令嬢だと思っていたら、実は隠しキャラでした
◇転生と絶望
私の名前はエミリア・ノースフィールド。男爵家の三女で、今年で十六歳になる。
そして、私は前世の記憶を持っている。
前世では、某有名乙女ゲーム『ロイヤル・ハート・アカデミー』を何周もプレイしていたOLだった。このゲームは攻略対象の王子様たちがとにかくイケメンで、ヒロインのリリアナが羨ましくて仕方なかった。
でも、まさか自分がそのゲームの世界に転生するなんて思わなかった。
しかも、よりにもよってモブキャラに。
「はあ……」
私は鏡の前でため息をついた。映っているのは、茶色い髪に茶色い目の、どこにでもいそうな平凡な顔。ゲーム中では背景にすら映らない、ただの木以下の本当のモブ令嬢だった。
今日は王立アカデミーの入学式。つまり、ゲームのストーリーが始まる日だ。
「エミリア様、お支度の時間ですよ」
メイドのアンナが部屋に入ってきた。彼女も、ゲームには登場しない完全なオリジナルキャラクターだ。
「ありがとう、アンナ」
私は制服に着替えながら、これからの学園生活について考えた。
ゲームの知識があるから、どの王子がいつ、どんなイベントを起こすかは全部知っている。でも、モブキャラの私には関係ない話だ。
きっと三年間、背景として過ごして、そのまま卒業していくんだろう。
そう思っていた、あの時までは。
◇運命の出会い(?)
王立アカデミーは想像以上に豪華だった。
ゲーム画面で見ていた校舎が、実際に目の前にあることに軽く感動しながら、私は入学式の会場へ向かった。
「うわあ、すごい人……」
会場は新入生でごった返していた。その中でも、ひときわ目立つ集団がある。
攻略対象の王子様たちだ。
第一王子アレクサンダー様、第二王子セバスチャン様、第三王子リオン様。そして隣国の王子エドワード様。
みんな、ゲームで見た通りイケメンだった。
「きゃー、アレクサンダー様よ!」
「セバスチャン様、素敵……」
周りの令嬢たちが黄色い声を上げている。
私もつい見とれてしまったが、すぐに我に返った。
(私には関係ない世界だ)
そう思って、なるべく目立たない席に座ろうとした時だった。
「おい君、そこの茶髪の令嬢」
突然、声をかけられた。
振り返ると、第二王子セバスチャン様がこちらを見ていた。
え?私?
周りを見回したが、この辺りで茶髪なのは私だけだった。
「あ、あの……私でしょうか?」
「そうだ。君の名前は?」
セバスチャン様が近づいてくる。周りの令嬢たちの視線が痛い。
「エ、エミリア・ノースフィールドです」
「ノースフィールド……」
セバスチャン様が何か考え込むような表情をした。
「そうか。よろしく頼む、エミリア」
え?何この展開?
ゲームにこんなシーンあったっけ?
私が混乱していると、セバスチャン様はさっさと自分の席に戻ってしまった。
残されたのは、周りの令嬢たちの嫉妬と好奇の視線だけ。
(やばい……完全に目立ってしまった……)
これは予想外の展開だった。
◇謎の人気
その後の学園生活は、予想とは全く違うものになった。
まず、セバスチャン様に声をかけられたことで、私は一躍有名人になってしまった。
「エミリア様って、どちらの令嬢なの?」
「男爵家の三女らしいわよ」
「え?たった男爵家?」
廊下を歩いていると、そんな声が聞こえてくる。
でも、なぜか悪い意味での注目ではなかった。
むしろ、みんな私に興味深々で近づいてくる。
「エミリア様、今度お茶会にいらっしゃいませんか?」
「私たちと一緒にお昼を食べませんか?」
これは明らかにおかしい。
ゲーム知識によると、男爵家の三女なんて、せいぜい伯爵家の令嬢たちに使いっ走りをさせられる程度の立場のはずだ。
それなのに、公爵家の令嬢まで私に愛想よく話しかけてくる。
(一体なぜ……?)
その答えは、意外なところで明かされた。
「エミリア様」
図書館で一人勉強していると、聞き覚えのある声がした。
振り返ると、ヒロインのリリアナが立っていた。
金髪碧眼の美少女で、見た目は完全にゲーム通り。でも、その表情は少し困ったような感じだった。
「あの、お時間よろしいでしょうか?」
「あ、はい……」
私たちは図書館の奥の人目につかない場所に移動した。
「実は、エミリア様にお聞きしたいことがあるんです」
「何でしょうか?」
「エミリア様は……もしかして、『異世界の記憶』をお持ちではないですか?」
「!!!」
私は思わず声を上げそうになった。
リリアナも転生者?
「や、やっぱり……」
リリアナがほっとしたような表情をした。
「私も同じなんです。前世で『ロイヤル・ハート・アカデミー』というゲームをプレイしていて……」
「ま、まさか……」
「はい。私、ヒロインのリリアナに転生してしまったんです」
これは予想外の展開だった。
ヒロインも転生者だなんて。
「でも、エミリア様」
リリアナが真剣な表情になった。
「あなた、本当にモブキャラなんですか?」
「え?」
「だって、おかしいんです。ゲームの攻略サイトをいくら調べても、『エミリア・ノースフィールド』なんてキャラクター、見つからないんです」
えっ?
「それに、セバスチャン様があなたに興味を示すなんて、ゲームでは絶対にありえません」
「で、でも私は確かにモブキャラで……」
「もしかしたら」
リリアナが推理小説の探偵のような表情になった。
「あなたは隠しキャラなのかもしれません」
「隠しキャラ?」
「ええ。特定の条件を満たさないと出現しない、隠しキャラクター。私が知っているのは、通常攻略ルートだけだったのかもしれません」
そんな……まさか……
でも、確かに最近の周りの反応はおかしかった。
モブキャラにしては、みんな親切すぎる。
「とりあえず」
リリアナが立ち上がった。
「私たち、協力しませんか?同じ転生者として」
「あ、はい……」
こうして、私とリリアナの奇妙な友情が始まった。
◇隠された設定
リリアナとの情報交換で、だんだん真相が見えてきた。
どうやら私は、本当に隠しキャラらしい。
「エミリア様の周りで起こっている現象を整理しましょう」
リリアナが手帳にメモを取りながら説明する。
「まず、セバスチャン様があなたに興味を示している。これは通常ルートでは絶対にありえません」
確かに、ゲーム中のセバスチャン様は最初からリリアナにしか興味を示さなかった。
「次に、他の令嬢たちがあなたを特別扱いしている。これも説明がつきません」
「それに」
私も思い出したことがあった。
「メイドのアンナが言ってたんですが、最近うちに公爵家からお中元が届いたって」
「公爵家から男爵家に?それはおかしいですね」
普通は身分の低い家が高い家に贈り物をするものだ。
「きっと何かの設定があるはずです」
リリアナが考え込んだ。
「エミリア様の家系について、詳しく調べてみませんか?」
そう言われて、私は父に家系図を見せてもらった。
「これは我が家に代々伝わる家系図だ」
父が古い羊皮紙を広げる。
「ノースフィールド家は、三百年前に建国に貢献した騎士の家系でな……」
父の説明を聞いているうちに、私は重要なことに気づいた。
「お父様、この『エリシア・ノースフィールド』という方は?」
家系図の中で、一人だけ特別な印がついている女性がいた。
「ああ、エリシアか。彼女は我が家の先祖の中でも特に有名でな」
父が誇らしげに説明する。
「建国王の後宮に入り、王の愛を一身に受けた女性だ。彼女の血を引く者は、代々王族に愛されると言われている」
「王族に愛される……」
「ああ。迷信だと思っていたが……」
父が私を見つめた。
「最近のお前を見ていると、あながち嘘でもないのかもしれん」
これだ!
私の正体は、建国王の愛妾の血を引く隠しキャラだったのだ!
だから王子様たちが私に興味を示すし、他の貴族たちも私を特別扱いするのだ。
◇隠しルート
真相がわかってからの学園生活は、さらに劇的になった。
「エミリア」
ある日の昼休み、セバスチャン様が私に声をかけてきた。
「今度の舞踏会で、僕と踊ってくれないか?」
「え?で、でも私なんかが……」
「君以外には考えられない」
セバスチャン様の真剣な眼差しに、思わずドキッとしてしまった。
でも、これはゲームでリリアナに向けられるべきセリフだ。
「あの、リリアナ様の方が……」
「リリアナ?」
セバスチャン様が首をかしげた。
「彼女は確かに美しいが、僕の心を動かすのは君だけだ」
これは完全に隠しルートに入っている!
その後も、他の王子様たちからのアプローチが続いた。
第一王子アレクサンダー様からは、一緒に図書館で勉強しないかと誘われ、第三王子リオン様からは乗馬を教えてもらった。
隣国のエドワード様も、私が庭で読書をしていると必ず声をかけてくる。
「エミリア様、大変ですね」
リリアナが苦笑いを浮かべながら言った。
「まさか隠しキャラが全ての王子様を攻略可能だなんて」
「どうしよう、リリアナ……」
私は本気で困っていた。
「このままだと、あなたの攻略対象を全部奪ってしまうことになる」
「大丈夫ですよ」
リリアナが意外にもあっけらかんとしていた。
「実は私、この世界に来てから気づいたんです」
「何に?」
「私、別に王子様たちに恋愛感情を抱いてないって」
「え?」
「ゲームをプレイしていた時は『イケメンの王子様素敵!』って思ってましたけど、実際に会ってみると……なんというか、現実の人間関係って難しいですね」
リリアナが遠い目をした。
「それより」
彼女が急に笑顔になった。
「エミリアさんが幸せになる方が、見ていて楽しいです」
「リリアナ……」
思わぬところで、真の友情が芽生えていた。
◇舞踏会の夜
そして迎えた、春の大舞踏会。
私は母から譲り受けた淡いピンクのドレスを着て、会場に向かった。
「エミリア様、今夜は特別にお美しいですね」
アンナが感動したような声で言った。
確かに、鏡に映った自分はいつもと少し違って見えた。
平凡だと思っていた茶色い髪は、実は栗色の美しい色で、茶色の目も温かみのある琥珀色だった。
「これが、王族に愛される血筋の力……?」
会場に着くと、すぐに注目の的になった。
「あら、エミリア嬢」
「今夜はお美しいこと」
貴族の令嬢たちが口々に褒めてくれる。
そして、予想通り王子様たちが近づいてきた。
「エミリア、約束のダンスを」
セバスチャン様が手を差し出す。
「いえ、最初は僕が」
アレクサンダー様が割り込む。
「兄上たち、お先に失礼します」
リオン様が私の手を取ろうとした時ーーー
「レディを待たせてはダメですよ。」
エドワード様が三人を制する。
こうして、私は四人の王子様に次々とダンスを申し込まれることになった。
◇真の選択
ダンスを踊りながら、私は考えていた。
確かに王子様たちは素敵だ。ゲームの通り、みんな優しくて格好良くて、完璧な男性ばかり。
でも、私の心は踊らなかった。
なぜだろう?
憧れていた王子様たちと踊っているのに、どこか他人事のような気分だった。
「エミリア」
最後のダンスを踊っていたセバスチャン様が、真剣な表情で私を見つめた。
「僕と結婚してくれないか?」
会場がざわめく。
第二王子からの正式なプロポーズだ。
でも、私の答えは決まっていた。
「申し訳ございません」
私ははっきりと言った。
「お気持ちは嬉しいですが、お受けできません」
会場が静まり返った。
王子様のプロポーズを断るなんて、前代未聞だった。
「理由を聞いてもいいか?」
セバスチャン様が悲しそうに尋ねた。
「私は……」
私は正直に答えた。
「殿下のことを、恋愛対象として見ることができないのです」
それは本当だった。
ゲームのキャラクターとしては好きでも、現実の人間として恋をすることはできなかった。
「そうか……」
セバスチャン様が苦笑いを浮かべた。
「君らしい答えだ」
他の王子様たちも、似たような表情をしていた。
悲しくもあり、でもどこかほっとしたような。
「エミリア様」
突然、会場の端から声がした。
振り返ると、リリアナが立っていた。その隣には、見覚えのない青年がいる。
「こちら、隣国から留学していらした学者のディラン様です」
リリアナが紹介してくれた。
ディランという青年は、王子様たちほど華やかではないが、知的で優しそうな顔をしていた。
「初めまして、エミリア様」
彼が丁寧にお辞儀をした。
「あなたのことは、リリアナ様からよくお聞きしています」
「あの……」
「もしよろしければ、一曲踊っていただけませんか?」
彼の申し出に、私は素直にうなずいていた。
◇本当の恋
ディラン様とのダンスは、王子様たちとのダンスとは全く違った。
彼は上手な踊り手ではなかったけれど、とても優しくリードしてくれた。
「リリアナ様から聞きました」
彼が小声で話しかけてきた。
「あなたも、異世界からいらしたと」
「え?」
「僕も同じなんです」
ディラン様も転生者だった!
「僕は前世で大学院で歴史を研究していました。だから、この世界の歴史や文化がとても興味深くて」
彼の目が輝いていた。
「あなたはどんなことに興味がおありですか?」
その質問から、私たちの会話は止まらなくなった。
本のこと、勉強のこと、この世界で気づいたこと。
王子様たちとは絶対にしない、普通の会話。
でも、それがとても楽しかった。
「また、お話しできればいいですね」
ダンスが終わると、ディラン様が微笑んだ。
「ぜひ」
私も自然に微笑み返していた。
◇新しい日常
舞踏会の後、私の学園生活はまた変わった。
王子様たちは私の選択を尊重してくれて、程よい距離で接してくれるようになった。
代わりに、ディラン様と過ごす時間が増えた。
「この本、面白いですよ」
図書館で一緒に勉強したり、
「今日の講義はどうでした?」
廊下で会えば必ず話をしたり。
平凡だけど、とても充実した日々だった。
「エミリア様、最近とてもお幸せそうですね」
リリアナがいたずらっぽく微笑んだ。
「そう……かしら?」
「ディラン様のお話をしている時の顔、とても素敵ですよ」
「リリアナ!」
顔が熱くなった。
でも、確かにディラン様と一緒にいると、心が軽やかになる。
これが、恋なのかもしれない。
「ところで」
リリアナが急に真面目な顔になった。
「私、決めたことがあるんです」
「何を?」
「この世界で、自分なりの幸せを見つけようって」
「リリアナ……」
「ゲームのヒロインじゃなくて、リリアナという一人の女性として」
彼女の表情は、とても清々しかった。
「エミリア様も、ゲームの隠しキャラじゃなくて、エミリアとして幸せになってくださいね」
「ありがとう、リリアナ」
私たちは手を握り合った。
同じ転生者として、同じ女性として、お互いの幸せを願う気持ちは本物だった。
◇卒業とその後
三年生の春、私たちは無事に王立アカデミーを卒業した。
卒業式の日、ディラン様が私に手紙を渡してくれた。
『エミリア様
三年間、本当にありがとうございました。 あなたと過ごした時間は、僕にとって宝物です。
実は、僕は故郷の大学で研究職に就くことが決まりました。 もしよろしければ、僕と一緒に来てくれませんか?
僕の妻として。
ディラン』
私の答えは、もちろん決まっていた。
◇エピローグ
それから五年後。
私は大学町の小さな図書館で司書をしながら、ディランと幸せな結婚生活を送っている。
「エミリア、今日の夕飯は何がいい?」
研究室から帰ってきたディランが尋ねた。
「あなたの好きなシチューはどう?」
「それがいいね」
彼が優しく微笑む。
この人と結婚して、本当によかった。
華やかな宮廷生活ではないけれど、心から愛する人と過ごす毎日は、どんな贅沢よりも価値がある。
「そうそう、リリアナから手紙が来てたよ」
ディランが手紙を渡してくれた。
リリアナは王立アカデミーを卒業後、医学を学んで医師になった。今は王都の孤児院で働いている。
『エミリア様
お元気ですか? 私は相変わらず忙しくしています。 でも、とても充実しています。
この前、孤児院に素敵な先生が赴任してきました。 もしかしたら、近いうちに嬉しい報告ができるかもしれません。
お互い、ゲームとは違う道を歩んでいますが、 きっとこれが私たちにとって一番の幸せですね。
今度、ディラン様と一緒に遊びに来てください。
リリアナ』
私は微笑みながら手紙を閉じた。
隠しキャラだった私も、ヒロインだったリリアナも、結局はゲームの設定を超えて、自分なりの幸せを見つけることができた。
きっと、これが一番の「ハッピーエンド」なのだろう。
「何か嬉しいことでもあった?」
ディランが私の表情を見て尋ねた。
「ええ」
私は彼の手を握った。
「とても嬉しいことよ」
今夜は特別に美味しいシチューを作ろう。
愛する人のために。
【完】
読者諸氏、最後までお読みいただき、心より御礼申し上げます。
この物語を書き終えて、改めて考えさせられたのは「異世界という孤独」の中での人間関係の貴重さについてであります。
エミリアが最終的にディランを選んだ理由——それは、同じ「異世界からの転生者」という境遇を共有する、数少ない理解者だったからなのでしょう。前世の記憶を持つ者同士だけが分かち合える孤独感、この世界の常識に戸惑う心境、そして故郷への想い。
リリアナとの友情もまた然り。転生者という秘密を共有できる相手の存在は、どれほど心の支えになったことか。異世界という、まさに天涯孤独の境遇において、互いを理解し合える仲間の存在は、金銀財宝にも勝る宝物なのであります。
孤独の中で芽生えた真実の絆について思いを馳せていただければ、作者として望外の喜びであります。
それでは、またいつか。
いずれ別の物語にてお目にかかることができれば幸甚に存じます。