「悪漢たちの町に復讐者の男がくる話」
――カモがいた。
私――ラクニドは獲物を見つけてほくそ笑んだ。
傷痍兵らしき長いコートの男がいた。
深く帽子をかぶっているため目元は見えないが、頬には目深い一文字の傷があった。
足が悪いのだろうか、ふらふらとよろめくように歩いている。
まるで亡霊のようだが……しかし、その分、たやすく財布をすれるだろう、と思った。
意外と身につけているコートや身なりは整っており、印象と違い、結構、もっていそうだった。
注意深く後をついていく――獲物のどこに財布があるのか観察するのだ。
そして、ぶつかった瞬間に財布があるらしき場所へと手を伸ばし、すぐに逃げていった。
「……誰が抜けていいといった?」
亡者が叫ぶような怒りが圧縮された声であった。
男の手が剣の柄に手をかけていた。
街の真ん中で中で剣を抜く気!?、と私は驚き、一目散に逃げていった。
†
「おい、今日の稼ぎはこれだけってどういうことだ!?」
「手抜きしたんじゃねぇだろうな」
「ち、違うわよ! 今日は調子が悪かったの!」
「どうだろうなぁ……お前らみたいなのはすぐにさぼりだすからなぁ……」
「掏摸ができないってなら、娼婦をやるか? お前みたいな細いひょろがりでもマニアになら売れるだろう」
腹を蹴られ、私はえづいた。
ごほっごほっと咳が出て、鉛を流し込まれたような痛みに顔をしかめる。
乱暴者には慣れているはずなのに、あの男の冷たい殺気にあてられ調子を崩してしまった。
おかげで上納金分を稼ぐことができなくて、やつらに問い詰められていた。
いつか殺してやる……!、クソどもが……!
「お、いいのか? 人買いから逃げ出してきたお前をかくまってやってるのはオレらの優しさだぞ?」
「それを金だけで解決してやってるんだから感謝されてやってもいいってのに、反抗的な目だな」
「どうやら仕置きが足りないようだな」
「おい、手や腕は狙うなよ。掏摸や鍵開けができなくなる」
「足もだ、憲兵に捕まったら元も子もねぇぞ」
「じゃあ、腹だな。腹を蹴ろう」
男があたしの腹を踏みつける。
「……っげぇ……!」
「うわ、吐いた、汚ねぇ」
私は血晶の魔術師の配下の悪漢たちの人狩りにより壊滅した村の生き残りだ。
そのまま人狩りどもに奴隷として売られかけたところをたまたま拾ったピンを隠し持って逃げ出してきた。
細工師の父の手伝いをしていたためか、鍵開けとかをできるのも誰も知らなかったんだ。
その後、街に逃げてきたあたしだったが、乱暴者たちにつかまり、逃亡奴隷であることがばれてしまった。
だが、手先の器用さをみせたところ、掏摸のやり方を教えられ、金と引き換えに見逃されている。
いくところのあてもない私は仕方なく掏摸をやってるのだが……だが、こいつらは別に私が死んだとしても気にしないだろう。
ばこっ、と音がした。
見ると昼間に私が掏摸をした男が扉を破り入ってきた。
隻眼で鼻の中ほどを通り顔に一文字に通る傷跡。
残る目は異様なほど血走っており、対象的に顔色は病的に青白く……生気を感じ取れない。
まるで亡霊がふらふらと迷い出たような姿だった。
「なんだ、お前は……!」
「……そいつだ」
男が私を指さす。
隻腕でふらふらとしている。
私もでも押せば倒せるんじゃないかというような出で立ち。
「そいつが盗ったものを返してもらおうか」
この男が持っていたものは冒険者書だ。
それを見たとき、私の村を襲った仇が載ってたから驚いた。
私が今日、動揺していた理由の一つだった
「はぁ? 勝手に入ってきて因縁をつけてきてるんじゃねぇよ」
「それより、いい剣を持ってるな。それを置いて行ってもらおうか」
「命よりは安いだろ?」
「ねェねェ、こいつら食べちゃオ?」
「黙ってろ……」
男の剣がかたかたと動き喋りだすが、男が柄を殴りつけた。
これには私を含め、全員が驚いた。
しゃべる剣……魔剣の類!?
魔剣といえば代償がある代わりに所有者に多大な力を与える魔道具だ。
主に遺跡から発掘されるもので、良いものなら1000万ゴールドもする。
それを知ってか、乱暴者たちの目の色が変わった。
「へへへ、馬鹿な奴だ」
「何の魔剣か知らんが、カモだぜ」
数人の乱暴者は、男を囲むように移動しながら剣を抜き、切りつけた。
「ウフフハハハ、殺ス? 殺しちゃウ?」
「ああ、やってしまえ」
男が柄を握ってないにもかかわらず、魔剣が勝手に柄からはねあがり、剣を防御した。
男が魔剣を抜き放つと、その刀身に刻まれた謎の文字が青白く光り、揺らめいた。
「に、人数が多いんだ、やれ!」
あたしは荷物の影に急いで隠れる。
男の右腕に黒いヘビのようなものがまとわりつく。
乱暴者の一人が剣を振り下ろすが、その剣を片手でつかみ、握りつぶした。
「はっ?」
「きひゃひゃヒャ! ムダ!」
魔剣が金切り声を上げる。
男がニヤリと凄惨に笑った。
男が返しの一撃で乱暴者の喉をつき、首の後ろまで貫いた。
ぶらんと力が抜け垂れ下がった乱暴者から魔剣を引き抜く。
さっきまでふらふらと歩いていた男であるが、人を殺すたびに青白い光が男へと吸い込まれていき、男の足取りがしっかりとしていく。
「ねェ、ねェ、どう、気持ちいイ? あたし、いい子でショ」
「黙れ、アバズレ。耳障りだ」
「ヒドイ! でもソコが素敵……」
「ひ、ひぃぃぃ、来るな! くる……ぁ……」
最後の男の首をはね、踏みつけ、男が心臓に魔剣を突き刺した。
血が床にしたたり落ちている。
鉄臭いにおいと、臓物の臭気が部屋の中を漂っている。
男は、隻眼で私を見据えていた。
「あたしのヴリクシャに色目を使わないデ。生意気な目、ねぇ切って? この子、切っちゃおウ?」
「…………」
「ひぃ……!」
駄目だ、逃げられない。
私はここで死ぬ。
この男はまるで鋼だ。刃が人の形をとっているような冷たい怒気が伝わってくる。
逃れられない死を前に、あたしはずりずりと下がることしかできなかった。
「……ねェ、早く」
「黙ってろ、誰がオレに指図していいといった?」
「アガ!? がガガガガガガガ……っ」
しかし、男――ヴリクシャが黒い魔力を魔剣に注ぎ込むと魔剣が悲鳴をあげた。
「痛イ痛イ痛イ、なんて酷イ……! でも、そこがイイ……!」
男が鼻を鳴らし、魔剣を柄に戻した。
「……とったものを返せ」
「あ、ああ……」
私は冒険者書――冒険者の似顔絵や経歴の入った紙を懐から出した。
しかし、それを渡そうとして……ひっこめた。
男が眉をひそめた。
「…………死にたいのか?」
「なぁ、あんたにとってこいつらは何なんだ」
「お前には関係ない」
「……この中のルシアンってやつが私の村を襲ったんだ。もし、あんたの目的が復讐なら、あたしも連れて行ってほしい」
「俺には関係がない」
「なら――」
次の瞬間、私の前に魔剣がつきつけられていた。
男は氷のように冷たい視線で私を射抜く。
「さっさと冒険者書を渡せ」
「わかったよ……」
冒険者書を受け取った男が踵を返す。
そして、この小屋を出ていった。
あたしは小屋の中で急いで荷物をまとめ、男を追っていく。
ルシアンは超常の力を持った魔法使いだ。
本来、1日で数回しかつかえないはずの魔法を何十回も使っても疲労の色さえ見せない。
からくりはわからない……しかし、あの男ならルシアンに勝てるかもしれない。
だから、ここで逃がすわけにはいかない。
私はあの男の後をつけるために急いで駆け出した。