失恋した女 その3
「おはよ!サルちゃん」
朝、いつものように背後から軽快な挨拶をしてくる男がいた。
「おはよう…」
僕は朝は結構な低血圧で、彼のようにエンジン全開の挨拶はとても出来そうにない。
「何だよ相変わらず元気がないねぇ。そんなんじゃ、いつまでたっても嫁さん貰えないよ」
馬鹿にしながら笑っているこの男は、この役場の同僚であるイカだった。
イカと言うのは彼のあだ名であり、理由は彼の名前が筏 松次郎であり、その名字から思いついたあだ名なのであった。
因みに、今イカが僕のことをサルちゃんと呼んだが、理由は僕の名前が申太郎だから。その申の字をとってのことである。
イカは丸々と太った大柄な男だった。それこそ仰向けに寝れば、たちまちその柔らかい腹が筏になってプカプカと浮いていそうなのである。
そう表現すると、イカはおおらかで穏やかな男のように思われそうだが、実際は結構な神経質で、今みたいに独身の僕に対して毒を吐くこともある嫌味な男であった。
そんな毒を吐くということは、イカは独身じゃないのかというと、その左手の薬指には指輪がキラリと光っている。
世の中はつくづく不公平だなと、僕はイカの薬指を見る度に思うのであった…。
「…なあ、イカ、お前はどうして結婚できたんだ?」
僕を馬鹿にするのが飽き、僕の隣のデスクで始業の準備を始めたイカに聞いてみた。
「え?前に行ったろ?サッカーの試合を見に行って、たまたま隣で応援してた娘だって」
「それは聞いたけどさ。どうしてそういう幸運が舞い込んでくるのかなって」
「そりゃあ、いつまでもこんな田舎にしがみついていないで、行動範囲を広げていくことだろう。俄には信じられないけど、お前本当にこの町から出たことないわけ?」
「ないね」
「凄いよ。ある意味、町長より町長らしいな」
この町の町長は、この役場のトップでありこの町の出身だけど、流石にこの町だけで生きてきた人ではない。趣味は海外旅行だと言っていたし。
そういう意味では確かに、僕は町長よりもこの町に貢献しているのかもしれない。僕の落とす金は、ほぼ全てこの町に還元されているのだから。
イカは皮肉のつもりで僕を町長らしいと言ったんだろう。
しかし、僕はそれに対して腹を立てる元気もなかった。
元々の低血圧も手伝って、純粋にイカの皮肉が正しいなと感じてしまったからだ。
僕は、本当はこのままではいけないのかもしれない…。