失恋した女 その2
生まれた町から一度も出たことがないなんて、もしかしたら信じられないと思うかもしれない。
でも、これは正真正銘の事実だった。
さっきも言った通り、ゆりかごから墓場まで、この町では大抵のことは事足りる。
日々の食料品はスーパーがあるし、この町で手に入らない物はネットショップで頼めばいい。
僕はこの町で生まれ、小中高も同じくこの町。そして、高卒だけど試験に合格してこの町の役場で働いている所謂地方公務員だった。
その間、本当にこの町から出たことはない。
両親は僕が小さい頃に離婚してしまい、その後、僕と一つ上の姉は父方の祖母に引き取られた。
当然、その祖母の家があるのもこの町。祖父は僕が生まれるだいぶ前に亡くなったらしいから、僕と姉は祖母一人の手で育てられた。
この町にたった一つだけある民宿で働いていた祖母。
仕事柄、纏まった休みは取れなかったから、家族で何処かに出かけるなんてことは一度もなかった。
小中高で修学旅行があって、流石にその時ばかりはこの町を出ることになるだろうと思ってけど、運悪く全てのタイミングで風邪を引いてしまうという失態を犯す始末。
別に休みの日に自分の意志でこの町から出て、遊びにでも行けばいいじゃないかという気もするが、そうする気にもなれない。
なんというか昔から出不精で、休みの日は家でのんびりしたいと思うのが常なのだった。
友達付き合いはそれなりにあるんだけど、専ら街の商店街の一角にあるいつもの居酒屋で一杯やるのが定石なのであった。
祖母も今は仕事を辞めて年金暮らしを始めている。長年働き詰め故の勤続疲労で、足腰がすっかり弱くなってしまい、遠くに出かけることは無理だった。
そういうわけで、僕が本当にこの町から出たことがないというのが分かってもらえただろうか。
僕がこの町を出ることがこの先あるとしたら、地方公務員故に転勤は付き物だろうからその時か、はたまた嫁さんが出来て、嫁さんの希望で都会に住もうという流れになった場合に限るだろう。
そう、僕がこの町を出る時が訪れたら、この物語はおしまいだ。
この物語は始まったばかりだけど、先に結末は話しておこうと思う…。