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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

短編ホラー

シンク下

作者: 壱原 一

如何いかな新盆のしめやかさも、幼い孫らには長引かない。


見るだに着慣れていない畏まった暗色の服に着られ、まだ大きく重い頭を支えきれない風に顎を引く。


ふっくらした頬を引き締めて、小振りの唇をつんと噤み、目新しい僧侶の威容をどんぐり眼で窺いつつ、お利口さんに正座して法要を遣り過ごした後は、解き放たれた矢の如くきゃらきゃらばたばた駆け回り、田舎の生気を取り込んではち切れんばかりの輝く笑みで、またねと弾む声の残響を置いて夢幻のように帰って行った。


普段閉め切りがちな部屋の戸や、定位置のリモコンやティッシュ、仕舞い込んでいた食器の類が開いたり動いたりしているのが、静まり返った一軒家に客の名残をくゆらせる。


家も家主に呼応して、老体で溜め息を吐くかのよう。


色とりどりの生花と線香のかおりが仄混ざる賑やかな棚を一瞥し、深々と座椅子に落ち着いて背凭れに休まり目を閉じた。


隅で首を振る扇風機の遠退き近付く低音と、子や孫の元気に追い遣られていたセミや葉擦れの音が聞こえる。


奥の台所に面した家の裏手の細い道を、ちりんちりんと鈴を鳴らして近所の誰かが自転車で過ぎる。完全に見えなくなるまでそうっと見送っていたように、日当たりの悪い台所の下の方で俄にごそっと音が立つ。


宙で抱えていた重い物を、慎重に下ろした風な音。


追ってそろそろと布が擦れたり、もっと滑らかで弛んだものが触れ合ったりする音が続く。


安普請の粗いベニヤ板に、ずりずりごそごそと蠢きが当たり、やがてごとんからんと籠もった厚い瓶の音が混ざり、最後にきいっと掠れて甲高い蝶番の音が鳴る。


閉まっていた筈の棚の戸が、開く工程をゆるがせにして、素知らぬ顔で閉まる音。


体の水気が底へ下がって、喉が干上がる心地がする。くったりした瞼を押し開き、背凭れに縋って立ち上がり、浮かされた足で台所へ行く。


日当たりの悪い台所は、唯一冷蔵庫だけが微かな唸りを漏らしている。


重い扉をばっくり開けると、皓々あかるいドアポケットの、孫らがねだって残していった希釈タイプの乳酸菌飲料が目に留まる。


洗われたてのグラスを手に取って、冷凍庫から氷を入れ、輝く瞳に待ち兼ねられた真新しい思い出をなぞりつつ贅沢に飲料を作る。


早くも汗を掻き出した冷たいグラスをカラカラ言わせ、台所のシンク下の閉まっている棚の戸を開ける。


中に小さく背を折って、膝を抱えた家人が居る。


粗いベニヤ板に囲われた、低く湿った空間の、自家製の味噌や梅干しのかめ、果実酒や醤油や料理酒の瓶、そう言うぎっしり詰められた貯蔵品に埋もれる風に、窮屈に丸まり、じっとしている。


どうしてあの日に限って此処だったのか分からない。いつも行く田んぼや川や畑、雑木林や裏手の細い道を、延々探し続けている間に、すっかり茹ってしまっていた。


潜り込む時、さっきのように、ずりずりごそごそ、ごんからん、きいっと物音を立てたろうか。


いくらほぼ毎日の捜索に気が張り疲れて寝不足だったとは言え、ずっと座椅子で目を閉じていて、聞き逃したなんてあるだろうか。


自分でそう意識せぬまま、聞き流したのではなかろうか。


何度か家へ戻って、台所で水を飲みすらした。


もう長いこと半日もじっとしていなかったのに、早々に息が詰まったのか、ぐっすり寝入ってしまったのか、どうしてあの日に限って、此処でいつまでも延々とじっとしていたのか分からない。


棚の中に冷たいグラスを置くと、いとけなげな顔がこちらを向き、しとしと汗を垂らしながら嬉しげににっこりと笑う。


その顔からずるずる目を落とし、涼やかなグラスを凝視する。


一向に量の減らないグラスを、意固地にじっと見続ける。


シンク下で小さく膝を抱え、いつまでも延々と見詰める。



終.

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