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9.吹雪の夜はあたたかい

 温かなシャワーで冷えた身体を温めたあとは、飛彦手作りのサンドイッチとスープをいただいた。おやつ時に甘いお菓子をたくさん食べてしまったから、塩気の効いたスープが五臓六腑に染み渡る。


「ふわぁ、美味しい……飛彦さんは料理上手ですね」


 思わず素直な感想を口にすれば、飛彦は照れたように頬を掻いた。


「意識して料理するようにしているんです。1人暮らしをしていると、どうしても食生活が偏りがちですから」

「わかります。僕もおばあちゃんが家にいないと、ラーメンと甘いパンばかり食べちゃうんですよねぇ」

「雪斗くんは、あまり料理はしないですか?」


 雪斗は少し考えこんだ。


「ん、んー……たまにしますよ。おばあちゃんに『喫茶店のメニューくらい作れるようになっておきなさい』って言われてて……練習中というか……」


 日々喫茶わたゆきの店員として働く雪斗だが、料理の腕はまだまだひよっこ。とてもじゃないがお金をもらってお客様に提供することはできないレベルだ。

 しかし飛彦は微笑みながらぽつりと言った。


「食べてみたいです、雪斗くんの手料理」

「え、ええ? 多分美味しくないですよ。この間オムライスを作ってみたら、ご飯が半分くらい飛び出しちゃって……」

「ご飯が丸出しでも食べたいです」

「ええー……飛彦さん、物好き……」


 夕食の後はぽつりぽつりと雑談を交わしながら時を過ごした。喫茶店でもたくさんの話をしているはずなのに、不思議と話題が尽きることはなく、ゆっくりと静かに夜は更けていく。

 時計の針が午後11時を少し回ったとき、飛彦はおもむろに言った。


「そろそろ寝ましょうか。ご家族も心配していると思いますし、明日は早めに帰りますよね」

「そうですねー……。除雪のお手伝いもしないといけないから、早めに帰らないと」


 雪斗は名残惜しさを感じながら、びゅうびゅうと吹き荒れる風音に耳を澄ませた。飛彦の自宅にお邪魔してからというもの、雪はずっと降り続いている。これだけたくさんの雪が降れば多くの建物は雪に埋もれてしまう。喫茶わたゆきも例外ではない。


「じゃあ私は床で寝るので、雪斗くんはベッドを使ってください」

「え?」

「雪斗くんがシャワーを浴びているあいだに、シーツと枕カバーは換えておきましたから。遠慮せずにどうぞどうぞ」


 ぐいぐいと肩先を押されて、雪斗は大慌てだ。


「いやいや、さすがにベッドはお借りできませんって! 僕は床で大丈夫なので、飛彦さんがベッドを使ってください!」

「お客さまを床には寝かせられませんよ。雪斗くんがベッドを使ってください」

「いやいやいや……」


 その後もしばらく言い合いは続いたが、互いが互いに主張を譲ることはない。そして長く続いた言い合いの末に、どちらがベッドを使うことになったのかと言えば――



 

(ベッド問題はひとまず解決したけどさ。これはこれでまずくない……?)


 灯りを落とした部屋の中で、雪斗と飛彦は並んでベッドに寝ていた。終わりの見えない言い合いに疲れた雪斗が「じゃあ2人一緒にベッドで寝ればいいんじゃないでしょうかね!」と言い放った結果である。雪斗としても、まさか本当にこの案が採用されることになるとは夢にも思わなかったわけであるが。


「雪斗くん、狭くないですか? もう少し壁際に寄りましょうか?」

「いえ、大丈夫です。お気になさらず……」


 同じ布団の中に他人のぬくもりがある。

 息を吸い込めば自分のものではない匂いがする。

 心がむずがゆくて仕方ない。


(だ、ダメだ! 意識し始めると余計に恥ずかしい……さっさと寝ちゃお……)


 飛彦に背中を向けて目を閉じる。緊張しているためか一向に眠気は訪れないけれど、意識を逸らせば恥ずかしさは少しだけマシになる。

 

 ふいに頭の後ろから、遠慮がちな飛彦の声が聞こえた。


「あの……雪斗くん。お願いがあるんですけれど……」


 雪斗は飛彦に背中を向けたまま尋ね返した。


「何ですか?」

「……髪を触らせてもらえませんか?」

「え、髪?」


 思わず素っ頓狂な声をあげる雪斗に、飛彦は静かな声で語りかける。


「初めて雪斗くんの髪を見たときからずっと、一度は触ってみたいと思ってて……あ、もちろん嫌なら嫌で構いませんから。遠慮なく断ってください」


 雪斗は考え込んだ。

 真っ白でもふもふの髪の毛は雪斗のコンプレックスだ。だから室内でも毛糸の帽子をかぶり、髪の毛を隠して過ごしている。しかし思い返してみれば、飛彦に勧められてシャワーを浴びてからというもの、雪斗は帽子をかぶることをすっかり忘れていた。夕食を食べるあいだも雑談を楽しむあいだもずっとだ。


 隠すことを忘れていた以上、いまさら恥ずかしいと思う気持ちもなく、雪人は素直に飛彦の頼みを受け入れた。


「いいですよ、触っても」

「え……本当に? 無理してませんか?」

「常連客の皆さんに昔からもふもふされまくってるんで。髪の毛を触られることに抵抗はないですよ」


 それから笑って言葉を付け足した。


「自分で言うのもなんだけど、触り心地は最高ですよ。虜になっても責任はとりませんから」


 飛彦の手が後頭部に触れた。遠慮がちに、優しく髪の毛を撫でられる。


「これは……想像していた以上のもふもふ具合……」


 雪斗は飛彦に背中を向けたままだから、飛彦の表情がどうであるかはわからない。うっとりとした声音からは幸福感が伝わってくる。

 もふもふ、もふもふ、もふもふ。温かな手のひらが髪の毛を撫でる。いまさら恥ずかしいことなどないと思っていたはずなのに、撫でられるたびに心がむずむずする。


(く、くすぐったいし、すごく恥ずかしい)

「飛彦さん、やっぱり恥ずかしいんでこのくらいにしませんか――」


 雪斗がそう告げるとすぐに飛彦の手は離れていく。しかし安心したのも束の間で、今度は背中全体が温かさに包まれた。飛彦に抱きしめられているのだとすぐに気がついた。

 

「あの……飛彦さん?」


 呼びかける声に返事はなく、雪斗は困惑した。困惑したが不思議と嫌だとは感じなかった。飛彦の腕の中にいることを心地いいとすら感じるくらい。


(深い意味なんてない。きっと飛彦さんはふわふわのぬいぐるみを抱きしめている気分なんだ。そうに決まってる……)


 必死に言い聞かせる声は胸の高鳴りに飲み込まれて消えていく。

 何も語らず、何も語られないまま、ただ静かに夜は更ける。

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