12.円満解決?お風呂でゆるりと動物入浴
つい先ほどまで色鮮やかな環境下に多種多様な生命体が存在していたが、今はどれだけ熱心に見渡しても砂漠の海だ。
虫は疎か、草木1本すら視界に入らない。
そんな寂れてしまった星で、リールは何も知らないまま指先で砂上に絵を描いていた。
マイペースに時間を過ごしているみたいだが、少女が砂に囲まれている現状からして、体は無事でもクロスの破壊行為に巻き込まれたのは間違いなかった。
「上手に描けた!見て、ぬっちょりおじさん!ぬっちょりおじさんを描いてみたよ!って、あれぇ?どこ行っちゃたの~?」
少女は新しい友人に対して楽し気に語り掛けたつもりだった。
だが、返答の有無以前に話相手の影も形も見当たらない。
そこに居たという痕跡が完全に失われている以上、先ほどの衝撃破の影響を受けて消失してしまったと推測できる。
しかし生憎ながらリールは事の深刻さを理解できてない。
そのため少女が呑気に見回してスライムを探していると、歩いてくるクロスの姿を先に発見するのだった。
「あっ、クロス!やっほぉ~」
リールは笑顔で手を振り、クロスも同じ振る舞いで挨拶に応える。
それから彼女は手が届く距離まで近づいた後、リールの視線と同じ高さになるよう屈みながら優しく話しかけた。
「リール。追いかけっこは終わりです」
「追いかけっこ?えっ、あ~っ!?あっぶない!リールね、うっかり忘れてた!せっかくクロスが遊ぼうって言ってくれたのに~」
「リールはうっかりさんで可愛いですね。もしかして昼食のことも忘れてしまっていたのですか?」
「それはお腹が思い出してくれるから大丈夫!」
「忘れはするのですね」
「うん!そういえば、なんだか景色が変わった?それにリールのお友達をクロスに紹介したかったのに、どっか行っちゃった」
本来なら危機感を抱くほど荒廃した景色なのに、リールは雨が降った程度のありふれた自然現象だと思っているようだ。
ありえない変化に対して勝手に納得するのは、子どもだからというよりリールの感性が独特だからこそだ。
そしてクロスも同じく変わり者であるため、罪悪感を欠片も感じさせない声調で事実を伝えた。
「私が破壊しました。ですから昼食は予定を変更して、別の場所で食べましょうか」
「え~?どうして壊しちゃったの?リールね、おいしいご飯を楽しみにしていたのに~」
「何も無作為に破壊した訳ではありませんよ。強いて言うならば、空気を読めない悪人のせいでしょうか」
「そっか!じゃあ、悪者を倒したクロスはヒーローだね!そしてクロスが壊しちゃったのをリールが元通りにしてあげる!責任を取るのが保護者の役目だから!」
「私の保護者という立ち位置は決定事項なのですね。それより壊れた物を直すのは結構ですが、また前回と同じように……」
「えいっ」
クロスが注意を伝えきる前に、リールは小さな手で拙い拍手をした。
それは弱々しい音が虚しく鳴るだけで終わるはずだったが、何者の認識も許さない間に惑星は朝の状態へ回帰していた。
また洗脳されていた者達は記憶障害の後遺症を患い、死に間際に限らず、操られていた間の記憶も失っている状態だ。
よって今回の騒動を事細かに把握しているのはクロスと攻撃を仕掛けた敵達だけであり、他のことは平常運転へ元通りだ。
すぐに辺り一帯は様々な喧騒に包まれて活気付くので、これは並の感性を持っていれば喜ばしい出来事だろう。
だが、クロスは他人の事情を気にするタイプでは無いせいで、少々面倒臭そうな表情を浮かべていた。
「一般人はともかく、やはり刺客まで復活していますね。実力差が身に染みた今、改めて襲い掛かるほど愚かでは無いでしょうけれど……。これで相手を見逃すのは二度目になりますよ」
クロスは最初から刺客を脅威だと捉えてない。
更に彼女の性根は大雑把に寄っているので、撤退する敵達を追跡して再度始末するような意欲が湧かなかった。
むしろ後々に厄介な面倒事が増えるのは、刺激を求めている彼女にとって好ましい傾向だ。
つまり刺客を放置する方が都合が良い訳だが、リールが居合わせたら敵を見逃す結果になるという法則は受け入れ難い。
たとえ些末でも、その法則は常に彼女の意思に反してしまうからだ。
「あぅ……もしかしてリール、余計なことしちゃった?」
「いえ、そんなことありませんよ。私がワガママを呟いただけで、正当性に関してはどうでも良い事です。それより、この場合は感謝するのが道理でしょうね。リール、私のために力を行使してくれてありがとうございます」
「うぅーん……」
クロスは本心を伝えたつもりだ。
ただ胸の内を全て明かしたわけでは無いことは伝わってしまうもので、リールは彼女に痩せ我慢させてしまっていると疑った。
だから悩む唸り声をあげながらクロスの顔をジッと見て観察する。
そんな少女の真意を彼女は察してみせ、気遣われる前に答えた。
「安心してください、リール。本当に譲れない事や文句があれば遠慮なく伝えます。ひとまず私の発言は本心で、それが一番重要視すべきことだと思って下さい」
「本当に?」
「本当です。さすがに信じて欲しいとまでは言いませんが、リール相手に嘘を吐く必要がありませんからね。それに私は自制心を働かせてご機嫌取りするほど優しくありませんよ」
「ううん、クロスはすっごく優しいよ。それに……チクチクする嘘を言ったりしない。力を使わなくても全部が本心だって分かる。だからリールね、クロスのことを信じる」
「ックフフ、納得して頂けたなら幸いです。それと念のため言っておきますが、リールはこれからも変わらず好きに生きて下さい。私が配慮せず好き勝手するように、貴女も思うがままに行動するべきです」
「うーん、分かった!それじゃあリールね、約束通りクロスとご飯を食べたい!おいしいご飯をいっぱい!それにリールの友達をクロスに教えたくて……今はどっか行っちゃったけど、あとで話してあげるね!」
リールはクロスの要望通り自分の意思に従った結果、思いつきで多くのことを楽しく喋り出した。
話すのが好き、遊ぶのが好き。
喜ぶことが好き、人を助けて感謝されるのが好き。
信頼されるのが好き、自分のために行動されるのが好き、創作物の登場人物みたいに活躍するのが好き。
何より信頼している人に好かれるのが好き。
数えきれない好きをリールは求めていて、どれか1つの願いが叶う度に至上の幸福を感じていた。
同じ願いが同じように叶っても新鮮な感覚で何度も喜ぶ。
そして輝かしい思い出として記憶に残る昼食を終えた後、リールはクロスと一緒に園内施設の動物温泉へ入浴していた。
「クロス!リールね、これテレビで見たことある!どくたぁふぃっしゅでしょ!?チュッチュしててカワイイね!」
素っ裸のリールは気分良くして湯船に浸かっていたが、同時にとある愛玩動物に跨っていた。
それは魚類からは程遠く、立派に成長したカピバラだと断言できる見た目だ。
一応人懐っこく相手の肌を熱心に口づけしてくれているから、その仕草だけに注目すればドクターフィッシュと似通っているかもしれない。
しかし、さすがに一から十まで特徴が異なっているのでクロスは訂正した。
「ドクターフィッシュは魚の種類であって、その仕草のことを指している訳ではありませんよ。何の動物かは知りませんが、その子は甘えているだけです」
「リールに甘えてるの?ふふん、リールの全身から溢れんばかりの母性を感じちゃっているのかぁ~」
「もしくはエサを要求しているのかもしれませんね。ここの温泉では餌付けできますから」
「エサか~。それならリールの母乳をあげた方が良いかな!?」
リールはまだ備わってないに等しい自身の乳房を揉む。
おそらく本人は母乳をアピールしているつもりなのだが、このまま調子に乗らせるのは色々と無理があったのでクロスは悪ノリせずに答えた。
「母性に関する話は一旦忘れましょうか。吸い付こうとしている様子は赤ん坊に似ていますが、せめてペットとして扱うべきでしょう。体も大きいですし」
「ペット!よく見たら顔が犬さんみたいでカワイイもんね!歯もギザギザで……あれ、歯はリスさんっぽい?ひとまず虫歯は無いみたい!」
リールからすれば未知の不思議動物同然だったが、とにかく重要なのは愛嬌あるかどうかだ。
そして可愛ければ愛でるには充分な理由であって、既に少女はカピバラらしき生物を家族と同格に見ていた。
また、この動物の複雑な思考を踏まえず本能に従っている雰囲気、それから悠長で緩慢とした動作がリールは気に入ったようだ。
そのおかげで温泉浴場ではカピバラらしき生物と一緒に行動して、少女は子どもの面倒を見る真似事で体を洗うなど付きっきりだった。