10.命の灯火が多く消える傍ら、リールはヒーローになる
リールは別行動を始めて間もなく、追いかけっこを忘れたかのように園内を走り回りながら動物達の生活模様を再び眺めていた。
そして少女は交流を優先したい性根なので、一度見たことある見世物に対して再会の挨拶を欠かさなかった。
「やっほぉ、元気だった?ついこの間ぶり~。リールはね、もうあれからすっごく身長が伸びたよ~。髪もね、毛先をクルクルパーマにしてみたの~」
リールは何らかのドラマの台詞回しを真似しているらしく、相手が混乱する発言ばかり繰り返していた。
とは言え、分かりやすく芝居かかった喋り方だったので、コミュニケーション可能な動物はおままごとで遊んでいるのだと察するだろう。
だが不思議な事に、どの動物も初めて見かけた時より反応が鈍くて上の空だ。
「あれれ、お眠の時間かな?」
さすがのリールでも、何か異質な気配を漠然と感じ取ったようだ。
だから普段より険しい顔して観察するが、当然そこまで動物に対する知識は備わってない。
まして初見時は流し見同然だったので異常を見抜ける訳が無く、やはり眠いだけだと自己完結してしまう。
それでも気になって眺め続けていると、偶然通りかかった1匹のスライムが心配して声をかけてきた。
「また会えるとは奇遇だ。君は入場口で礼儀正しかった子だろう?こんにちは、お嬢さん」
「あっ、ぬっちょりした……人?動物?えっと、ぬっちょりおじさんだ!こんにちは!」
「ははっ、可愛らしい呼び名をありがとう。ところで、こんな迷子になってしまうような場所を1人で出歩くとはね。君に付き添っていた保護者はどうしたんだい?」
「リールが保護者だよ!」
「そうだったのか。私とした事が失礼な勘違いをしてしまった。申しわけない。しかし、それならば尚更同行者を気に掛けた方が好ましいよ」
「大丈夫!クロスはしっかり者だし、お遊びの途中だから!今は全宇宙を舞台にした追いかけっこ中!」
リールは元気よくピースしながら答えることで、問題が発生してないことを懸命に表現した。
ただ正直、幼稚な身振りも相まって真に受けづらい発言内容だ。
本人が言っているだけ状態にしか思えず、真偽不明に等しい。
それにも関わらず紳士スライムはリールのことを1人の女性として見なし、彼女の発言は事実だという前提で理解を示してくれた。
「なるほど。勘違いに続き、余計なお節介までかけてしまったようだ。だが、せめてケガには気を付けて欲しい。そして、その上で存分に楽しんでくれたまえ」
「うん!リールね、いっぱい楽しむ!ぬっちょりおじさんもケガに気を付けてね!ずっと楽しい方が幸せなんだから!」
「いやはや、お嬢ちゃんの言う通りだ。まだ幼いのに充実した人生の送り方を知っているとは、とても賢いね」
「んぇへへ~。リールは人生経験が豊富だからね!いっぱいドラマを見てるから色んなことを知ってるよ!」
「あははは。それじゃあリールちゃん。遊びに熱中して他の人にぶつからないように。そして再び出会う機会があれば是非とも声をかけてくれ。一責任者として歓迎しよう」
そんな当たり障りのない挨拶を交わした後、紳士スライムはリールの動向を終始気に掛けながら離れようとした。
だが、まだお互いの声が届く距離の内、遥か頭上から大地を煽る烈風が吹き抜ける。
あまりの強風で服や髪がなびいてしまうだけに限らず、踏ん張っても足元がふらつてしまうほど風力が強い。
それに合わせて巨大な影が一帯を数瞬で覆い隠してしまい、薄暗い中でリールは真上を見上げた。
「わぁ~お」
リールは目を輝かせて感嘆の声をあげるが、少し圧倒されて素っ気無い声量になっていた。
それほど彼女の関心を引いて太陽の日差しを広く遮った正体は、立派な両翼が生えた巨躯のドラゴンだった。
見たところ園内で飼育されている動物らしく、タグが縫い付けられた黒い鱗は光りを反射するほど美しく整えられており、目つきも凛々しい。
何より自然体にも関わらず放たれている威圧感は並外れており、まるで万物を従える神だと錯覚してしまいそうなほど圧倒的だ。
その絶大な存在感により2人が呆気に取られている間、心なしかドラゴンは悶えるように身を捩らせていた。
「あっ」
誰かが素っ頓狂な声をあげた。
それは僅かな違和感を察知した末の反応であり、ほぼ同時にドラゴンは浮力を完全に失って自由落下してしまう。
豪快に空気が抜ける音が発生すると共に、高山と変わらない巨体が勢いよく地面へ不時着しようとしている。
出現から落下開始するまでの一連全てが突然だ。
ついさっきまで何気ない会話をしていただけなのに想定外の事態が連続で起きている。
そのせいで影の下から逃げる時間が残されていない以前に、危機的状況だと認識する猶予すら与えられなかった。
だから自身に危機が迫っていると気が付いた頃には潰される直前となっており、せめて驚く時間が欲しいと願うところだ。
それから1秒足らずの間にドラゴンの体は地面へ叩きつけられるはずだった。
「こ、これは……理解が追いつかないな」
紳士スライムは唖然とする。
なぜなら巨体に押し潰される一歩手前、まさしく文字通り彼の眼前でドラゴンが静止している。
まるでドラゴンとスライムの間に見えない境界線が存在しているみたいであって、見上げたまま途方に暮れる他ない。
一方リールは相変わらず能天気な調子であり、先ほどの会話と同じく無邪気な顔でスライムに近づきながら声をかけた。
「ぬっちょりおじさん大丈夫~?」
「あ、あぁ……。だが、色々と事が起き過ぎてしまって軽いパニック状態だよ。気が付けばドラゴンが落下してきて、そして潰されると思った直後には停止している。もしかして私が無事なのはお嬢さんのおかげかい?」
「エッヘン!そうそう、その通り!この大きな物を止めてるのはリールの力だよ!すっごいでしょ~?」
「そうだね、これは本当に凄いことだ。とにかく助かった。この体は遠出するための依り代に過ぎないが、助けられたのは紛れもない事実だ。本当にありがとう」
「んぇへへ~。うぅん、なんだかお礼を言われると心がポカポカするね。大事にされて満たされるような、とっても不思議な感覚ぅ~」
「他者に必要されたり、本気で頼られるのは誰でも喜ばしい事だからね。冷徹な心の持ち主であってもだ。それはそれとして命の恩人に厚い感謝を伝えたい。またの機会があれば、君の希望に沿ったプレゼントで礼を返そう」
スライムの言葉はお世辞だと思わせる気配が無く、両者の立場に関わらず最上級の好意の伝え方だ。
これほど分かりやすく褒められれば、自慢していたリールの表情に盛大な照れ笑いがこぼれてしまう。
こうして緊張感がすっかり緩むものの、リール達が会話している場所はまだドラゴンの真下という危険地帯に変わりない。
つまり危機は去って無いため、談笑より先に不安要素の排除を優先する必要があった。
「ぬっちょりおじさん、ありがとうね!ただお礼も良いけど、何事も先に安全確保しないとダメだよってクロスが前に言ってた!えっと、危ない事が起きても良いように万全を期すため?……だって!」
「おっと、そうだね。素晴らしく聡明な教えだ。それなら急いでここから離れて……」
「大丈夫。リールに任せて~えいやっ」
リールが可愛らしい掛け声を発した途端、ドラゴンは横たわった姿勢で離れた地面へワープする。
その影響でいくつかの設備が崩壊した音が聞こえたが、自由落下することに比べたら軽微な損害だろう。
何がともあれ一安心できる状況になり、紳士スライムは改めて現状に対する疑問を抱いた。
「これほどの緊急事態なのにスタッフが駆けつけて来る気配が無ければ、アナウンスも無いとはな。園内も静まり返っている。ここの管理態勢は万全にさせているはずだが、よほど良からぬ事態に見舞われているのか?」
「あ~、ぬっちょりおじさんが難しいこと言ってるぅ」
「あぁすまない。……そうだ。よくよく考えればいつ礼できるのか分からないから、お嬢ちゃんにお菓子をあげよう。とは言っても、ここで販売されているスライムクッキーだがね」
そう言ってスライムの体内から洒落た小袋がヌルっと出てくる。
それを差し出されたリールは心から喜んで受け取り、にんまり笑顔で礼を伝え返した。
「うわぁ~、ありがとうぬっちょりおじさん!ねぇねぇ、これってリールが可愛いからプレゼントしてくれたの?」
「えっ?まぁそうだね。相手によっては豪華な装飾品をプレゼントしなければいけないからね。特別可愛い子には、美味しいお菓子をプレゼントするものだと相場が決まっている」
「やった!リールはお菓子が一番嬉しい!んぇへへ、リールが可愛くて良かったぁ」
リールは嬉しそうに応えつつ、人助けしたからこそお菓子を貰えたのだと認識していた。
それにより少女はヒーローになった悦を感じており、まるでドラマで活躍する主人公気分だった。
そして少女は新しい希望と前向きな夢を見出した。
「いつか、いっぱいの人に褒められるようになったら良いな。むふふ~」