8.ドヤ顔リール、刺客の刃が振り下ろされる間にクロスは決めポーズを取る
2人が赴いた動物園はどれだけ急いでも一日で見回ることが不可能なほど広く、大陸と呼んで差し支えない規模だ。
だからクロスは効率よく移動できるように分厚い園内マップを注視するものの、やはり終始リールが先導するので行き当たりばったりな観光になっていた。
「崖登りしている動物さん、おっはよ~!偉大なリールが視察しに来たよ~!」
「ここの動物園はテーマパークと同じ構造をしていますね。川、湖、山、崖、草原、沼、荒野、密林に花園とエリア分けされているのに、どのエリアも広大な造りで驚かされます」
「まるで大冒険しているみたい!そういえば町もあるみたいだね!」
「パンフレットによれば、温泉つき宿泊施設と売店ですね。宿泊場所が園内にあるのは独創的ですが、実際に歩き回っていると休憩所では物足りなくなるのは納得できます」
「だね~。リールもちょっと休みたいかも。それにお腹が減っちゃった!ぐぅすかぁぴぃ~って鳴ってる~」
「リールのお腹からは寝言が鳴るのですね。何がともあれ、小休憩するには丁度良い頃合いでしょうか。昼食は何を食べたいですか?」
クロスは足を進めながら親切に問いかけた。
するとリールは軽い返答で片づけるつもりは無いらしく、真剣な表情で唸るほど悩み始めてしまう。
「うぅ~ん?今日の気分は何かなぁ。試しに動物と同じ食べ物を……ううん、黄金ゴーレムの刺身?」
「どちらにしろ消化不良を起こしそうな昼食ですね。しかし園内で見かけたものを食べようとする心理には……感服します」
「あっ!リールのこと変だと思っているでしょ~?だって、さっき園内のポスターに書いてあったんだよ。星5シェフによる超新鮮な料理が食べられますってね」
「ここは畜産も兼ねているのでしょうか。中々のチャレンジ精神です」
「そうだ!リールのお家でも同じことしようよ!ペットを飼うだけじゃなくて、食べる用にお魚さんも飼うの!」
「飼った当日には愛着を持って、意地でも天寿を全うさせるのが目に浮かびますね。ひとまず、ここならではの料理を食べましょう。これだけ手が込んだ場所ですし、きっと華やかで美味しいものがありますよ」
クロスが期待を煽れば、それを真に受けて心から喜ぶのがリールだ。
威勢よくクロスに抱き付いて「やったー!楽しみー!クロスママ大好き~!」と表現を飛躍させて持て囃しながら歩く。
そうして移動中は思いついた話題で楽しく語り合い、親睦を深めながら昼食後の予定についても談笑を続けた。
だが、2人が園内レストランへ辿り着く前のこと。
野球ボールサイズの物体が極超音速で風を切り裂きながら突き抜け、クロスの頭部へ目掛けて一直線に飛来してきた。
「おや?」
完全な死角かつ完璧な不意打ちだったが、彼女は冷静に反応して腕を俊敏に動していた。
加えてクロスは立っていた場所から微動だにしないまま、突然の飛来物をあっさりと受け止めてみせる。
眉一つ動いておらず、表情も平然としているあたりキャッチボール同然だったのだろう。
「遠距離狙撃、それも魔力付与された徹甲弾ですか。これならば山くらい吹き飛ばせるでしょうから、ずいぶんと思いきりましたね」
彼女の推測通りならば、威力を度外視するように素手で受け止めたのは妙な話だ。
しかもリールが違和感を察知できないほど自然体のまま。
ただ彼女自身も無策で真正面から受け止めたわけではなく、手に赤いオーラを纏わせていた。
その不思議なオーラはクロスに備わっている特殊能力の1つであり、彼女が掴んだ徹甲弾は跡形も無く消失していた。
「形振り構わず攻撃するのは利口ですね。リール、昼食の前に追いかけっこをしましょうか。私以外の人に捕まってはいけませんよ」
「え~、いきなりだね?それに人がいっぱいだし、リール勝てるかな~」
「もしリールが勝てばお土産を沢山買ってあげますから。更にリールが楽しんでくれたら、その時点で勝利にしてさしあげます」
「本当!?じゃあやる!リールね、なんでも楽しくなれるもん!どんなドラマも好きになって、思わずねっちゅう……ええっと、とにかく最後まで見ちゃうよ!でもでも、どんな人がリールを捕まえに来るの?」
「今から近づいて来る人全員が敵だと思ってください。そして私が『追いかけっこ終わり』と言うまで続けます。もちろん、なるべく早く昼食にしますので安心して下さい」
「それなら思いっきり動いて、リールのお腹をスリルなぺったんこにしておくね。そうすれば好きな物をいっぱい食べられる!うん、リールは天才!」
リールはドヤ顔で自画自賛する。
そのリアクションを取る影響で瞬きした合間、凶器を持った人物が急接近して振りかざしていた。
一瞬より短い時間で強襲を実行しているため、襲撃者が手練れであることに疑いの余地は無い。
しかしクロスは更に早く、光速を遥かに上回る超高速で踏み込んでいた。
赤光する鋭い瞳が相手を捉える。
同時に彼女が振り抜く拳は刃物を軽々と打ち砕き、続けて襲撃者の胸元を殴打して吹き飛ばしていた。
鈍く重々しい衝突音と共に襲撃者の体は空の遥か彼方へ。
それから異物が空を突破したことにより雲は一気に晴れて、日中の気持ち良い日差しが一帯を照らしてくれた。
そしてリールが瞬きを終えた頃には、拳を高く突き上げながら日差しを浴びるクロスの姿が映っていた。