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7.殺戮者に哀悼の心は無く、幼子と変わらない心理で今を謳歌する

広大な園内では、リールはずっと笑顔でクロスの手を引っ張りながら走り回っていた。

なにせ子どもの探究心と好奇心は無尽蔵だ。

そのため、すぐに次の場所へ行こうとするから立ち止まることを知らないようだった。


「リールは落ち着きがありませんね」


はしゃぐ少女の姿を見て、クロスは親心に似た達成感に満ちていた。

リールくらいの精神年齢ならば新発見する事が目的になってしまいがちだろう。

そのせいで大人しく観察することが退屈な行為だと感じて、観察する楽しみを(ないがし)ろにしているのは勿体(もったい)なく思える。

だが、本人が満足しているなら来て良かったとクロスは感じていて、少女が楽しんでいる様子を見れば自然と笑みがこぼれた。


「ふふふっ……」


またこの2人に限らず、誰しもが心から無邪気に楽しめる場所だ。

それによりリールは開放的で賑やかな空気感に当てられ、興奮が更に増していた。


「ねぇクロス見て!ユニコーンの群れ!空を泳ぐサメ!あとゴーレムが笛の音に合わせて組体操してる!」


「岩石の生物がピラミッド陣形を作ると、もはや実物を完全再現しているようなものですね。圧巻です」


「すっごい迫力があるよね!あっちではヌチュヌチュした人がヌチャヌチャした生き物を見てるよ!」


「そんなお客の方まで注目しなくても……。しかし、飼育されている同族を眺めるのはどういう気分になるのでしょうか。逆も(しか)りですが」


クロスは小さな疑問を呟く。

ただ自分自身に当てはめて考えてみれば、その答えは容易に推測できる。

お人好しに囲まれた環境で生まれ育った者でも無い限り、同じ姿形している者に会っても一目で仲間だと判別することは滅多に無いだろう。

それどころか相手の立場が分からなければ、最初は自分の敵だと認識するのが普通だとクロスは考えた。

要するに、相手が同族だろうと仲間意識や親近感を持つ方が(まれ)だ。


「まぁ、所詮は他人事ですよね。(みずか)ら見世物になる人も珍しくありませんし、わざわざ敵を増やす私も似たような身です」


クロスはしたり(・・・)顔で自問自答した後、見世物やリールとは関係無い群衆の方向へ視線を向けた。

彼女が視線を移したのはほんの一瞬で、すぐさま柔らかな笑顔を作ってリールの話相手に戻る。

この一瞥(いちべつ)はさり気ない仕草で取るに足らない反応のはずだ。

それこそ風に吹かれた落ち葉を視線で追った行為同然なのだが、実際は自分に向けられていた気配を察知した行動だった。

事実、彼女に察知された存在は強烈な緊張感を抱いており、細心の注意を払いながら慎重に離れ始めていた。


「こちらA。尾行が相手に感づかれた」


私服姿の男性が1人、早足で引き返しながら頭に埋め込まれたチップ無線機で報告する。

それから間髪無く通信先の相手は反応し、鼻で笑った。


『ハッ、賑やかな場所だから余裕だと思って油断したな?』


「馬鹿を言うな。こっちのヘマじゃない。それどころか俺の隠密は完璧だった。それでも難なく発見された」


『それなら相手が評判通りにバケモノってことか。継続が無理なら引け。他の奴と交代すればいい』


「あぁ。ひとまず手を引いたように見せるため、既に遠くへ離れ……げほっ」


唾が僅かに混じった咳き込み。

普段なら何とも思わない生理現象だ。

だが咳き込んだタイミングのみならず、短い沈黙が違和感を生んでいた。

そのせいで通信相手は慌て気味に応答を求める。


『おい、どうした?返答しろ』


「ックフフ」


不意に通信の合間に女性の声が入り込む。

それは喧騒に紛れ込んだ微笑に過ぎない。

しかし、はっきり聞こえたという事実に対して相手は恐怖を覚えた。


『クソっ、あの野郎!』


悪態を吐いた直後、無線機は通信機能を失う。

交信している最中に一体何が起きたのか、最終的には不明のままだ。

唯一分かるのは尾行していた者は消息不明となっていて、姿が消えてしまったことが他の監視者により情報共有された。

そして通信が途絶えた数秒後、リールは後ろを歩いていたはずのクロスが居なくなっていることに気が付いた。


「あれ、クロス~?ちょっと手を離した間にどこへ行ったの~?」


リールはその場で呼びかけながら振り向いて見回す。

するとクロスは少女の視界に納まる場所に笑顔で立っていて、最初から間近で見守っていたかのように振る舞った。


「リール、こちらですよ」


「いた~!もう、ちょっと手を離したら迷子になって~。勝手に歩き回ったらダメだよ。めっ!」


「まるで私の保護者ですね」


「ふっふ~ん、リールはしっかり者だもんね。だからリールが今からクロスのママになってあげる!ついでにパパにもなってあげるね!」


「ックフ、まさかの両方とは欲張りさんですね。私の身の周りでも世話してくれるのですか?」


「うーん。お世話するのも良いけど、リールはクロスにお世話されたいかな~。だからリールはクロスの子どもで妹にもなる!あとお姉ちゃんで……お友達とか?」


リールは欲張りたい一心で、実際の意味を無視して関係性の単語を羅列した。

そんな子どもにありがちな発言をクロスは微笑ましく思い、緩やかな笑顔で反応する様は何とも(なご)やかなことだろうか。

まさしく良好な関係だ。


だが、一方では彼女の無慈悲な手段で凄惨な状態を迎えている者がいた。

それは園内の巨体モンスターに血肉を(むさぼ)られ、無機物など関係無く遺品共々丸飲みにされてしまっている。

その異常事態に気づけた者は一部の追跡者だけであり、クロスの非人道的にして巧妙な細工により秘匿されたまま処理された。

そして相手を始末した彼女は自分の心に正直すぎるあまり、興味が感じられない出来事は忘却の彼方へ追いやられていた。

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