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23.キャッチボールで道徳を学んで海に行こう

クロスは大運動会と称して指導教育を始めたが、結局はリールに甘いことが起因して少女の要望に振り回される形になっていた。

とは言え、彼女の目的はリールの日常生活を改善させることだ。

元より綿密な計画を立てているわけでは無かった上、目的さえ果たせば実行内容は何でも良い。

むしろリールが意欲的に継続してくれれば、望ましい成果を早く得られると考え直した。

その予定変更の末、2人は障害物ありの剛速球キャッチボールに(いそ)しんでいた。


「クロス!いっくよー!」


リールは運動神経を補うように高所へ空中浮遊し、華麗に身を舞いさせながら手の平サイズのゴムボールを振りかぶった。

肩の振り抜き方は弱々しく、腰に力が入りきれてない。

相変わらず体の使い方は関節人形同等のぎこちない動きだ。

しかし、有り余る特殊能力が華奢な幼女の非力な一面を補完する。

投擲(とうてき)の威力を飛躍的かつ過剰に向上させる予兆が見られ、ボールが投げられる前からクロスに危機感を抱かせた。


「さぁ来なさい」


真剣な目つきのクロスは瞬発力を発揮させるため、浅く腰を落として大股で身構える。

また彼女とリールの間にはいくつもの巨大な壁が(へだ)てているのだが、両者共に透視して相手の姿を視認していた。

この2人が本領を発揮すれば現地の環境下に左右されず、尚且(なおか)つ誰であろうとも第六感から逃れる手立ては存在しない。

更にどのような形であれ、力を向けられて生存できる者は限定されるだろう。

そんな生死を分ける選別は実力者のクロスにも当てはまる話であって、いざリールが投げたゴムボールは変則的な軌道を描く流星へ化していた。


「気持ち良い(たま)ですね」


強大な力を前にしたクロスは高揚感を覚えて、嬉しそうに微笑む。

一方ゴムボールは頑強な壁を軽々と突き抜け、接触した瞬間に崩落させていた。

しかも投球速度が速過ぎるあまり、最初の破壊音が鳴る頃には多くの壁が同時に吹き飛んでいる。

もはやレーザー光線と同一で、おまけに物質を消滅させる能力が備わっているのと変わりない。

だが、彼女は超高速で飛来するゴムボールを問題無く認識していた。


それどころか受け止める寸前に後方ステップを踏みつつ、繊細な位置調整を施した後、クロスはボールに触れると共に上半身を柔らかくしならせた。

そのまま軸足を作って全身で流麗な弧を描き、圧倒的な技量のみで威力を受け流して投げ返す。


「わっ!?」


キャッチボールらしい返球方法では無かったので、少女は堪らず驚く。

これはリールの視点からすれば、突如ボールが円を描いてブーメランの(ごと)く戻って来るようなものだ。

また先ほどの変則的な軌道を保っており、理屈が通用しない返球の技を披露されたのは明らかだった。

そんな意表を突く手段で応じられたリールは戸惑ってしまい、僅かな隙の合間にボールが眼前へ飛び込む。

しかし少女の直感は決して劣っておらず、無意識に念動力を使用してボールを眼前で完全停止させていた。


「ふぅ。あっぶな~」


少女は一息つく。

対して血の気が多いクロスはキャッチボールを通した駆け引きを望んでいた。

そのせいで喜楽第一の遊びから、神経を()り減らす勝負事へ発展させようとしていた。


「リール、余所見(よそみ)しては駄目ですよ。集中力を(たも)って下さい」


クロスはホログラムパネルを投影し、タッチ操作した直後にボールを複数出現させた。

その球数(たまかず)は二桁に達しており、カゴいっぱいに入れたボールをぶちまけた有り様だ。

それに対してクロスは赤い長刀をバット代わりに振るい、全てのボールを弾丸の雨として打ち放った。


膨大な物量押しだ。

打ち負かせることを目指した強硬策であり、(たわ)れる要素を排除してしまった大人げない戦法だろう。

追加で大小様々な壁を空間内に出現させていて、あえて球を壁にぶつけることで予測困難な跳弾を実現させた。


「負けないよ!リールね、負けないから!」


少女はこれが真剣勝負だと自然に理解したようだ。

すぐさま対抗心を燃やしながら応戦態勢へ入り、数多の球を念動力で一斉に押し返す。

また浮遊する壁の位置を操ることで状況を支配し、クロスの目論見(もくろみ)を破綻させようとした。

しかしながら彼女は歴戦の猛者だ。


どれだけ規格外の力量で小細工を(ろう)しても、所詮は子どもの浅知恵という範疇(はんちゅう)を越えられない。

クロスは直感と簡単な先読みでリールの行動を誘導し、たった数手(すうて)(ぶん)の攻守を交わした頃にはボールが少女の頭にポコッと当たっていた。


「ックフフフ、今回は私の勝ちですね」


クロスは愉悦感と満足感の両方を味わいつつ、小さなボールをリフティングしながら微笑む。

元々はキャッチボールだから勝敗条件を決めていなかったが、話の流れからしてリールは負けを認めざるを得ない雰囲気だろう。

だが、意外にも少女は悔しがるより先に愉快な気分に(ひた)っていて、思ったことを笑顔で語り出した。


「クロスって本当に凄いね!避けたと思ったら自分から突撃したり、ボールを手品みたいに消したり……リールが思いつかないことしてた!」


「褒めてくれてありがとうございます。効果的だったのは私が相手の裏をかき、気を散らさせる真似なんて普段しませんからね。そういう先入観もあったおかげでです」


「あとね、クロスと本気で勝負するのも初めてで、なんだかワクワクしたよ!ねっ、もう一回やろ?今度はリールが勝つから!」


「良いですよ。存分に遊びましょう。しかし、いくら私とて易々と勝ちを譲るつもりはありませんよ。ワンサイドゲームになる覚悟をしておいて下さい」


クロスはドラマチックな展開を演出するために焚きつけ、リールのやる気を更に盛り上げた。

負けず嫌いな人であるほど、本気を出した対戦相手と激闘して掴む勝利は格別だと彼女は知っているからだ。

ただし当然クロスは、以降の再戦は全力を尽くす演技に留める。

更に単調な戦法を繰り返すことで自身の行動パターンを先読みできるようお膳立(ぜんだ)てし、それらの過程を通して勝ち方まで学習させていた。


「おっと?」


壮絶なキャッチボールの最中、ボールがクロスの鼻先を(かす)る。

その余韻のみで彼女の鼻からは血が垂れ始め、ジャージジャケットに付着するのだった。

よく注意してないと発覚しない程度の軽い負傷だが、勝負に懸命だったリールは一早く気が付いた。


「わわっ、クロス!鼻血!」


「残念。どうやら私の負けみたいですね」


「そ、そんな事どうでも良いよ!」


リールは動揺を露わにし、大急ぎでクロスの前へ降り立つ。

顔色も青ざめていて、その焦り様は随分と大げさだ。

比べてクロスは鼻血を意に介さず楽し気に笑った。


「ックフフ。何事にもケガは付き物ですよ。それに、ほら。もう鼻血は止まり……」


彼女はそう言って無事をアピールしようとしたが、あっさりと鼻血が流れ出した。


「まだ出ていますね?瞬間再生は機能していますが……、どうやら継続的にダメージを受けているみたいです。まぁどちらにしろ早く(おさ)まるでしょう」


「あの、クロスごめんね」


リールは反省の色が濃い態度で謝り続けた。

過度に心配した眼差しを向けられ、少女の中で渦巻く不安が弱々しい声色に表れている。

クロスには理解不能な感情であると共に、どんな言葉を投げかけても不安を払拭できない予感があった。


「本当に気にしていませんよ。それより、なぜそこまで酷く気にするのですか?ケガの具合に関しては心配不要ですよ」


「でも、リールのこと嫌いになるでしょ?」


クロスは目をキョトンとさせる。

増々(ますます)意味が分からない。

その考えがひたすらに先行してしまい、曖昧な返事が口先から()れた。


「はぁ……?私がリールのことを嫌いにですか。なぜでしょうか?」


「リールね、嫌なことをしちゃったから」


リールは大真面目に答えるが、クロスは困惑するばかりだった。

だから絞り出せる言葉は少なく、彼女は自分の気持ちを伝えるので精一杯だ。


「遊んでいただけなのに何やら話が複雑ですね。ひとまず私の言葉を信じてくれれば良いのですが」


「でもね、相手を傷つけるのは悪いことでしょ?」


「それは故意(こい)の場合では……いえ、リールがそう思うならそれで良いと思います。ただ、今回に限っては深刻に捉え過ぎているのは間違いないですね」


「うーん?じゃあ謝らない方が良いってこと?」


リールは極端なことを口走るが、その発言でクロスは少女の思考パターンを察した。

これはリールが世の中には正解と不正解のどちらかしか存在しないと、または成功か失敗の2パターンに必ず帰結すると思い込んでいる考え方だ。

抽象的な物事に対する理解を無意識に放棄するのは、彼女くらいの年齢ならば普通だ。

大人でも珍しくないし、はっきりさせろと強く(こだわ)る者も居る。

とにかく今回は『ケガをさせた=悪いこと=嫌われる』という考えになっていることをクロスは見透かした。


「リール。これは私個人の考えですが、正解に固執する必要はありませんよ。なぜなら正解だけが()い結果を生むとは限りませんから」


「えっと、どういうこと?」


「つまり……謝っても謝らなくても私はリールのことを愛しています」


「わぁー」


リールは数瞬のみ不思議そうな表情変化を見せたが、すぐに嬉しい声をあげた。

愛の囁きは前向きにさせる効果を得たと言えるものの、クロスはさすがに自分らしくない頓珍漢(とんちんかん)なタイミングだったと思って照れた。


「こほん。いずれ重大な決断を迫られる場面に遭遇すれば、何が正しくて、ついでに今回のことが些細なものだったと分かりますよ。ちなみに鼻血は止まりましたしね」


「ホントだ。でも、またケガをさせちゃったときはどうすれば良いのかな」


「ケガさせた相手が私なら、程々に謝れば良いんじゃないでしょうか?」


「クロスって……親切だけどテキトーだよね。リールは本当に恐くて、とっても心配で、すっごく悩んでいるのに~」


「ックフフ、やはり私に対する理解がまだまだ浅いですね。しかし、せっかくの勝利が台無しになってしまいました。熱も冷めてしまったでしょうし……、次はどうしましょうか?」


クロスはリールの思考を完全に切り替えさせる狙いを持って、相手からの提案を求めた。

すると驚くことにリールは全く脈絡ない内容で即答した。


「じゃあね、リールは海へ行きたいな」


「海。なるほど……海ですか」


「うん!クロスも海で泳ぎたいでしょ?それにリールの水着姿を見たいでしょ~?」


「控えめに言って生涯を賭してでも鑑賞会したいです。準備万端にして行きましょうか」


「んぇへへ、クロスって素直だよね~。ホント、カワイイモノ好きなんだから~」


少女はドラマの真似で発言したらしく、クロスは単純に可愛いものを拝みたいだけだと認識していた。

確かにそれもあるが、彼女はもっと清純な願望を持っていて、リールの色々な姿や一面を知りたいと思っているのだった。

そうして次の予定を考えているとき、クロスは忘れかけていたことを喋った。


「あっ、ところでリール。夕食は何にしましょうか。勝者の特権ですよ」


「えっ?あぁ、そうだっけ。じゃあピザ!トッピング自由ね!」


「リールはトッピング系が好きですね。分かりました。では、たまには出前を取りましょうか」


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